106 ビスケットと孤児院
「あ!アリシアだ!アリシア〜」
エデルとルーデイが干し草小屋の前で遊んでいると、久しぶりにアデライーデがみんなの所へやってきた。
アデライーデはシンプルな紺のワンピースに髪はお下げにしてエプロンをしている。
「元気だった?」
「うん!アリシア、あのね。毎日ごはん食べてるんだ!ブレンダおばちゃんとハンスおじちゃんと一緒に食べるんだよ」
ここに来て1週間くらい経っている。毎日3食食べて遊んでいるようでまだまだ痩せてはいるが、肌のカサカサはなくなって目の輝きも出てきている。
「オレ、スプーンで食べられるようになったんだ!」
「オレはフォークも使える!」
「オレだって!」
エデルとルーデイは先に争うように、アデライーデに会えなかった間の話をし始めた。
--良かったわ…。元気しているわね。
弾けたような笑顔に、少し前の覇気のない面影はなくなっていた。
「アベル達は?」
うんうんと2人の話を聞き、見当たらないアベル達の事を聞くとアベルはハンスについて仕事を手伝い、デールは庭師のおじいちゃん達に可愛がられ花を植えたり草取りをし、アンジーはブレンダについて回っていると言う。
--3人とも大人に、褒められるのが嬉しいのね…
ひとしきり二人と砂遊びをして、おやつにしましょうとマリアが持ってきたビスケットとオレンジジュースを用意すると3人を呼びに行ってもらった。
しばらくすると、ブレンダとハンスを伴い5人は干し草小屋の前のテーブルに走ってきた。
「アリシア様!」
アベル達3人は息を切らせてアデライーデの元に来て、デール達と同じようにこの一週間の話をし始めた。お手伝いをして褒められた事が嬉しくて聞いて聞いてと話してくる。
「あんたたち! そんなにいっぺんに喋ったら何言ってるかわからないよ!」ブレンダはやれやれと言った風にそう言うが、にこにこと顔が笑っている。
「ビスケットを持ってきたわ。おやつにしましょう」と5人を座らせおやつを食べさせている間にアデライーデはブレンダとハンスにこの近くに孤児院を建てる話を始めた。
二人は新しく孤児院を建てると言う話に驚いていたが、アデライーデに引き続き子供たちの面倒をみてもらえないかと言われて、笑顔でお任せくださいと快く引き受けてくれた。
「仕込むのは得意なんですよ。子供の5人や10人なんてことはないです」そう言ってブレンダは豪快に笑い、ハンスは苦笑いをしながらそんなブレンダを見ていた。
2人に、孤児院を建てる場所はどこが良いかと尋ねると二人の家の裏手が空いているのでそこがいいのではないかと教えてくれた。2人が孤児院の世話をするなら二人の家から近いほうがいい。
おやつを食べ終わったアベル達は、一緒に遊ぼうとアデライーデを誘いに来た。ハンスに縄をもらって皆で大縄跳びをしたりかくれんぼをしたりして久しぶりに思いっきり身体を動かした。
「あ〜。こんなに運動したのは久しぶりだわ」
「私も、随分前に弟達と遊んだとき以来ですわ」
マリアもゼイゼイ言いながら、子供たちの遊びに付き合ってくれ額の汗を拭っていた。
「アリシア! オレたちの部屋を見てよ。ハンスおじちゃんがみんなにベッドと棚を作ってくれたんだよ。ベッドはすごくいい匂いなんだ!」
「1人1つあるんだよ!」
そう言って2人を干し草小屋の2階に引っ張ってきた。
大きな階段を上がると、干し草があった2階はきれいに掃除され壁際には小さなベッドが5つ並んでいた。間にはカラーボックスの様な小さな棚があり、それぞれの着替えが入れてある。
ベッドには帆布のシーツの上には毛布がかけられ、シーツをめくると藁束がきっちり敷かれていた。
アンジーのベッドに横になると干し草の良い匂いがする。
--憧れの干し草のベッドだわ!少し硬めのマットレスって感じね。それに干した草の匂い……新しい畳の匂いに似ているわ。いい匂いに包まれてよく眠れそう…
一度は寝てみたかった憧れの干し草のベッド。この世界で体験できるとは思ってなかった。
「良いベッドね。いい匂いだわ」
「うん!私おねしょしないもん」
「え?」
「うわー、アンジーのバカぁ!おしゃべり!」
「だって、本当の事だもん!」
エデルがアンジーに掴みかかってケンカが始まったが、すぐにマリアが「はいはい、喧嘩しないの」と引き剥がした。さすが大家族の長女、慣れたものである。
最初は1つの大きなベッドで寝ていたが、エデルがおねしょをしたようでハンスはすぐにそれぞれの小さなベッドをつくってくれたようだ。
「朝起きたらね、シーツをとってブレンダおばちゃんに渡すのが仕事なのよ。そしたらね。ブレンダおばちゃん、ありがとうって言ってくれるの」
アンジーは嬉しそうにアデライーデに自慢する。
「それから顔を洗って歯を磨いてから朝ご飯なんだ。ご飯には朝ご飯、昼ご飯、晩ご飯ってあるんだよ」
3食食べられる事はこの子達にとって今までなかったことなんだろう、エデルも負けじとアデライーデに話しはじめた。
普通の家の子の当たり前を、やっとこの子達は体験しているのだ。ブレンダ達に任せて良かったとアデライーデは胸を撫でおろしていた。
今朝レナードから、子供たちは特に病気もなさそうだとお医者様から報告があり一緒に過ごしても良いと許可が出た。
その時に孤児院を建てる許可をアルヘルムから貰ったので、ハンス達にこのまま子供たちの面倒をみてもらいたいと思っているが、それで良いかと尋ねたらレナードも「よろしいのでは」と同意してくれた。子供たちの面倒を見る間のハンス達の仕事は増やした人員で十分賄えるらしい。
ハンス達は子供好きだが、残念な事に2人は子供に恵まれ無かったのでハンス達も喜びましょうとレナードからアデライーデは聞いていた。
「あとは、どんな孤児院を建てるかよね」
アルヘルムが離宮に来る前に考えなくっちゃと、子供たちを見ながら思っていた。