110 ポークカツレツと星空
「晩餐の支度が整いました。どうぞ」
と、レナードが二人を呼びに来ると、アルヘルムはアデライーデをエスコートしてダイニングルームに入る。
アルヘルムの席は長テーブルのお誕生日席ときまっていて、アデライーデはそのすぐ横の席だ。アルヘルムはアデライーデの椅子を引きアルヘルムの椅子を侍従が引く。
夕刻の時刻
テーブルに灯された蝋燭の灯りが薄暗くなり始めた室内を明るく照らす。
初夏のメニューは小さなスープ皿に入れられたガスパチョから始まった。
ひんやりとした保存庫で冷やされたそれは、丁寧に裏ごしされたピューレをベースにきゅうりとトマトの小さな角切りが入れられニンニクの香りがアクセントになっている。
具沢山のスープなのだが細かく刻まれた冷たさも手伝い、ぺろりと胃袋に消えていった。
2皿目はアルヘルムの好きなキャロット・ラペに胡桃が刻まれて供された。削ったチーズをかけなくてもアルヘルムが喜んで食べるサラダだ。良し良しとアデライーデはアルヘルムが食べるのを見てほくそ笑んでいた。
アルトに晩餐には出来るだけたくさんの野菜を使って欲しいと陽子さんは頼んでいたのだ。食事は肉野菜のバランス良くと言うのはやはり前世の価値観で、肉や魚をふんだんに使うのが1番とアルトも考えていた。
--お野菜をあまり好まないアルヘルム様だけど、スープにしたりすれば食べられるようね。フイッシュアンドチップスにしても今日にしても揚げ物が続くしね。お肉の倍は食べて欲しいけど普段より食べているならいいかな…
陽子さんがそう思って、キャロット・ラペを食べ終わりフォークを置いた頃、従僕達がワゴンに乗せて本日のメインディッシュを持ってきた。
「本日のメインディッシュ、アデライーデ様のポークカツレツでございます」
カツレツと言っているが、陽子さんが前世でよく作っていた、たっぷりの油で揚げるトンカツだ。
特にコツは無いが、パン粉をザルでこして細かいパン粉でカラリと揚げるのがポイントだ。アルヘルムが新しいメニューを食べたいと言った時に食べさせてあげたいと思い、アルトにここ数日試作を作ってもらっていたのだ。
アルトは最初は少し薄く、少しずつ厚めにして食べごたえのあるトンカツを毎食揚げて練習していた。試食が続き陽子さん的にはしばらく揚げ物は見たくない程だ。
キャベツの千切り(ちょっと太めだが)をこんもり添えて、デミグラスソースをかけたポークカツレツにアルヘルムは興味津々で、カトラリーをとった。
「ソテー…いやムニエルに似てるね。切ると周りはカサカサとした感じなんだね」ひと切れ切ってデミグラスソースをつけて食べるとアルヘルムは「美味い…フイッシュアンドチップスも美味かったが、これもまた美味いな」とすぐにふた切れ目を口にした。
トンカツを気に入ったのだろう、「ソースによく合うしとても香ばしくて肉の旨味を感じる料理だよ」にこにこと笑いながらナイフを置いてアデライーデに「ありがとう。これも今まで食べた事が無い料理だ。貴女はこのポークカツレツをよく食べていたの?」と聞いてきた。
「ええ、まぁ時々」
そう曖昧に笑って、絞ったレモン汁とお塩をかなり小さめのトンカツにかけて食べ始めた。
--よく食べていたし、よく作っていたわよ。最近はそれ程作らなくなったけどお弁当を作っていたときは、毎日何かしら揚げていたわね。唐揚げとかコロッケとか、エビフライとかメンチカツとか…。
バスケをやっていた裕人に、朝練後のお弁当と昼のお弁当の2つを持たせ送り出していた6年間は大変だったわと、レモンの効いたトンカツを食べながら思い出も噛みしめていた。
アルヘルムは、トンカツを食べ終わると満足そうにナプキンで口を拭いアデライーデにこれを王宮の晩餐に出しても良いかと尋ねてきた。
「もちろんですわ。お気に召しまして?」
「ああ、気に入ったのもあるが貴族達との晩餐で振る舞えば喜ぶだろうと思うんだよ」
アデライーデは結婚披露宴以降、他の貴族に会わずに過ごしている。
貴族達はアデライーデに目通りを願い出ているがアルヘルムはアデライーデの願いを聞き、正妃としての表向きの活動はなにもさせていない。
それでも引きも切らない高位貴族からの申し出を、ずっと断り続けているわけにもいかないので何か話題を持って帰りたかったのだ。
デザートが済むと、アルヘルムはランプを持ち初夏の庭園を抜け湖畔の散歩にアデライーデを誘った。都会とは違いほぼ明かりの無い暗い夜空に、こんなに星があるのかと言うくらい星が瞬く。
二人は他愛もない話をしながら、暗い小路をランプの明かりと星の輝きを楽しみながら夜の散歩を楽しんだ。