122 孤児院とガーデンパーティ
「これを…1月程度で…」
タクシスは目を丸くして、完成が近い孤児院の前で唸っていた。孤児院としては中程度の規模でそれ程大きくはないがそれでも1月足らずで出来る大きさではない。
離宮と同じ白い壁に赤茶の屋根。尖塔や尖った屋根が一般的なバルクの建物でどことなく丸みを帯びたこの建物は確かに可愛らしい印象だ。
外観はほぼ完成し、一時溢れかえる程いた人達の姿はなくなってた。内装の為の職人達が屋内の作業をしているようで、数人が広場の資材置き場でなにかの作業をしていたがアルヘルム達に気がつくとペコリとお辞儀をして離宮の中に入っていった。
広場の片隅では庭師の老人が1人、アルヘルム達に背を向け花壇をせっせと造っている。
孤児院の周りをぐるりと周り、すぐにタクシスは2階から外に通じる階段が多い事に気がついた。普通、屋敷に外階段はつける事はない。見栄えが悪いからだ。
それに建物は左右対称に作るのが良しとされるが左右対称ではない造りだ。孤児院だからそれほど気にせずに作ったのだろうかと思いながら見ていると1階も裏手のあちこちにドアがある。
「変わった造りだな」
なにより建物の両脇にある滑り台が異彩を放つ。家に遊具がついているとしか見えないが、これがアデライーデが絶対に付けてほしいと言っていた非常用の滑り台かと、眺めていると棟梁のスタンリーが、挨拶に出てきた。
「これは…皆様ようこそお越しを」
スタンリーが恭しく挨拶をするとアルヘルムが、手を上げ軽く制した。
「仕事の途中にすまないな。スタンリー、中を少し見させて貰っても良いだろうか」
「もちろんでございますとも、ご案内致しましょう」
スタンリーに案内され、玄関に入ると両脇には物置になっているという。子供たちの靴や外套を仕舞う場所として使うのだと言う。ここで室内用の靴に履き替えさせるようで、子供用の靴箱と洋服掛けが並んでいた。
管理人の部屋と隔離用の小部屋は続き部屋になっていて、その隣の少し大きめの部屋には小さなベッドが並んでいた。
奥に行くとそれほど大きくない調理室と食堂を兼ねた広い居間があり、窓が大きく取られ室内は明るかった。
バスルームやトイレは、子供用にサイズの違う小さな造りになっていてタクシスやアルヘルムも初めて見るこの小ささに驚いていた。
なにより驚いたのはバスルームやトイレからそのまま外に行ける事だ。
泥だらけで帰ってきてもすぐに洗う事ができ、遊んでいてもすぐにトイレに行けるように作ってほしいとのご要望でしたと説明するスタンリーに、ドアが多いのはこの為だったのかとタクシスは感心して聞いていた。
居間の端にある2階への階段を上がると、そこには大小の部屋があり、それぞれ4人部屋や2人部屋になっていた。
しかし、仕切りはなく一本の廊下は向こう側の階段までつながっていた。
「スタンリー、どうやって男女の寝室を分けるの?」
「このように致します」
スタンリーは職人に指示を出すと廊下の幅に合わせた脚付きの仕切り壁を1枚運ばせ、部屋と部屋の間に設置させた。所々の壁には留め具が設置してあり、仕切り壁の留め具と合わせて使うのだと説明をされた。
必要に合わせて壁を移動して仕切ることができるので、大きな屋敷の男女の使用人部屋を仕切る時にもよく使われているらしい。
「面白いな」
陽子さんもだが、アルヘルムもタクシスも初めて知る事に興味津々でスタンリーの話を聞いていた。
「この孤児院を造らせていただいて、私も大変楽しませていただいています。1番楽しませていただいたのはこちらのドアです」スタンリーが楽しそうにそう言うと非常用のドアを指差した。
「出ることは出来ても入ることは出来ないドアなど造った事はございませんでした」
「入れないドア?」
「ええ、出るとわかります」
訝しげに非常用のドアを見つめ、タクシスが開けて外に出ると「ドアなのにドアノブが無い!」と声を出して笑い始めた。
1度外に出てしまうと、そこからは入れない。
タクシスは玄関から入り直しアルヘルム達の所に戻ろうとしたときにレナードから食事の用意ができたと声をかけられた。
見ると孤児院の前に、いつの間にかテーブルがいくつも置かれ脇には見慣れぬ台のような物の前で料理人達が忙しそうに料理をしていた。
すぐにテーブルの上いっぱいに、フイッシュアンドチップスやカツサンドが並べられていく。
アルヘルム達だけでなく、スタンリーや職人達も侍従達に促されテーブルの前に立つとアルヘルムの「皆も遠慮なく食べてほしい。ささやかだが皆への感謝の気持ちだ」との言葉に職人たちの食事が始まった。
最初は遠慮がちに食べていた職人達も、しばらくすると緊張もほぐれてきたのか、にぎやかにテーブルを囲み始めた頃タクシスは、ライムモヒートを2つ手にしてアルヘルムの隣に立った。アデライーデは先程から料理人と話し込んでいる。
「なぁ」
「ん?なんだ」
「お前が離宮に来たがる訳がわかったよ」
「そうか?」
「あぁ、皇女さまは面白すぎる」
タクシスはそう言うと、アルヘルムにライムモヒートを手渡した。
「この料理も飲み物も、報告書にあったものだろう?」
「気に入ったか?」
「あぁ」
「あの移動式の鍋で作るようだ」
アルヘルムが指差した先には先程からアデライーデが料理人達と話し込んでいる台があった。両脇に大きな車輪のついた台をアルヘルムは鍋だと言う。
「鍋?」
「何でも移動式のフライヤーと言うものらしい」
既に最初に依頼したフライヤーは厨房に納品され、日々使われているがアデライーデは屋外でもフライヤーを使えるようにマデル達に更に依頼をかけていた。
アルトからガーデンパーティ用にぜひ欲しいとの声が上がっていたからだ。先程からアルト達と熱心に話していたのは移動式フライヤーの使い心地に関しての事のようだ。
タクシスは、料理を喜んで食べる職人達とアデライーデを囲み熱心にフライヤーの事を話している料理人達をアルヘルムと一緒に見ていた。