105 手紙と女子会
「ねぇ、レナード、これってどういうことかしら…」
王宮からタクシス名義で届けられた手紙を見つつ、アデライーデはレナードに手紙を渡しながら尋ねた。
アデライーデが渡された手紙を確認すると、レナードは、こほんと咳払いをした。
「そのままの意味かと…」
手紙には、月に数日アルヘルムが定期的に離宮を訪れる事となり離宮の警備隊の兵力の確認とメーアブルクの行政の確認を離宮の執務室で行うと書いてあった。
必要に応じタクシスも訪れる時があると注意書きがあった。
「つまり、私は月に一度王宮に行かなくていいってこと?」
「そのようですな」
「王と宰相が同時に王宮を空けてもいいの?」
「……、場合によっては…」
「そう…まぁ。それで良ければ…」
--いいのかしら?国の重要人物なのに?
いいのかしらと、手紙を引出しにしまうアデライーデを見て、アルヘルム様がちゃんと王宮に戻るための監視なのですよ…とはレナードは言えなかった。
アデライーデの部屋を下がり使用人部屋の隣の執事室に戻ると、タクシスから自分宛てに届いた手紙を見返した。
アルヘルム様は正妃様にご執心の様なので、当面は王が定期的に離宮に滞在をして、おふたりの仲を深めていただこうと思う。ついてはその間のお二人を見守っていただきたいとしたためてあった。
平たく言えば、アデライーデに会いたくて度々城を抜け出されるのは敵わない。そっちに定期的に行かせるからよろしく!と言う事だ。
「アルヘルム様と一緒に城を抜け出していただけある。よくわかっていますな」
そう呟くと、手紙を鍵付きの引き出しにしまった。
アルヘルム自身は気がついてないのだろうが、レナードもアルヘルムがアデライーデに恋をしているのをわかっている。
アルヘルムの初めての遅い恋だ。
男性王族は、恋をするより早く閨教育で王家の血筋を外に漏らさぬ教育を受ける。ハニートラップに引っかかって庶子をあちこちに作らないためだ。認められた側室や愛妾以外から生まれた庶子は国の混乱の元となる。
反面、認められた相手との間には絶対に子を作ることを求められる。
どうしても恋愛にはガチガチの守りに入り、過去の王の大半は恋も愛も知らぬままに人生を終えている。
アルヘルムも王族とはそういうもので、テレサ妃と婚約結婚するまでそういうものだと思っていたはずだ。珍しく先代とアルヘルムは認められた相手との間に愛を見つけられたが、恋はされてこなかった。
アルヘルムはアデライーデを大切にし愛を育もうとしていると思っていたが、どうも恋もしているようだ。
アデライーデもアルヘルムを大事に思っているようだが、同じように教育をされているのだろう。傍から見ていると家族や親戚に持つような親愛の情のように感じる。
--アルヘルム様の恋は実るのでしょうか。それとも、ご本人も気が付かれないまま終わるのでしょうか。
レナード自身も伯爵家の三男に生まれ、貴族男性としての教育を受けてきた。淡い恋は何度かしたが、貴族としての教えが邪魔をし声をかけることすら出来ずに独身ままでこの年まできてしまった。
--王侯貴族とは因果なものでございますな。
是非、アルヘルム様には恋も成就されてほしいものですが…アデライーデ様は手強そうでございますよ。
少し冷めてしまった紅茶を口にして、アルヘルムの遅い恋の行方を案じた。
「あれは、絶対にヤキモチですわ!」
午後から雨が降り出したので、ちょうどいいからエステをしましょうと入浴をさせられ、マリアとミア達に磨かれつつマリアのおしゃべりを聞いていた。
「ヤキモチって…誰に? 珍しいお料理を誰より早く知りたいんじゃないかしら?」
「皆にですわ! あれはアデライーデ様の事を知るのは自分が1番じゃないと嫌だってお顔でしたわ。ねぇ?」
マリアは鼻息荒く、アデライーデにそう言って皆に同意を求める。
なかなか良いところを突いている。
「確かに、好きな人の事は何でも1番に知りたいですわ」
「そうそう、そして自分だけが知っていたいですわ」
「そう! 2人だけの秘密… 憧れます」
アデライーデを置いてけぼりにして、マリアとミア達は盛り上がる盛り上がる。皆恋には憧れるお年頃なのだ。
「それに、王宮に呼ばず離宮に通われるなんて…アデライーデ様と二人だけの時間を邪魔されたくないからに決まってます」
「王宮だと、陛下は何かしら政務でお時間を取られますものね」
「陛下は誰にもアデライーデ様をお見せしたくないのかも…」
「きっと、そうですわ!!」
--いや…それは…妄想に近いんじゃない?
確かに、積極的に親睦を深めようとしていらっしゃるけど、それは帝国からの政略結婚の相手として丁重に接しているからだと思うけど??
「そんな恋をする相手と出逢いたいです…」
うっとりとエミリアが言うと皆はうんうんと頷いた。
「みんなは…彼氏とかは?」
「……………」
ピタリと皆の手が止まる。
「職場では…なかなか」
「物語の中の推しより良い方は…」
「声をかけられたことすらありません…」
--聞いちゃいけなかったのかも…
「これから、みんなにも出会いがあるかもよ?お見合いとか…」
「親が持ってくる縁談で良いものなんてございませんわ。それであればここでお勤めしてアデライーデ様とアルヘルム様のご様子を見ていた方が何倍もいいですわ!」
「ですよね!メイドの役得ですものね」
どうも皆の娯楽のネタになっているような気がしてならない。