147 マリアの悩み
「アデライーデ様…お好きな宝石ってございますか?」
「え?宝石?」
バスタイムにマリアは、アデライーデに尋ねてみた。
少し前アルヘルムからアデライーデのドレスの好みや宝石…貴族女性の好むような物は何なのかと聞かれていたが、確かにアデライーデはそういう物で「これが好きなの」という話をマリアは聞いたことがなかった。
皇帝陛下から贈られた宝飾品やドレスをとても喜んでいたし、自分がコーディネートしたドレスや宝飾品にも基本的に異を唱えられたことはない。
それにマリアがアデライーデの侍女になった時には、アデライーデの衣装部屋も宝石箱の中にも、一通りのドレスや宝飾品が揃えられていた。
「宝石は何でも好きよ。綺麗だし」
アデライーデはそうは言うが、他の皇女様たちははっきりとしたお好みがあった。
あのカトリーヌ様はルビーがお好きだった。お誕生日や社交デビューの時には、側室の母親や外戚祖父の侯爵に大きなルビーを強請って自慢げに着飾っていたのを見た覚えがある。
アルヘルムに言われて、はたと思えば自分もアデライーデの好みをはっきり聞いたことはなかったのだ。
「そうねぇ、強いて言えば真珠かしら」
「……さようでございますか」
陽子さんは、ハーブの入った袋をむにむにしながら前世結婚の時に、母親から持たされた真珠のネックレスを思い出していた。
一生物という言葉が好きだった母親は日本の有名宝飾店で、娘の結婚にあたり巻のしっかりした1連と2連のネックレスを買ってくれたのだ。
--箪笥も着物も要らないんだったら、これくらい持っていきなさい。
そう言われて買ってもらったネックレスは冠婚葬祭や入学卒業式で大変活躍してくれた。懐かしい思い出のある宝石と言えば陽子さんには真珠しかない。
しばし昔の思い出に浸っているアデライーデを見て、マリアは別の事を考えながらアデライーデの髪を洗っていた。
--真珠…。アデライーデ様にお似合いでしたものね。
マリアはアデライーデが帝国でエルンストに結婚の挨拶をする際、宰相のグランドールから贈られた真珠のイヤリングとネックレスを思い出していた。
帝国では真珠はルビーやエメラルドより貴重な宝石だ。
他の大陸からの輸入品しかない天然物の真珠は、帝国の貴族とはいえ滅多に手にすることはできない。
--きっと、あのイヤリングとネックレスも、グランドール様の名を借りての両陛下からの贈り物だったんだわ…。思い出深い宝石なのね。
そう思って、ゆっくりとアデライーデの髪を洗った。
2人とも違うことを考えていたが、前世と今世、時代や世界が違っても親が娘を思う気持ちはどの世界でも一緒なのだろう。
--しかし…真珠でございますか…。アルヘルム様にお伝えしていいのかしら。
失礼ながら国王とは言えバルクは小国。真珠をおいそれと贈れるほどだろうかとマリアは悩んでいた。
しかし、好みを聞いた以上伝えないわけにはいかない。他に無いのだろうか。
「今、欲しいものがございますか?」
「今? うーん。そうねぇ。特にはないかしら。必要なものは揃っているし、言えば作ってもらえるし」
「できれば…お鍋や包丁とかそういうものではなく…。ドレスやきれいなもので…ですわ」
--あぁ、アルヘルム様が何か贈ると言われていたからそのリサーチなのね。急に好きな宝石なんかを聞き出したからおかしいと思ったわ。
――あれからよくお花を贈ってきてくれるから、それで良いんだけど…それじゃダメなんだろうな…。そうねぇ。欲しいもの…。それでいて綺麗なもの…。綺麗なもの…。
ひとしきり悩んで、アデライーデが口にしたのは…
「きれいなガラスのワイングラスが欲しいわ」だった。
アデライーデが離宮で使っているワイングラスは銀製だ。繊細な花の飾り彫りがしてあり、とってもきれいでアデライーデのお気に入りのグラスだ。
無論ガラスのワイングラスもあるのだが、ぽってりと厚いのだ。
前世と比べるのは酷だが、薄いグラスの口当たりとあの指で弾くとキィンと高音の音がするグラスが懐かしくある。
欲しいものはと聞かれて、透明度の高いグラスできれいなワインの色を眺めつつ、美味しいワインを飲みたいなと何気に思ったのだ。
「そう。透明でね。飲み口のところが薄くて指で弾くときれいな音がするワイングラスが欲しいわ。無ければ銀製のワイングラスがいいかな」
「さようでございますか。確かにワイングラスは綺麗でございますわね」
フライヤーやそろばんより、綺麗さの点で言えばワイングラスははるかに綺麗だ。
ただ、どうなのか…。
白い結婚期間とはいえ、新婚の夫から初めての贈り物がワイングラス。まだ成年前のアデライーデが欲しがるのも微妙ではあるが…
そこは、孤児院を建ててもらって喜んでいらっしゃるアデライーデ様なら良いのかしら…。
マリアは悩みつつアデライーデの髪を洗っていた。