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14 蕪と鶏のシチュー



「どう? ちょっとは慣れた?」



勝手口のドアに決められたタイミングのノックがあったので覗き穴からローズを見つけると、周りを確認して配膳カートごとローズをキッチンに入れた。


ローズは今日は配膳のお手伝いに駆り出されたらしい。

第7皇女付きの侍女になってから1週間、あの公休日から10日目にローズは職場伺いにやって来た。


「もう天国!本当にローズに相談してよかったわ!こんな夢の職場があるなんて」


マリアは満面の笑みで「そうでしょ?」と笑った。

カートに乗せられた本日のアデライーデ様の夕食を下ろし、キッチンのホットキーパーにメインディッシュを入れながらマリアはローズに感謝の言葉を続ける。そして口も手もテキパキと動く。


あの日職場を変わりたいと告げたマリアは、アデライーデ様のところはどんなところかローズに尋ねたがローズは明日こっそり連れて行ってあげるから自分の目で見てご覧なさいとただ笑うばかりであった。


なんだか子供扱いされているようで、マリアはちょっと不満だったがその日はいつもの様にローズに盛大に愚痴を言って過ごした。


公休日、外套をしっかり着込んだマリアはローズに連れられアデライーデの離宮を訪れた。


雪がほとんど降らないこの帝国も年明けのこの時期はかなり寒い。

こじんまりした古い離宮はひっそりと目立たない様に王宮のかなり奥まったところにあった。離宮の前庭は整えられてはいたが華やかさはない。



ところが離宮の裏手に周ると、手入れの行き届いた庭に目を見張る。帝国でも貴重な冬薔薇が植えられ、冬だというのにたくさんの花が咲くこの庭だけ早春のようだった。


庭の隅に連れて行かれ、ローズが指差した先に大きな窓の側で外を眺めているアデライーデを見てその可憐な姿に驚いた。


「ねぇ、ローズ。あの方がアデライーデ様なの?噂と全然違うじゃない」

「そうよ。あの方がアデライーデ様よ」

「噂では他の皇女様たちより見劣りしてるって…」

「ふふっ。噂よね」


マリアは今第6皇女に仕えているが、王宮主催のパーティの手伝いにもかり出されるので嫁いでしまった皇女達の顔も知っている。

どの皇女達も美しいが、それは気合の入った化粧と洗練されたドレスやヘアスタイルの底上げがあるからだ。


窓辺に佇むアデライーデは、着飾る事もしていない姿だがとてもきれいだった。


ほんとに人の噂なんて当てにならないわね。見劣りがするなんてとんでもない。他の皇女様たちと並んでも十分お綺麗だわ。マリアがそう思っているとローズがマリアの外套の袖を引っ張り、寒くなってきたから離宮の使用人部屋に行こうと言った。




庭をぐるりと周り使用人口から厨房に入ると年をとった使用人達が二人を迎えてくれた。寒かっただろうと意外に広い厨房の片隅にある暖炉の横の大きなテーブルに熱いお茶を用意してくれた。


「まぁローズじゃないかい?久しぶりだねぇ」

ローズを知っているらしい何人かの使用人が、ローズと挨拶をしていた。


マリアは外套を脱いで、熱いお茶をありがたくご馳走になっていると、一番年かさの下働きのおばあさんがローズに「ローズが、アデライーデ様付きになるのかい?」と尋ねた。


「そうなったらどんなに良いかと思ってたんだけど、私はダメだって」

ローズは心底残念そうに言う。


「でもね、代わりにこの娘をどうかと思って。今は『あの』第6皇女様付きなんだけど、職場を変わりたいって言うから丁度いいかなと思って誘ってみたのよ」

ローズがそう言うと、老人たち全員の驚いたような鋭い目が一斉にマリアに集まる。


え?何?

マリアは飲んでいたお茶のカップを持ったまま固まる。


「『ローズ』のおすすめの娘なんだね」年かさのおばあさんがニコニコしながらそう言うと、老人たちは笑いながらマリアを囲みアデライーデ様をよろしく頼むと順に手を取りマリアに願った。


「丁度いいから、お昼も食べていきなさい。もうすぐ他のみんなも集まってくるから」とマリアに断るスキも与えずお茶のおかわりを淹れだす。

そうして、老人たちに取り囲まれておしゃべりをしていると、さっきの年かさのおばあさんが昼食の用意をし始めた。


「あ、お手伝いさせてください」


客人と言えど、大先輩たちを働かせて自分が座っているのはお尻が痒くなる。アデライーデの食事を作るのはできないが先輩達の賄いならばお手伝いしてもいいだろうと申し出た。


「そうかい、そうかい。助かるねぇ」と大先輩達は口々に感謝してくれ一緒に蕪と鶏肉のシチューを作った。驚いた事に賄いは15人分らしい。


随分たくさん作るのだと思っていると、「いつもはじじいとばばあで5人なんじゃがなぁ」と、片腕のない庭師の老人がない腕の方を叩きつつ「儂らはいろいろ足らないからのぅ。儂らと同じくらい年寄りのこの離宮の手入れには、時々若い奴らの力が必要なんじゃよ」と言う。


どう答えていいかわからなかったマリアは苦笑いしていると、「あんたの冗談はセンスがないんじゃよ」と隣のお掃除メイドの大先輩に頭を叩かれていた。


ここの使用人たちは、老人ばかりだ。

おじいさん達は体格が良くても片腕や片足が動かないのか、杖をついている。目がほとんど見えなさそうな人もいる。

この王宮では辞めたいと言わなければ、働けるうちはできる仕事を与えられ追い出されることは無いと聞いたことがある。


ここはそういう人が集まっているらしい。


賄いを作り終える頃に、若い庭師や大工たちが食事にやって来た。

一様にマリアがいる事に驚いたが、アデライーデの侍女候補だと老人たちに紹介されるとやはり同じようにアデライーデ様をお願いしますと頭を下げられた。


アデライーデ様って使用人に慕われているのねと、賄いのシチューを頬張りマリアはみんなと食事をしながら思った。

実家も祖父母をはじめ弟妹含めて9人。通いの使用人や商会の人達も含めるとこんな感じでいつも賑やかに食事をしていた。


懐かしいな…王宮に来て食事の豪華さに喜んだがそれは最初のうちだけだった。いつの間にか食事はさっさと済ませるだけのものになっていたのだ。

こんなふうに暖かい食事は久しぶりだ。


大先輩方は優しくて、食後の片付けを手伝いながら実家の事や今までの王宮での暮らしを話し込んでいた。大先輩方もアデライーデ様や亡くなられたベアトリーチェ様の思い出話をたくさん教えてくれた。

仕える主ではなく、まるで娘や孫の話をするかのように嬉しそうに話す。


「儂らは身寄りがなくてな。忙しく仕事ばかりしていたらあっという間にじじいになっていたんじゃ」

「そうそう、マリアもいい人を見つけたらぎっちり捕まえとくんだよ。選り好みをしていたら私らみたいになっちまうからね」


……大先輩方のありがたいアドバイスは、すでに適齢期を過ぎかけたこの身にしみる。


気がつくと夕食までしっかりご馳走になり、老人たちに見送られてローズと一緒に寮に戻った。寮の入り口でローズに別れを告げるとマリアは久しぶりに実家に帰っていた様な気分で早々にベッドに入った。



長いので分けました。

もう少し続きます。

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