129 執事の仕事と出会い
子供たちが孤児院に移り住み、村の子供達とも馴染んできた頃、レナードは大忙しになっていた。
商会の事務所と指物師のコーエンの家は空き家を利用し、寝泊まりできるように村の奥様方を下働きとして雇い整えた。
今までは新しい村人が入村する時の空き家の整えは宿屋に頼んでいたが、女将から「あたしらに死ねというのですか」と本気で断られた。
聞けば、アデライーデが離宮に来てから宿屋兼食堂兼酒場は、ほぼ毎日朝から晩までフル稼働だという。
最初こそ商売繁盛に喜んだものの、朝は庭師達泊まりの客の朝食と部屋の掃除と昼の仕込み。昼と夜は食堂と酒場の営業、そして深夜までの酒場の片付けと朝の仕込みとほとんど寝る間もない。
地獄のローテーションで女将さんと息子夫婦は疲れ切っていた。
しかし、なんと言っても酒場は使用人と兵士達の憩いの場。休むわけにはいかないのだ。
兵士達の士気にもかかわるので、レナードはすぐに住み込みの料理人見習いと下働き、ホールの女の子を数人手配して欲しいとメーアブルグのヴェルフに依頼をかけ、従業員の寮も用意させた。
数日後身元のしっかりとした従業員が、ヴェルフからの推薦で宿屋にやってきた。
今まで人手不足の酒場では、村の奥様達に頼み込んで酒場のホールを手伝ってもらっていた。平均年齢は兵士達の母親やお婆ちゃんくらいの方々にだ。
熟女率100%である。完熟と言ってもいいくらいだ。
それでも酒が飲め、たまにとは言え非番のメイドや下働きの女の子達が来ているので男ばかりのむさ苦しい職場の中、僅かな出会いの期待を込めて兵士達は酒場に通っていた。
そんな酒場にメーアブルグからホールの女の子が5人来て、誰より喜んだのは他でもない奥様方だった。
奥様方はやっと代わりが来た!これで寝不足から解放されると引き継ぎも早々に引退していった。
「酒場に行こうぜ」
「ああ、今日はメイドさん達来るかな?」
「前来たのが6日前だったから、そろそろじゃねぇか?」
今日も兵士たちは村の酒場に期待を込めて通う。
「ちぃーす、おばちゃん。フイッシュアンドチップとワインをジョッキで」
「俺、シュナップスとソーセージ!」
「ライムモヒートとチップス頼むよ」
一番乗りで酒場に入った非番の兵士たちは、勝手知ったる様子で厨房に声をかけると、誰もいないホールのいつものテーブルに座った。
おばちゃん達は早めの軽い夕食を食べているので、一番乗りで酒場に来るとホールに誰もいない事が多いのだ。
「はーい」
奥から声が聞こえ、厨房から女の子達がわらわらとホールにやってきた。
「お…、おい。俺とうとう彼女が欲しすぎて幻が見えてる。おばちゃん達が若い女の子に見えるようになった…」
「俺もだ…。しかもかわいい」
「俺もだよ…。くそっ!男ばかりの兵舎暮らしで、とうとう頭にきたんだ」
兵士たちがテーブルで目を見張って呆然としていると幻の女の子が一人、飲み物を持ってテーブルにやってきた。
「お待ちどう様、先にお飲み物です。おつまみはあとで持ってきますね」
「あ……。喋った」
「今日からここで働くことになったマリーンです。よろしくお願いします」
フワフワとした茶色の髪のマリーンが、そう挨拶をしにっこり笑って厨房に戻ると、兵士たちが我に返った。
「幻じゃねぇーーー!」
「あんた達!叫ぶんじゃないよ!静かに飲みな!」
飛んできた女将さんからトレイで叩かれても、兵士たちは手を取り合って喜んでいた。
「お前、みんなに知らせろ」
「嫌だ、俺は行かないぞ。マリーンちゃん達を見てるんだ。お前が行けよ」
後からやってきた新人を走らせ兵舎に知らせると、夜勤当番の兵士以外こぞってやって来た。
その晩から今まで以上に酒場は賑わい始め、女将たちはさらなるホールの女の子の補充をレナードに頼まなければいけなくなった。
何故なら、次々に女の子が辞めていくのだ。
女将さんが目を光らせているので職場の環境は良い。給料も良い。しかし出会いの無い若い男の集団である兵士たちはこの出会いの機会を逃したくないと、次々と交際を申し込み寿退社で辞めていく。
女の子達にとっても結婚相手として兵士は人気の職業だった。離宮の兵士なので身元はしっかりしているし安定したお給料で男ばかりの職場では浮気の心配は少ない優良物件なのだ。
結婚した兵士達は、村に新居を借りすぐに子供が生まれ村の人口も増えていくことになる。
「レナード様。うちは結婚斡旋所じゃないんですよ。まぁ良いですけどね。次の募集もかけといてください。あと酒場を増築するので大工の手配をお願いします」
そう言ってレナードの執事室を出ていく女将を見送りながらレナードは思う。
私も執事で、仲介屋や不動産屋になったつもりはないのですがね…と。