121 商会と小瓶
「今回の出荷ですが、これを機会に商会を立ち上げませんか?」
タクシスは、紅茶を飲みながらアルヘルムとアデライーデにそう話した。
「商会?」
「あぁ、アデライーデ様を会頭として炭酸水を商う商会を立ち上げる方が良いと思うんだ」
タクシスは、紅茶のカップを置くと手を組んで2人にそう言い始めた。
「商会か…」
「今回は別だが、これから帝国からの依頼があった時にちゃんとした商会で対応した方が良いと思う。今後幅広く依頼を受け易いだろ?」
「そうだな」
「ちょっと待って下さい! 私は何もできませんよ?」
アデライーデは急な展開についていけなかった。
--単に皇后様が欲しいといったものを送るだけじゃ駄目なの?なんでこんなに話が大きくなるのかしら。これは家族間のおねだりの話じゃないの?ちょっと規模が大きいだけで…
ちょっと…という規模ではないが…
「アデライーデ様、皇后様がわざわざ正式な依頼書を送ってきたのは、そういう事だと思いますよ。それに価格のアドバイスも今後を見通しての事だと思います」
「そうだな。これからを見据えて皇后様はちゃんとした依頼書を書かれ陛下は私によろしく頼むと、別に手紙を書かれたんだと思うよ」
うんうんと頷くアルヘルムになぜか「裏切り者」と言う言葉が頭に浮かんだ。
これから離宮で目立たず、のんびりスローライフを過ごすつもりだったのに。なぜここで商会の立ち上げ話が出てくるのだろうか。
「でも!これから注文が無くなったりしたら…」
商会…言うなれば会社だ。
誰かを雇いその人、そしてその家族の生活がかかって来るのだ。
「無くなると思うかい?」
アルヘルムがやれやれといった風に、アデライーデの頭を撫でた。
「陛下と皇后様が注文をしてくれなくても、バルク国内でも人気になると思うけどな。村でも兵士達の間でも飲まれて親しまれ始めている。君が思う以上にね」
タクシスも頷いた。
「アデライーデ様、先程孤児院の子供たちの生きる術を…とおっしゃいました。商会を立ち上げれば子供たちに仕事を与える機会も多くなりますよ」
「それは、そうですが…」
いずれ子供達は孤児院を巣立つ。だがそれはまだ先の話で、それまでの間に教えられることを教えて、巣立つまでにじっくり考えていこうと思ってはいたが、今こんな展開になるとは思ってなかった。
「それにね、国としても少しでも産業が生まれて外貨を稼げる機会があるのは有り難いんだよ。この国はそれほど豊かではないからね。孤児たちにあまり手を回せないのが今のバルクなんだ」
バルクの輸出品は、特産の蜂蜜と材木。それと板ガラスやガラス瓶くらいなのだ。
「……それであれば。商会のお話は良い事と思います。でも私は実務は何もできませんけど…よろしいのでしょうか」
「もちろんだよ。最初は王宮から人を出すよ。まずは皇后様の期待に応えられるような物を作ろう」
「はい…」
アルヘルムはアデライーデに「ありがとう」と言って肩を抱き頬にキスをするとタクシスが大きく咳払いをした。
「風邪か?アデライーデに移さないでくれよ」
「………」
「………」
無表情のタクシスに、人前で何をしてくれるんだと顔を赤くするアデライーデ。
全く気にしないアルヘルムはその後もお茶を飲みながら、商会設立と皇后の期待にどう応えるかと話を進めていった。
ラベルはすぐにデザインした工房に送られ、ラベルをデザインした職人は10数年ぶりに再会したラベルが世に出ると聞くといたく感動したそうだ。そうして丁寧にネモフィラの花とサインを加えたラベルを描きあげた。
バルク王宮御用達のガラス工房に小瓶は依頼され、まるで宝飾品の様な小瓶が出来上がってきた。その小瓶のコルクの栓には金色の王冠が模された飾りが付き、それぞれビロード張りの箱に入って納品されてきた。
毎年50本ずつ皇后へ贈られるこの小瓶は後に帝国で爆発的な人気を得た。この小瓶を皇后から下賜されることは貴婦人達の最上のステイタスとなったのだ。
小瓶をお茶会で飾れば茶会の格が上がり、毎年デザインが変わる小瓶を晩餐会やお茶会でずらりと飾れる貴族は皆の憧れの的となった。
同じく青い大瓶のバルク産の炭酸水は高級品として、帝国を始め周辺国に広まっていくようになる。
アデライーデの商会の「アリシア商会」の名とともに。