108 来訪とナンパ
「本日から2日間、国王陛下をお迎えいたします。皆、気を抜かないように」離宮の使用人部屋でレナードは朝の業務連絡をしていた。
使用人達は皆王宮で働いていた経験者なので心配はしていないが、アデライーデが離宮に住み始めてから初めてアルヘルムを迎えるので失敗の無いようにしたい。掃除も食材の準備も万端だ。
タクシスが手紙で寄越した時間通り、アルヘルムが騎士達を従え馬でやってきた。前回のお忍び服とは違いきちんとした服を着て王様然としている。
アルヘルムがアデライーデの出迎えを「出迎え、ありがとう」と労をねぎらいアデライーデの頬にキスをする様をレナードは微笑ましく見ていた。
「早速だが、警備隊の様子を見に行こうか」
離宮にアルヘルムが来る一応の名目は正妃の警備隊の兵力の確認だ。
アルヘルムの護衛騎士達も参加しての訓練を視察するために、アルヘルムはアデライーデを伴い訓練場に向かった。
すでに連絡がいっていた警備隊は整列をしてアルヘルム達を迎え、訓練を見学すると御前試合が始まった。フィリップの稽古の時と違い迫力のある試合だ。アルヘルムは思った以上の力量に満足し次回は自分も訓練に参加すると言い出した。
ラインハートは喜んでいたが側で聞いてきた兵士たちは苦笑いだ。アルヘルムの稽古は激しくラインハートくらいじゃないと相手がつとまらないからだ。
試合が終わると、アデライーデから警備隊の皆に昼食が振る舞われた。
アデライーデ達がいると気を使うだろうと、アデライーデ達が離宮に帰っていくのを見送って、宿舎の横に用意された屋台にみなは群がった。
定番のサンドイッチや串焼きと一緒に、アルトはフイッシュアンドチップスを用意し始めた。
「なぁ、これなんだ?」
「フイッシュアンドチップスって言って、芋と魚を揚げたものだ」
「揚げる?」
「こうやってな」
そう言って、アルトは大鍋2つにたっぷりのラードと牛脂を混ぜたものでカラリとポテトと白身魚を揚げ始めた。辺りに良い匂いがし始める。
「まぁ、いいから食べてみなよ。好みでレモンと塩、サワークリームソースやタルタルソースをかけるとうまいぞ!」
側のテーブルには山盛りのレモンの串切りと、塩の皿。ソースのボールが置かれていた。
「いい匂いだな…」
揚げたてのフイッシュアンドチップスを木の皿に入れてもらった兵士は、塩とレモンをかけて食べてみた。
「うまい!」
「本当か?」
「ああ!芋が熱々で塩をかけると手が止まんねぇ。魚も食べごたえがあるなぁ。お、レモンも良いけどタルタルソースかけると、またうめえ!」
最初にフイッシュアンドチップスに手を出した兵士がそうやってバクバク食べるのを見て、他の兵士達もアルトの屋台に駆け寄ってきた。
「おい、俺にも一皿くれ」
「俺もだ」
「俺、おかわり」
「お前、一皿食っただろ?後にしろよ」
あっという間に、フイッシュアンドチップスの周りには人だかりが出来ていく。
「芋がホクホクしてるな」
「俺、芋って好きじゃなかったけどこれはうまいな」
「魚もこれなら、腹にたまるよな」
「くっ、誰かワインもっと持ってこいよ」
「これ、アルトの新メニューか?」
「いや、アデライーデ様から教えてもらったものなんだ。この前作って欲しいと言われて作ったらアルヘルム様もお気に召されてな。アデライーデ様が皆にも食べて欲しいと言われて、今朝メーアブルクから魚を仕込んだんだよ」
「アデライーデ様か…。この前も変わった飲み物を差し入れしてくださったな」
「あれも美味かったよな」
「あぁ!コーラだっけ?」
「俺、村の酒場であれにシュナップスを入れたコークハイって奴飲んだけど、結構うまいんだぜ」
「村の酒場で?」
村の宿屋は、酒場も食堂も酒屋も兼ねた村の一大娯楽施設である。
村の酒場と雑貨屋は、離宮の使用人のお休みの時の気軽なお出かけ先なのだ。
「あぁ、おばちゃんが言うにはアデライーデ様が教えてくれたってさ、他にもチューハイって言う酒もあってレモンやオレンジの味を選べるってさ」
「お前なんで村の酒場に行ってんだ?」
「いやさ…離宮のアデライーデ様付きのメイドさんたちがいるだろ?」
「あぁ」
「この前、非番でさ。たまたま酒を買いに村の酒場に行ったときに見かけて…」
「一緒に食事でもしたのか?んん?」
隣のテーブルにいて聞き耳を立てていた先輩達が急に近寄ってきた。
皆彼女がいない先輩達だ。笑っている目が怖い、
「あ、いえ…彼女がランチと一緒にコークハイを頼んでいるのを見て俺も頼んだんです」
「ほう…それで?」
「……それだけです」
「ほんとか?声はかけなかったのか?」
「彼女、おばちゃんとずっと喋ってて…声かけられなくて…やっとおばちゃんが別のお客と喋り始めたと思ったら、今度は俺が酒場に入ってきた村長に捕まって…。気がついたら彼女居なくなっていて…」
「そうか…残念だったな」
そう言うと、先輩達は笑いながら元の席に戻っていった。
いい先輩たちなのだが、女性の話となると別なのだ。
兵士は女性との出会いが少ない。
それでも王都であれば気軽に歩いてナンパに繰り出せるが、離宮の近くの村はお年寄りが多くて若い女性なんて数えるほどだ。このままでは一生独身かもと先輩たちは少し焦っているのだ。
しかもこの離宮警備隊への辞令とともに結婚をした同僚が何人もいるので、独身の先輩方は女性との出会いの話には余計に敏感になっている。
「本当に声かけられなかったのか?」
先輩が席に戻ったのを確認してから同僚が、串焼きを食べながら話しかけて来た。
「残念ながらな…。小柄で可愛い子だったんだぜ。名前はエミリアだったかな」
「お前、なんで名前を知ってるんだ?」
「おばちゃんの声が大きいからな」
「休みの日にはよく来ているらしい」
「ふぅん」
翌日から村の酒場のランチタイムに非番の兵士がつめかけ、酒場のおばちゃんは首をひねるようになった。