143 串付きと、コロッケとアジフライ
ちゃっちゃらちゃららら、ちゃちゃちゃー
いつも、ご飯の支度をするときに頭の中で鳴り響く○分クッキングのオープニング曲を軽く口ずさみながら、自家製ホットケーキミックスの壺を棚から取り出した。
以前アルトにレシピを教えたら、ハマって分厚いホットケーキを作ってくれた奴だ。
「ホケミ粉を……グラムと塩を少々。卵を2つ。ミルクをカップ半分ね。これはソーセージドッグのレシピよ」
キッチンに用意されていた秤は、分銅を置いて使う昔懐かしい秤だ。分銅をおいて調整するとゆらゆらと秤が揺れる。
電子スケールが幅を利かせる現代では、もうお目にかかる事は滅多に無い年代物だがこの世界では現役のようだ。
ホケミ粉を計って卵とミルク、それに塩を少々入れて少し固めに泡立て器でかき混ぜタネを作り、用意して置いたソーセージに串を刺す。
「ソーセージに串を刺したら、ソーセージドッグの用意はできたわ。次は鯵を3枚におろすわよ」
アルトが用意してくれたフイッシュナイフは、前世で使い慣れた小出刃と違い三徳包丁のように少し薄い刃だ。よく切れるが陽子さんには使い勝手があまりよろしくない。
――小出刃と出刃包丁はマデルに頼んだ方が良いかもね。せっかくキッチン作ってもらったんだもの。包丁もできれば使い慣れたものが欲しいわ。
陽子さんは鱗とゼイゴをとって頭を落とし、ワタをきれいに洗って3枚におろした。腹骨を削ぎ落として、ここで普通は骨抜きをするのだが面倒くさがり屋の陽子さんはいつも小骨のところを切り落としてしまう。
スティック状になった鯵の水気を布巾でとって小麦粉をはたき、溶き卵に潜らせてたっぷりのパン粉をつけるときれいにバットに並べた。
「アデライーデ様…」
貴族女性は料理をしない。たまに料理人に手伝ってもらいながら…ほとんど飾り付けくらいだが…こっそりお菓子を作る令嬢はいる。
しかし、使用人がいても手が足りなくて料理をしていた母親と同じくらいの手際の良さで、鼻歌を歌いながら魚を捌いていくアデライーデをマリアは途中からペンを止めて、見ていた。
「ん?どうしたの?」
「アデライーデ様…お料理をされていたのですか?その…とてもお上手なので…」
「……昔ね。よく作っていたのよ」
――そう前世でね。
「さようでございましたか」
――アデライーデ様はお会いする前、帝国でも離宮暮らしだったわね。あそこは小さな厨房があったわ。
マリアは、ローザに連れられて行った古い小さな離宮を思い出していた。
――ベアトリーチェ様とお暮らしだったから、きっとお2人でお料理をされていたのね。
今の離宮暮らしでも時間だけはたっぷりとある。メイドと下働きの老人達しかいない気軽なあの離宮で、暇にあかせて厨房に立たれていたのだろう…。
アデライーデの中の人が、別の世界で家庭の主婦として、毎日キッチンに立っていたなどと思いつきもしないマリアは都合よく1人納得していた。
「じゃ、コロッケを作るわ」
陽子さんは、貰ってきたベーコンを小さなサイコロに刻んで軽く炒め、卵を茹でて固ゆで卵を作り荒く刻む。
マッシュポテトに混ぜ込んで味を整えると衣をつけて、ゆで卵とベーコンのコロッケを並べた。
「さぁ、あとは揚げるだけね」
菜箸をとって油に入れると、箸先からぷくぷくと小さな泡がたつ。揚げ頃だ。
最初は串に刺したソーセージを固めに作ったタネを纏わせ、そっと油に入れるとぷくっと膨らんで、前世で見慣れたソーセージドッグが出来ていく。
余ったタネに少しだけホケミ粉と砂糖を足して、お余りの揚げドーナツを作るのも忘れない。
――裕人が好きだったわね。いつも2、3個しかできないから取り合いでよく薫と喧嘩していたわ。
懐かしい事を思い出しながら揚げドーナツをソーセージドッグの横に並べていくと、次はコロッケとアジフライを揚げ始めた。
じゅわ…。
次々とこんがりいい匂いをさせながらキツネ色に揚がっていく、コロッケとアジフライ。
キツネ色のアジフライが箸先で細かく振動を始めだしたので、油を切って油切りの上に置いて予熱を回す間、残しておいたゆで卵と壺から出したピクルスを細かく刻んでタルタルソースを作れば、出来上がりだ。
揚げたてのソーセージドッグには粒マスタード。アジフライにはタルタルソースが添えられて並ぶ。
「コロッケには何もつけないのですか?」
「このコロッケはそのままでいいのよ」
マリアは興味津々で調理台の上を見ていた。もちろんマリアもフイッシュアンドチップスも食べているがアデライーデが作るこれらのものは当たり前だが見たことがない。
「いい匂いですわ。試食はどちらにお持ちしまょうか」
「試食だからここでいいわ。アルトも呼んでくれる?」
呼ばれたアルトは目を見張った。それほど時間が経ってないのに3品も作られている。アデライーデに勧められるまま試食の席についたが一緒の食卓を囲むような形になったのにお尻のむず痒さを感じていたが、それより料理人としての興味が優った。
揚げ物なのはわかる。しかしこれは何なのだ。串をつけて揚げているのか?
「串のついているものは手にとって食べてみて。トマトケチャップがあれば良かったんだけど、無ければトマトソースやデミグラスソースでも良いわよ。粒マスタードはちょっとずつつけてね」
アデライーデはマリアに厨房からとってきてもらったトマトソースと粒マスタードをちょっぴりつけて齧っている。
恐る恐るキツネ色に揚がった串付きの何かを、口にした。