159 夏祭りと子犬
「今日は村のリトルスクールに行くといいわ」
「はい?」
朝食の席でアデライーデがフィリップにそう告げると、フィリップは、じゃが芋とベーコンのホットケーキを飲み込みながらそう答えた。
「せっかく皆と仲良くなれたのだから、行ってらっしゃいな」
「良いのですか?」
「ええ、さっき使いを出してもらったし、石版なら予備があるだろうから大丈夫よ。リトルスクールが終わったら、皆を連れて孤児院に戻ってきてくれる?」
「孤児院…。そう言えばルーディがそこに住んでいると言ってましたね」
離宮までの帰り道、ルーディ達は途中の脇道に入っていった。あの先が孤児院がある場所なのだろう。
朝食を食べ終わるとフィリップは服を着替え、護衛の兵士達に連れられて元気よく行ってきますと出かけていった。
「さぁて…急がなくっちゃ」
アデライーデは、マリアと侍女達に昨日作ってみせた見本を渡しキッチンへといそいそと向かった。
「何をなさるおつもりで?」
「ふふっ。お楽しみよ。フィリップ様がみんなを連れて戻るまでに支度しなきゃ、後でガーデンパーティ用のフライヤーを孤児院の広場に持っていっていてね」
「用意させましょう」
レナードは、やれやれといった顔をするがアデライーデを止めることなく従僕達に指示をするためにキッチンを出ていった。
「ねぇ、フィル。どこ行くの」
「孤児院へみんなを連れてきてって、アデ……アリシアが言ったんだ」
「孤児院へか?」
「うん」
「なんだろな…」
「みんなは孤児院に行った事あるの?」
「あぁ、しょっちゅうだぜ。雨の日にみんなで遊べるのは孤児院の広間しか無いからな」
「ブレンダおばさんって、すげー怖いおばさんが居るんだ」
「ブレンダおばさんは優しいわよ!あんた達がイタズラばっかりするからお尻叩かれるんじゃない」
「うっせぇなぁ、ベルガのおしゃべり!」
「なによー!」
子どもたちは賑やかだ。
「お前たち、しゃべってばっかりだと遅くなるぞ」
護衛の兵士たちが、ついつい遅くなりがちな子供たちに声をかけて進ませる。やっと孤児院の広場が見え始めた頃、先頭にいた子が声を上げた。
「なんか、やってるよ!」
「え、なになに」
それまで喧嘩ばかりしていた子供たちが一斉に広場に向かって走り出すと、そこには屋台がたくさん出ていた。
「わー!すげー!」
「みんな、いらっしゃい!離宮の夏祭りにようこそ!」
そう言ってアデライーデはにこやかに子どもたちを出迎えた。子供たちが午前中リトルスクールで勉強していた頃、アデライーデとマリア達は急いで夏祭りの準備をしていたのだ。
フィリップに付いてきた侍女によれば、祭りというと新年や春の花祭り、秋は王都での豊穣祭…地方では収穫祭と言われるものがあるが、夏は何も祭りはないらしい。
まぁ…そうだろう。日本の夏祭りは仏教に由来しているので、この世界の慣習とは無縁だ。陽子さんもそこには触れず、ただフィリップ達を楽しませたいと言う理由でマリア達に協力してもらった。
半日しかなかったので、簡単なものしか用意できなかったがそれなりに出来ているんじゃないかと陽子さんは思っている。陽子さんは薫と裕人が小学生の頃子供会の役員を数年やりノウハウだけは持っているのだ。
--あの頃、面倒で大変だったけど、経験って役に立つものね。まさか異世界で夏祭りをするとは思わなかったわ。
地面に杭を刺しての輪投げ。
台をおいての的あて。
タライに輪っかをつけた野菜を浮かべての野菜釣り。
雑貨屋で買った小物に紐をつけて束ねた糸引き。
どれも、日本の夏祭りでは見慣れたものである。
食堂から取り寄せた食事に、フイッシュアンドチップス、コロッケや唐揚げ、ソーセージドックにドーナツの屋台がいい匂いをさせながら子どもたちを出迎えると、子どもたちは一斉に食べ物に群がった。
「すげー!うめー!」
「おいしい!」
「あっつー!口の中火傷しちゃった…」
「慌てて食べるからよ。ほら、あそこの屋台でレモネードかコーラ貰ってきたら?」
アデライーデは、口を抑えるデールを連れて飲み物の屋台に行きコーラを渡すとデールはごくごくとコーラを飲み「うん、火傷治った!」と、駆け出していった。
くすくすと笑っている屋台係のフィリップ付きの侍女がアデライーデにもコーラを渡してくれた。
「見ていると楽しゅうございます。子犬のようですわ」
「そうね。元気が1番よ。あなた達も手が空いたら屋台で食べてね。たくさんあるから」
「ありがとうございます」
フィリップにつけられた侍女達は、最初緊張気味に離宮にやってきた。帝国の皇女様にまた幼いフィリップが何か失礼でもあれば自分達の失態となる。やってきたばかりのアデライーデにフィリップが暴言を吐いたことも、ちらと聞いていたからだ。
だが予想を裏切る離宮での出来事に驚いていた。最初は下々とそんなに接していて良いのだろうかと思っていたが、王宮で見られない弾けるようなフィリップの笑顔に、ここは王宮ではなく離宮で今は休暇で来ているのだと思うようにした。
「3日しかない夏の休暇ですものね…」
そう言って、初めて口にするコーラを美味しいと思いながら飲み干した。