139 手紙と散歩
午餐もとらずに「すぐにまた来るから」と慌ただしく王宮に帰っていったアルヘルムを見送った数日後、帝国から来た使者が離宮を訪れた。
ローザリンデへの贈り物の炭酸水と依頼していた炭酸水を帝国へ持ち帰るのでアデライーデに別れの挨拶をする為だ。
アデライーデは、エルンストとローザリンデへの礼状を使者に託して道中気をつけるように言葉をかけると、人の良さげな使者はもったいないお言葉ですと深く礼をして離宮を去っていった。
それから1月ほどは何事もなく、のんびりとした日々が離宮に訪れた。すぐに来るからと言っていたアルヘルムはあれから訪れず、まめに来ていた手紙も来なくなった。
政務が忙しければ離宮通いも難しいのだろうと、陽子さんは考えていた。
顔を見ないのは少し寂しいなという思いが頭をかすめたが、気軽に離宮にやって来ていたがアルヘルムは、一国の王なのだ。
--そんな事を思っちゃだめよね。
ちょくちょく離宮にお忍びで来られる方が王様として心配だと寂しいと思う気持ちを振り払う。
日増しに暑くなる夏の陽射しを見ながら、久しぶりに村に散歩に行こうとマリアとパラソルをさして村に向かって歩き出す。ここしばらくずっと試作と孤児院にかかりきりで村に行くのはどのくらいぶりだろうか。
「ねぇ、マリア。夏は王宮はお忙しいのかしら」
「そうでございますね。春から初秋にかけては社交シーズンですからお忙しいと思いますわ。領地に住む貴族が王都に集まりますから催し物も多いですし…」
--貴族っぽいわ。社交シーズンなんて映画の中でしか聞かない言葉だったわね…
「お寂しいですか?アルヘルム様がいらっしゃらなくて」
「そんなことないわ。お仕事が1番大事よ。ただ最近お顔を見ないからお忙しいのかと思っただけよ」
マリアの言葉に少しドキリとしたが、顔色を変えずにそう答えると、マリアは何も言わずに微笑んだ。
しばらく歩くと、何やら村の方から賑やかな音と声が聞こえだした。見ると村の外れのビューローの家の横で大勢の大工が何かを建てている。
「マリア、あそこはビューローの炭酸水の工房…よね?」
「ええ、増築でしょうか?随分と大きな倉庫のようですわね…」
いつか見た光景のように沢山の大工が倉庫のような建物の建築途中のようで、その横では忙しく木箱に入れられた炭酸水を荷車に積み込んでいる若者達がいた。
「炭酸水が売れ始めたのかしら」
「そのようですわね」
--良かったわ。王都で炭酸水が売れ始めたら孤児院の子どもたちをちゃんと雇ってもらえるわ。
忙しく荷出しをしているビューローの工房の横を通り、2人は村へ入っていくと、様子が以前と違うことに気がついた。
老人の多い静かな村であったが、以前より人が増えているのか若い人の姿がちらほら見える。皆、アデライーデを見かけると笑顔で挨拶をしてゆくのだ。
--そう言えば、商会を村に作ったと言ってたから、そのご家族の方かしら。若い人が増えるのは良い事よね。
道の角を曲がったところでアデライーデとマリアは2人共ぽかんと口をあけて道の真ん中で立ち止まった。
「食堂が大きくなっているわ…」
この前来たときより倍近く大きくなった食堂にびっくりしていると中から女将さんが出てきてアデライーデを迎えてくれた。
「アデライーデ様!まぁまぁ!よくおいでくださいました。どうぞ、お入りになってください」
勧められるまま食堂に入り、アデライーデはコーラをマリアはレモネードを注文し、ホールを見渡すと以前の倍の広さになっていた。
飲み物を持ってきた女将さんによると、兵士たちだけでなく炭酸水工房や商会の人たちが食事をしに来だして以前のホールでは入り切らなくなってしまい隣の空き地を買い取り増築したと言う。
聞けば広げた厨房には、マデルの試作のフライヤーが置かれているという。今は4台目の試作フライヤーが頑張っていて毎日大量のフイッシュアンドチップスを作っているという。
--マデルは試作の実験を食堂に協力してもらっていたのね。
料理人から直接アドバイスをもらえるのなら改良にはもってこいだ。
人が増えたおかげで、食堂だけでなく村の雑貨屋も取り扱う商品が増えわざわざメーアブルグまで買い物に行かなくて良くなり便利になったとお礼を言われた。
「それにアデライーデ様に教えていただいたレシピは、評判が良くて毎日大忙しなんですよ。若い娘達も雇えたし、人も増えて村も活気が出てきました。本当にありがとうございます」
「いえ、村に活気が出てきたのなら良かったわ。また今度別のレシピを持ってくるわね」
「本当でございますか。ありがとうございます!」
アデライーデが女将に礼を言われ村の役に立っているのだと実感していた頃、王宮ではアルヘルムとタクシスが連日の会議で忙殺されていた。
バルク国内の貴族からだけでなく、帝国内の貴族からの炭酸水の依頼が舞い込み始めたからだ。