151 アルヘルムの決意
「よし…」
手帳を閉じるとタクシスは、上着に手帳を仕舞いレナードにスプリッツァーではなく、ライムモヒートを濃い目に作るように頼みソファに座り直した。
タクシスは小麦の収穫に合わせ、秋からホケミ粉と魚醤を売り出すと言う。
「炭酸水の出荷の盛りは夏だ。冬に売るものが欲しかったんだよ。今から準備をしておかないと間に合わなくなる。島を整備するんだろう?調査の者も選ばないとな。全く…、ここに来ると仕事が増えるよ。メラニアに実家に帰られたらお前のせいだからな」
そうは言うが、タクシスの目が笑っている。こういう目をするときは仕事の段取りを考えて楽しんでいる時の目だ。
「ところで…アルヘルム様。アデライーデ様にドレスはいつ贈られるのですか?」
「マダムに頼む予定なのだが、マダムは今帝国に帰っているらしいのだ。メゾンには使者を出しているから、こちらに来たらすぐに仕立てて貰うように頼んでいるよ。秋の豊穣祭には間に合うだろう」
「さようでございますか」
うんうんとレナードは頷き、足りなくなったライムを取りに執務室を出ていく。
グラスを手にしたアルヘルムが窓を開け放つと、昼間の暑さが嘘のような涼しい風が入ってきた。
「今まで以上に忙しくなるな」
「お前が、あの島の開発に手を出すからな。正妃様の真珠の為にな」
「そうだな…」
窓から見える暗い庭園に目を落としそう話しながら、アルヘルムはアデライーデには指輪やネックレスではなく、真珠を使ったティアラを贈りたいと考えていた。
今はまだタクシスにも言えないが、皇帝陛下がアデライーデに贈ったというネックレス以上の物を、いつかは自分が贈るつもりだ。
バルクに豊かさをもたらす、彼女の黄金の髪に相応しいティアラを。
その為には、まず国が豊かでないとならない。
民草を愛するアデライーデはバルクが豊かにならねば、そのティアラも受け取ってはくれないだろう。
まずは国を民を豊かにしたいと思う。その為に島を整備し国の豊かさを手に入れるのだ。
バルクは小さいながらも国内で一通りのものは揃えられるが外貨を稼げるものは蜂蜜と豊かな森からの木材、それとガラスしかなかった。
どれもどの国でも採れるありふれたものだ。利益の大きい宝石や金の鉱山もあるにはあるが産出量は少なく輸出して利益をあげるほどでも無かった。
南の大陸と交易が持てる港を持っているのは、西の国だ。それ故西の大国と呼ばれている。バルクがあの島を交易港として整備すれば少なくとも、今以上に水や食料が売れ停泊税もとれるようになるだろう。珍しい物を仕入れればそれを帝国や周辺国に売り収益もあがるはずだ。
わかってはいたが、それの為に港を整備できる金が国に無かった。先王が養蜂を奨励し板ガラスの輸出に力を入れコツコツ稼いだ外貨でメーアブルグを整備した。
それまでより多少は外貨が入るようになったが、皮肉なもので、稼いだ外貨と同じくらい国内での災害や帝国の戦争の余波を受けた国境の警備等で金はなくなっていった。
父上が見つけた炭酸水で莫大な利益が入り、交易ができるように島を整備できるかもしれないと父上が聞けば、どれだけ喜んだだろうか。長年の国としての悲願を達成するかもしれないきっかけを作ってくれたアデライーデに感謝と愛おしさが募る。
今すぐアデライーデに会いたい。
会って感謝の言葉を伝え、抱きしめたいと思ったがそれは叶わない。
すでにアデライーデは、湯を使い自室の寝室にいるはずだ。白い結婚の期間はお互いの寝室に入ることはタブーとされている。
無論寝室を使わず昼間にいたすことはできなくはないが、常に数名の使用人の誰かがいる王族や貴族では無理な話だし、何よりバルクの王としては皇帝との約束があるので破る事はできない。
アルヘルムもそんな事は望んでないが…いや…ちょっと考えなくはないが、大切に思っているアデライーデとの初夜は正式にちゃんとしたいと思っている。
が…。
会いたい時に会いたい。
忙しくなってから、離宮で暮らさせたのを少し残念に思う事が多くなっていた。
前回離宮に来た際、夜遅くまでこれからのバルクの在り方や、アデライーデが生み出す目新しいものをどう世の中に広めるかを話す事は楽しかった。
新婚夫婦の会話というより、年の離れた妹や親族のようなざっくばらんな雰囲気だったことは否めないがアデライーデとの話は楽しく妙な安心感すらある。
王として年上として気負って話さなくとも良いのだ。
--島を整備すると話すとアデライーデはなんと言うだろう。きっと驚くに違いない。彼女の事だから南の大陸の話を聞きたがるだろう。明日、2人でゆっくり話したいな…。
アルヘルムが、振り返り口に出た言葉は「タクシス、もう遅いぞ。メラニアのところに帰ってやれ」だった。