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152 嫌われたくない気持ちと島の話



「タクシス様は、昨晩お泊りになりませんでしたの?」

「あぁ、遅くにメラニアのところに帰ると言って帰って行ったよ」



嘘は言ってない。ただ、泊まってもいいような雰囲気を出していたタクシスに早く帰れと言ったのはアルヘルムだ。帰れと言った時にジト目で「夜這いはかけるなよ。バルクが灰になるぞ」と嫌味を言われたが…。



「タクシスは、どんなに遅くても必ず屋敷に帰る奴なんだよ」

そう言って、ベーコンとじゃが芋の入ったパンケーキを口にした。



これもホケミ粉で作るものらしく、千切りにしたじゃが芋と厚めの柵切りにしたベーコンの塩味とほんのり甘いパンケーキがよく合う。


添えてあるフライドエッグと好みでデミグラスソースかトマトソースをかけて食べるものらしい。鮮やかな黄色の卵黄はとろりとまろやかにパンケーキを包み、トマトソースの軽い酸味はそのまろやかさを引き立てる。



食べごたえのあるパンケーキの朝食を済ませると、アルヘルムはアデライーデを湖畔の散歩に誘った。早朝の湖畔は涼しく夏の散歩にはうってつけである。



「今度、メーアブルグの沖の島を整えて南の大陸からの船を寄港できるようにするつもりなんだ。今までも水や食料を補充してくれていた船もあるが、島に寄港できるならメーアブルグからよりもっと早くできるようになるし、直接交易もできるかも知れないんだ」

「まぁ、素敵だわ。もっと沢山の外国船がその島に来るように?メーアブルグも賑やかになるんでしょうね」


「もちろんだ。今までは交易らしい事は殆どできてなかったが、それにも力を入れる。今よりバルクが豊かになる。そうなれば…」



アルヘルムが弾けるような笑顔で南の大陸の話や島とバルクの未来の話をするのを、陽子さんはうんうんと聞いていた。




--楽しそうだわ。島に期待してるのね。でも砂漠があるなんて南の大陸ってちょっと中東っぽい感じね。そう言えば港で見た船員さんも、黒髪黒目の人が多かったわね。




「あら…島に作るのは補給施設だけですの?」

「あぁ、船の殆どは西の大国と商取引をしているからね。でもこの大陸で最初に着くのはバルクだから足りなくなった水や食料を買っていってくれるんだ」


「メーアブルグで、大陸のハンカチとか小物を見ましたけど…交易ってされてないんですか?」

「時々はうちの貴族も珍しい布などを買うが、西の大国に持っていった方が高く売れるからね。港で船員達を見ただろう?ハンカチや小物は彼ら船員がメーアブルグを楽しむ為に持ち込んでいるんだよ」



楽しむときれいに言っているが、要は歓楽街で遊ぶために自国や西の大国で仕入れたハンカチや小物などをメーアブルグの商店に買い取ってもらうのだ。その金でメーアブルグの酒場や娼館で遊ぶ。


ハンカチや小物なら嵩張らず持ち込みやすいし買い取る方もちょっと高くてもよく売れるので、船員のいい小遣い稼ぎになっているのだ。



「それなら、島に船員さんが楽しめる場所を作られたらどうですか」

「島に?」

「補給の間、島に何日か停泊されるのでしょう?ホテルや食堂など歓楽街もあれば長旅の疲れも癒せますわ。それとお医者様も島にいれば、病気の方もすぐに見てもらえますわよ」



「そうだね…。島にあればメーアブルグまで来ることはできない船員もそこで…うん…いいね」

「ええ…」



--長崎の出島とラスベガスを合わせた感じだと、実務と娯楽が一緒になって便利よね。それに島で楽しんでもらえたら食料や水以上の利益になりそうだわ。




そう思っていると、アルヘルムが足を止めてアデライーデを抱きしめた。



「な…なにを…」

「アデライーデ、本当に貴女には感謝しかない」

「はい?」


「王都でも仕事も増え輸出も増えた。貴女が帝国に炭酸水を贈ってくれたおかげだ。民も仕事が増えて喜んでいるよ」

「も…元々はバルクのものですよ。たまたまですわ」


背の高いアルヘルムに抱きしめられると、小柄なアデライーデはすっぽりとその胸の中に収まってしまう。

苦しくはないが、突然の事でクラクラしてしまう…。


「それでもきっかけは貴女だよ。そうでなければ炭酸水はあのままバルクで埋もれていたよ。バルクの王として民の代わりに貴女に感謝する」

「あ…ありがとうございます」

「そして、王としても夫としても貴女に相応しくあるようにする」

「はい…」



正妃としての務めも何も果たさず、ただこの離宮で好き勝手にしている自分の方がアルヘルムに相応しくないんじゃないか、炭酸水だって皇后陛下のお陰なのだと思っているが、今はそんな事を言えそうな雰囲気ではない。



「バルクが豊かになった時に贈らせて欲しいものがあるんだ。まだ言えないがきっと貴女に贈る。だから待っていて欲しい」

「はい…」

「ありがとう」


そう言ってアルヘルムは、アデライーデの額にキスをしゆっくりと腕の力を緩めた。顔が熱くてアルヘルムに目を合わせられない。


「それまでの間にも、贈りたいものはあるんだ。貴女はワインが好きなんだろう?バルクで作った貴女に相応しいワイングラスを作らせているよ」

「わ…ワイングラスなら酸化鉛ですわ!!」


「へ? 鉛?」



今までの甘い雰囲気ぶち壊しの発言である。

緊張してつい口走ってしまったが、アデライーデが口にしたそれは本当の事である。クリスタルガラスには混ぜる酸化鉛の含有量によってランクがある。



「酸化鉛を2、3割ほど入れると、きれいな水晶のようなガラスが作れると…読みました…」




嘘ではない。

ワイン好きな陽子さんはワイングラスも好きだった。本を眺めショップで品定めして買ったバカラのワイングラスは、宝物で大切にしていた。


好きなものは知りたくなる性格なので、一時期グラスやガラスの本を読み漁っていた事がある。ガラスとクリスタルガラスの違いを知ったのもその時だ。



--しまったわ…ドキドキして考えずに口にしたけど、どこからそれを知ったかと聞かれると不味いわよね…。



前世は異世界人でその記憶があると言うだけでも、おかしな人扱いされるはずだ。その上、アルヘルムの親より年上かもしれないと知られたら確実に引かれてしまうだろう。


アルヘルムに会えなくなるのは避けたい。



「読んで?」

「ええ…(前世の)図書館に行ったときに読みました」

「(帝国の王宮の)図書館で…」

「ええ…」

「どんな本だった?」

「本と言うより…ノートのような…本の題名はなかった…ような…。チラッと読んだだけであまり覚えてなくて…」

「帝国でもそのようにして作られているのかい?」

「どうでしょう…、帝国のグラスもバルクのグラスと同じようなものでした」

「ふむ…」


この世界、本は貴重品である。

貴重品ゆえ戦争をし勝った国は敗戦国の王家の本を接収する。取り潰しをした貴族の家からもだ。


王族や貴族の持つ本には、外部に漏れてない貴重な情報が詰まっている事が多くあるからだ。帝国ももちろんそうやって本を接収し使える技術は流用してきた。王宮大書庫は知恵の宝庫なのである。



--ノートのようなと言うなら実験の記録だろうか。あの戦争で帝国が接収した本は膨大なものであろうからな。文官たちの目から漏れたか?帝国で使ったグラスは確かにバルクのものとさほど変わりはなかったな。




「そうか…。今度ガラス職人達に教えておくよ」

「ええ、そうですわね」



アルヘルムは強くなってきた陽射しを見て、アデライーデの手をとり離宮への道を歩き始めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] アデライーデ様、もう一声、「真珠ならアコヤ貝ですわ!」もそのうちお願いしたいです。 異世界版真珠養殖があってもいいと思います。
[一言] …いやぁ〜ガラスで驚いていては"次"は身が持たないよ。アレでしょアレ。
[一言] >「タクシスは、どんなに遅くても必ず屋敷に帰る奴なんだよ」 これでメラニアさん対策もバッチリですね。 タクシス『王宮の泊まりも無くしてもらいたいのだが……』 >南の大陸 カレーのスパイスと…
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