128 入居と石板
「ねぇ、レナード。本当にアルヘルム様を呼ばなくて大丈夫なの?」
「問題ないとおもいますが…」
今日は孤児院の完成記念の日なのだが、レナードはアデライーデの質問に淡々と答えていた。
陽子さんは孤児院が完成したらアルヘルムが建物の入り口でテープカットしたり、新築祝いのパーティとかお披露目とかをするかと思っていたがバルクではそういう習慣はないらしい。
貴族のお屋敷が新築された時に、派閥の関係者を招いてガーデンパーティをするくらいだとレナードから教わった。
孤児院や公的な建物は出来た翌日から普通に使うのだと言う。マリアに聞いても帝国でもあまり変わらないようだ。
--案外あっさりしてるのね。
そう思いながら孤児院に行くと、アベル達が孤児院の前に整列してアデライーデを待っていたが、アデライーデの姿を見ると一目散に駆けてきて抱きつきながら嬉しさを口にする。
「アリシア様、ありがとう!」
「俺達の家なんだよね」
「アリシア様も一緒に住むの?」
「ねぇ〜!早く入ろうよぉ」
みんな嬉しくて、アデライーデをもみくちゃにし手を引いて孤児院に入ろうとする。
「あんた達!アデライーデ様の腕が抜けちまうよ!御手を離しな!」
ブレンダにゲンコツを貰いながらも子供たちの、はしゃぎっぷりは止まらなかった。
玄関に入り子供たちは室内履きに履き替えると、孤児院の中の探検に入って行き声を上げてあちこちのドアを開けはしゃいでいた。
新築の木の匂いが、アデライーデを迎える。
「アデライーデ様、引き渡しの確認をお願い致します」
スタンリーはいつもの服より上等の服をきて玄関で恭しくお辞儀をしていた。
完成された孤児院は、綺麗に掃除をされ花も飾られている。明るい室内は質素だが温かみのある趣きだ。アデライーデが願った非常用の階段も非常用ドアも、すべり台も申し分ない。
「スタンリー、望みを叶えてくれてありがとう。思った通りの…いえ、それ以上の出来だわ」
「最高の賛辞をありがとうございます。私も今回の仕事は楽しゅうございました。どうぞ、これをお取りください。こちらをお取りいただければ引き渡しは終わりでございます」
そう言ってスタンリーは、懐から鍵を2本出すとアデライーデに差し出した。棟梁から建物の主に鍵が渡されると、引き渡しは終わるのだ。
無骨なその鍵をアデライーデが受け取るとスタンリーは深々とお辞儀をして孤児院を辞していった。スタンリーを見送るとアデライーデは鍵の一本をこれから孤児院に移り住むハンス達に渡した。
孤児院の中を子どもたちと見て回り、干し草小屋から子供たちの荷物を移動させるとリビングのソファに座り、おやつを食べる子供たちをアデライーデは眺めていた。
離宮に来て2ヶ月あまり。来た当初のガリガリだった面影はなくなり子供らしいふっくらとした頬になってきた。なによりその目が以前とは違いキラキラと輝いている。
「ねぇ、マリア。あとはこの子達が独り立ちできるようにしないとね」
「そうでございますね。そろそろ読み書きを始めてもよろしいかもですね」
「村の子供たちはメーアブルグのリトルスクールまで通っているのかしら」
「いえ、王宮の文官を退任された方が教えているそうですわ。メーアブルグまでは馬車に乗らないと行けませんから」
「この子達も一緒に学べるようにお願いしないとね」
数日後、レナードの采配により子供達は真新しい石板とチョークを持って村のリトルスクールに通い始めるようになった。
自分達5人以外の子供と遊ぶ事が無かったアベル達は、最初は緊張でぎこちなかったという。メーアブルグにいた時のように石を投げられたりイジメられるのかと固まっていたが、村の子供達とすぐに仲良くなった。
アベル達はリトルスクールが終わった後は村の男の子と釣りをしたり孤児院横の広場で遊んだり近くの森で探検ごっこをするようになっていった。
毎日汗まみれ、泥まみれで帰って来るのでブレンダから汚すから玄関からではなくお風呂場のドアから帰ってこいと言われ、男の子組は帰ってくるとすぐにお風呂に直行するようになった。
いつの間にか、ハンスも玄関からではなくお風呂場から帰るようになりブレンダは「どっちが玄関だかわかりゃしないね」と呆れていたが、掃除の手間が省けていいと笑っていた。
玄関から帰るのはアンジー1人だ。
女の子一人だったアンジーは、村で初めて女の子の友だちができ女の子らしい遊びを覚えてブレンダに人形が欲しいとねだったという。ブレンダは早速その友達のお母さんに人形の作り方を教わりにいったらしい。
「あたしゃ、縫うより洗う方が得意なんだよ」とぶつぶつ文句を言いながらも、嬉しそうに黒い糸を使ってアンジーと同じ黒髪黒目の縫い目がしっかりとした丈夫な人形を作ったという。
アデライーデの孤児院はその後、少しずつメーアブルグからの孤児を受け入れ賑やかになっていく。