144 試作会議とアルト
サクッ
一口齧ると、僅かな甘みとソーセージの肉汁が口の中に広がる。
粒マスタードをつけるとピリリとした柔らかい辛さがホケミ粉の甘さとソーセージの塩気にまたよく合う。
「これは、ソーセージをホケミ粉の衣で揚げたものですか?」
「そうよ。どうかしら」
「美味しいです。串で食べるのですね」
「お手軽でしょ?屋台とかでも出せるわね」
「屋台で…ガーデンパーティとかででしょうか」
「そうね。どちらかと言えばちゃんとした食事じゃなくてパーティ向けよね」
「中身はソーセージと決まっておりますか?」
「美味しければ何でも入れていいと思うわ。りんごをバターソテーしたものならデザート代わりになるし」
「何でもいい…」
アルトはブツブツ呟きながら、あっと言う間に一本食べてしまっていた。隣でマリアはトマトソースをたっぷりつけて食べていた。粒マスタードはお好みではないらしい。
「こっちは、アジフライよ」
タルタルソースをかけたアジフライの皿をアルトに勧めるとアルトは皿をじっと見つめおもむろにナイフとフォークでアジフライを口にした。
衣に封じ込められた鯵の旨味とタルタルソースは、食べごたえがあり、フイッシュアンドチップやトンカツが好きな兵士たちにもウケるだろうなと、思いながら食べていた。
--レモンやライムのソースなら貴婦人方にも好評を得そうだ…。
サクサクとした食感は揚げ焼きにするムニエルとはまた一味違う。
「フイッシュアンドチップスとはまた違うのですねぇ。サクサクとして美味しいですわ」
あまり魚に馴染みのないマリアは、フイッシュアンドチップス以外の魚料理は実は苦手なのだ。
内陸部育ちで魚を滅多に口にした事の無いマリアでもアジフライは美味しく頂けるようでタルタルソースをつけながら食べていた。
「バルクでは鯵はどうやって食べるの?」
「ほとんどが塩で焼くかバターソテーです。あとは煮込み料理で…鯵をよく食べるのはメーアブルグの近隣だけで、王都ではさほど口にはしません」
「そうなのね」
冷蔵して輸送などできないこの世界では、魚は塩漬けで運ばれる。塩気を活かしてスープに入れて食べるのが主流だが骨があるのであまり人気がなく売値も安い。高く売れるのは小骨の無い魚や海老や牡蠣だとアルトが教えてくれた。
海老や牡蠣が高級食材なのは、この世界でも同じようだ。
「アジフライも、兵士たちに人気が出ると思います。フイッシュアンドチップスとはまた違ったサクサクとした食感ですし」
「そうですわね。このタルタルソースともよく合いますわ」
アルトもマリアも気に入ったようで、直ぐにアジフライをお腹に納めてレモンの入った炭酸水を口にしていた。
「鶏肉も揚げると美味しいのよ」
「確かに豚であれだけ美味しいのですから…」
「ねぇ、お醤油って聞いたことない?」
ここでお醤油が手に入れば、一気に料理の幅が広がる。
唐揚げもテリヤキソースも焼き鳥も作れるのだ。海外からの船がつくメーアブルグでは少量だが珍しい香辛料が手に入る。その中に醤油があれば良いのだが…。
「オショウユ…。それはどのようなものでしょうか」
お醤油の話をするとアルトは、豆から作られたそのようなソースは聞いた事がないが似たようなもので魚から作られる魚醤と言うものがあると教えてくれた。しかし、かなり癖がありメーアブルグでもあまり人気がないらしい。
「それ…今度手に入るかしら」
「匂いと味に癖がありあまり好まれておりませんが、よろしいのでしょうか」
「ええ、1度見てみたいわ」
--やったわ!お醤油じゃなくても工夫すればなんとかなるかもしれないわ。
前世でも名前は知っていたが使ったことのない魚醤は、この世界でもあるらしい。お醤油の代用品になるかもしれないと陽子さんは期待を膨らませた。
「最後はコロッケなの。少し冷めてしまったけど、美味しく食べられると思うわ」
ベーコンと卵のコロッケは、アルトとマリアに絶賛された。コロッケの中身は何でも良いというと、アルトは工夫すれば何種類でもバリエーションが作れそうだと、喜びながらおかわりを願い出た。
アデライーデの許可を貰い、フライヤーの横の揚げ網からおかわりのコロッケを取るときに、コロッケの出来損ないのような茶色の塊を見つけた。
その茶色の塊は、割れたようになっていてコロッケの失敗作かと思える。
「それは、揚げドーナツよ」
アルトが揚げドーナツに目を留めているのに気がついたアデライーデは、棚からパウダーシュガーの壺を取り出した。
「余ったホケミ粉で作ったの。本当はドーナツ用に生地を作るんだけどソーセージドッグ用のタネが余ったからついでに揚げたの」
お余りのドーナツを皿にとって、シュガーパウダーをかけるとふたりの前に置いた。
「フォークナイフで食べてもいいけど、手で食べても良いわよ」
どうやって食べるか戸惑っていたマリアは、フォークナイフで…アルトは手づかみでドーナツを口にして美味しいと口にした。
アデライーデのキッチンの中では、今日の試作をこれからどうアレンジできるかアルトからアイディアが出され、マリアがメモを取ってゆく。
他にも食材があるなら、もっと何かできるかもと言うアデライーデの言葉を聞くと、アルトは地下の保存室から肉や魚を持ち込んで来てアデライーデに「どうぞお使いください。ぜひお手伝いさせていただきます」と迫ってきた。
アデライーデから今まで色んな珍しいレシピを教わった。研究室と言う名のキッチンもでき、もっと沢山の珍しいレシピを学べると思うアルトは、ちょっと暴走気味になっていたのに気づくことはなかった。
その頃、扉の向こうの厨房ではアルトが居なくなり戦場のような忙しさの賄い時間を迎えていた。