137 黄色の塊と残念な晩餐
「そうか…」
「噂では陛下は別の方にしようと思われていたようだが、ダランベール侯爵の強い後押しでそうなったようだ」
「ダランベール候は降嫁で派閥の家と血の繋がりを強め、陞爵で派閥の強化もできたか…。気の毒なのはその令嬢だな」
貴族社会ではままある事とはいえ、その令嬢が気の毒でならない。
「そうだな…」
タクシスは、アデライーデではなくカトリーヌがバルクに輿入れしてきたらと考えていた。
カトリーヌの元婚約者の令嬢に対する態度からでも容易に想像できるが、テレサ様との関係も今のアデライーデがとっているような穏やかな関係などではなく、確執にまみれたものになっただろうと。
2人がそんな話をしている時に、レナードがアデライーデ様の支度が整ったと告げに来た。
いつもの簡素なドレスではなく、久しぶりに着飾ったアデライーデをアルヘルムは褒め、晩餐の席につくと3人の和やかな食事が始まった。
タクシスは1日商会の話をしていたのだからと、食事の席では商会の話は出さずアデライーデの離宮での話を尋ねると、アデライーデは嬉しそうに孤児院での話を始め、ビューローのところに孤児たちを雇ってくれた礼をアルヘルムにしていた。
メイン料理が運ばれていた時、レナードが咳払いをして「本日のメイン料理はアデライーデ様のレシピの卵料理でございます」と紹介し、3人の前に見慣れぬ黄色い塊を乗せた皿を出してきた。
「………、」
「……これは?」
プレートには、ハーブが散らされその真ん中に四角い黄色の塊がどんと乗っていた。
アデライーデのレシピと聞いてわくわくしていた顔のアルヘルムも首を捻りながら、アデライーデに尋ねた。
「これはなんだい?」
「玉子焼きですわ」
「タマゴヤキ?」
「プレーンオムレツのようなものです。晩餐のメイン料理には少しシンプルですが、最近アルトが焼けるようになってきたので出してもらいました。これだけではシンプルなのでソースも別に用意してもらいましたわ」
そう言われたが、四角い卵料理など見たことがない。
プレーンオムレツとは、こう…、楕円形ではないのか。
つやつやした玉子焼きにナイフを入れると、ふんわりと柔らかく程よい上品な塩味だ。
アルヘルムが玉子焼きをひと切れ食べると、給仕がソースを勧めてきた。
鴨肉のソースを添えると、また美味しい。
玉子焼き本来の食べ方とは、ちょっと違うが…。
「美味しいな。それにふわふわと柔らかくてオムレツとはまた違う口当たりだ。卵料理で四角いものなど初めてだ」
アルヘルムは、興味深げに玉子焼きを切っている。
「アデライーデ様、なぜ四角なのでしょうか」
「四角いフライパンで焼くからですわ」
「四角いフライパン…型に詰めて焼くのではなく?」
タクシスが不思議そうに玉子焼きを口に運ぶ。
陽子さんはメイン料理に玉子焼きを出したのをちょっと後悔していた。フイッシュアンドチップスやトンカツに比べて、インパクトがない玉子焼きは地味な料理だ。
それに男性の夕食には、やっぱり物足りないかもしれない。
--失敗しちゃったわね。今からステーキか何かを出してもらった方が良いかも。
「物足りなくありませんか?」
「いや、十分だよ。でもこれはどうやってつくるんだい?」
「四角いフライパンで、溶いた玉子をくるくる巻いて作るんです」
「くるくる巻く?」
作り方が全く想像もつかないと、アルヘルムとタクシスが戸惑うのも仕方がない。
料理人であるアルト達も戸惑った料理法なのだから、元々料理をしないアルヘルム達の想像がつかないのは、当たり前だ。
「女性に好まれそうだな」
「そうですね。小さく四角く切って出せば夜会やガーデンパーティでも楽しめますわ」
アルヘルムに気に入ってはもらったようだが、揚げ物に比べたら男性心をグッとは掴めなかったなと、陽子さんはちょっと残念だった。
せっかくアルト達が頑張って作り方を覚えてくれたが、玉子焼きは日の目を見ないかもしれないと、申し訳ない気持ちでその日の晩餐は終わった。