140 帝国とバルクと離宮
バルクから使者が帝国に帰り着くと、ローザリンデは高位貴族の夫人を集めて夏の茶会を開いた。
今春社交界デビューをした令嬢も招待した茶会は、着飾った夫人や令嬢が大勢揃う華やかなものであった。
その茶会でローザリンデは、バルクから取り寄せた炭酸水で作ったコーラをはじめとする氷入りの冷たい飲み物を振る舞ったのだ。
夏に氷入りの飲み物を飲めるのは、貴族の特権。
夏の暑い頃のお茶会で、化粧崩れを気にすることなく飲める炭酸水を使った冷たい飲み物は、たちまち貴族女性を魅了した。
ローザリンデは料理長に命じて、コーラとライムモヒート以外で、派閥領地の特産品を使った炭酸水のレシピを数種類作らせて女性好みのグラスの飾り付けを研究させていた。
炭酸水自体の価値もあるが、女性に気に入られるにはその見た目の美しさも重要だからだ。
アデライーデは、頼んでいたとおりに美しい瓶を用意していた。バルクの海を連想させる青の瓶とラベル。
贈り物だという小瓶は輪をかけて美しい。これなら夫人達の心を掴むことは間違いないとローザリンデは確信していた。
美しい青の瓶で夏は茶会のバーカウンターで涼を誘うように並んでいる。
テーブルでは、高位貴族婦人に「アデライーデから贈られたのよ」と言って小瓶を手に取らせ小瓶の美しさを自慢すると、手にとった夫人達は口々に瓶の美しさを褒めそやし茶会の話題は炭酸水一色となった。
茶会の最後に化粧領と派閥の伯爵領から炭酸水が購入できる事はもちろんだが、ローザリンデは「私のお気に入りなのよ」とバルクの炭酸水が1番のお気に入りと口を滑らせるのも忘れなかった。
茶会の土産に夫人達には化粧品箱入りの炭酸水が配られると屋敷に帰り夫人や令嬢達は、早速夫に炭酸水を手に入れるように強請った。
珍しい物、流行りのものを手に入れたいと思うのは人の性である。それをすぐに取り入れて披露できるのは貴族では権力や財力を示す秤となる。競うように炭酸水を買い、自身の茶会で披露し始めるようになるのに時間はかからなかった。
夫人達の茶会で炭酸水が使われ始めると、手に入りやすい帝国国内の炭酸水は瞬く間に注文が殺到し炭酸水は茶会や夜会で広がった。
そうなると、高位貴族の間では皇后お気に入りの「バルクの炭酸水」を手に入れたいと思うようになる。
土産に渡された炭酸水の化粧箱には、アルヘルムが作らせていた炭酸水の説明書が添えてある。そこにアリシア商会の名前を見つけた貴族達は出入りの商会に取り寄せるように頼むが、帝国内の商会はアリシア商会の名を誰も知らない。
財力のある貴族達は使者を立て、できるだけ早く購入したいとバルクに問い合わせてきたのだ。
アルヘルムは離宮から帰るとすぐにバルク国内の夜会でも炭酸水を披露していた。夏の暑い盛りに冷たい炭酸水はバルクの貴族も魅了していった。
バルク国内でも炭酸水が広がり始めた頃、帝国から続々と使者がやってきた。目ざとい大商会からの目通りの打診もチラホラとある。
その対応にアルヘルムとタクシスは忙殺されていたのだ。
ガラス瓶の増産や輸送のための荷馬車の増産、帝国内へのアリシア商会進出など決める事は山とあった。
バルクの国内のガラス瓶工房や出荷用の木箱工房、それに出荷に関わる人達は、この降って湧いたような仕事の依頼におおわらわになっていた。
炭酸水を世に広めるきっかけを作ったアデライーデだが、この騒ぎを知らず、女将さんのところでコーラを楽しみ、次はなんのレシピを渡そうかとのんびりと考えているところだった。