01 転生した朝
朝…柔らかな光を感じて目が覚める。
遠くで鳥のさえずりが聞こえる。
「ここは??」
自宅であればカーテンを開けるのは私だったし、猫のにゃーごがご飯の催促で冷たい鼻キスをしてくるはずだけど…
「えっと…?」
素晴らしく大きなベッドに寝ている私。
室内もどこかの豪華ホテルかのようにきれいに調えられている。
がばっわ!! わ?
はね起きて、一生懸命昨日の記憶を手繰り寄せる。昨日はいつもの様に定時に退社し家に帰る…途中!!
「そうだったわ…」
突然後ろからの激しい衝撃があった。
あれは交通事故か、それからの記憶がぷっつりとないのだが…
ゾッとして身体を擦りケガを確かめる。
自分では絶対選ばないようなフリフリとした長袖のネグリジェの上から身体を触りケガも痛みもないことを確かめた。
ホッとした途端に違和感に襲われた。
こんなに痩せてないよ。私。
年齢なりにつくとこにはついていたはず。
髪をかきあげて声にならない驚きの声を上げた。
「!!」
先週末、いつもの美容室でいつもの様に前下がりボブに切ってもらった髪が髪が…髪が…
どんだけ長いのよぉ。腰まであるでしょこれ。
しかも金髪だしーーー!
手も白く、指も細く長い。
きれいな形の爪…
「鏡!鏡!」
ベッドから抜け出し部屋をぐるりと見回す。
ドアが3つも!
豪華すぎでしょ。
寝室ならベッドから1番近いドアがバスルームへのドアのはずと一番近いドアを開けると呆然とした。
布布布
小部屋の中にはいわゆる色とりどりのドレスがグラデーションで掛かっている。ここは結婚式場併設ホテルなの?
昨日のあれはきっと交通事故。事故にあえば病院に運ばれる。
しかし、ここはどう見ても高級ホテル。しかもかなり極上。
誘拐?
部屋の中に大きめの姿見を見つけおそるおそる近づき呆然とした。
私…誰なの?
鏡の中には日本人[柳原 陽子]とは全く違う金髪碧眼の少女がいた。
「アデライーデ様! こちらにいらっしゃったのですか?」
アデライーデ?え?私??
しばらく呆然と鏡を見つめていた私に誰が声をかけた。
「え? ええ… ええ!」
彼女もどう見ても日本人には見えない。茶色に近い金髪に青い瞳の若い女の子だ。
彼女は不安げな顔からあからさまにホッとした表情を浮かべゆっくりと近づいてくる。
「おはようございます。お加減はいかがですか?」
彼女はさっと衣装部屋?の中のチェストの1つから暖かそうなグリーンの大判ストールを出してきて私を包んでくれた。
「昨日お倒れになったばかりなのです。本日は大事をとってベッドで過ごしましょう。あとから典医様もいらっしゃいますので」
なんで言葉がわかるのか…
いや…この状態で言葉がわからないより非常にありがたいが。
そして、私のここでの名前はアデライーデ様らしい。
軽くふわりとしてるのに暖かいストールに包まれベッドに戻されると本日はベッドで軽い朝食をと温かいスープが運ばれてきた。
「美味しいわ…」
「調理長が喜びますわ」
言われるがまま、出されたスープをいただきながら頭の中でぐるぐると考える。
これは…いわゆる映画やドラマの異世界転生物なのではないか。
さっき鏡で見た私は私だけど、私じゃない。この外見も年齢も住んでる国も年代すら違うんじゃなかろうか…
一流ホテルと見紛うばかりのお屋敷にお付きの侍女。かなりのお金持ちかなと思っていたけど、典医って事でどうも私の身分は王族かそれに近いものらしい。
しかし、情報が足りなすぎる。
わかっていることはここで呼ばれる自分の名前がアデライーデって事だけ。目の前の侍女と思われる女の子の名前すらわからない。
しかし、ここであなたのお名前なんて言うの?なんて聞いた日には大事になりそうで怖い。
それに前世?の私は…わたしの家族はどうしているのか。
にゃーごのお世話はちゃんとしてくれてるかしら。
そんなことを考えながらゆっくりとスープを食べ終え、そばで給仕をしてくれている先程の女の子に話しかける。
「私、昨日倒れたのよね?」
「アデライーデ様!… やはり突然の事にご負担が大きかったのですね」
悲しそうな優しげな顔でそう答えると
「アデライーデ様、このマリアずっとアデライーデ様にお仕えしとうございます」
私をひたと見つめマリアはそう言った。
なんか決心してるわ…
なんの決心かよくわからないけど、とりあえず貴女の名前がわかって良かったわ。
「ありがとう。マリア。嬉しいわ」にっこり微笑えむとノックが聞こえた。
マリアが1番遠いドアを開け誰かと何かを話し戻ってくると典医の訪れを告げられた。マリアは手慣れた様子で私の身支度を整え、私はベッドで人から身支度を整えられるという慣れないことをしてもらった。
典医は入室後恭しくお辞儀をし、ベッドの側で脈を取り軽い問診のみで帰っていった。
曰く、体調に目立った変調はないとの事。
陽子的な精神には大ありですけどね。アデライーデ様的にも倒れるくらいなので何かあったんだろうな…かわいそうに。
さて、どうやって調べるべきか…
スマホがあればいいのに。……ムリよね。
マリアに聞く…は慎重にしないと。
あ、そうだわ…
「マリア。[紳士録]みたいなものはあるかしら」
「はい、貴族録でよろしいでしょうか。先月最新のものが編さんされたようです。お持ちいたしましょうか?」
「ええ、ありがとう。お願いね」
少し意外そうな顔をしたけど、なぜですか?と聞かないところが優秀な部下ね。
しばらくするとA3サイズ程の大きさで人差し指一本分の厚さはあろうかと言う貴族録と書かれた本をマリアは持ってきてくれた。
良かったー!
なんでかわからないけど、言葉が通じるから文字も読めるんじゃないかと思ってたけど正解だったわ。
前世?でもこの世界でも初めて貴族録というものを見るけど、これ書いたプロジェクトチームすごいわ。
先代当代当主ご夫妻とその未婚の子の情報と姿絵。男系女系親戚関係を体系的にまとめてる。
これ一冊で、この国の社交界はまるっとお見通しね。
この国は[フローリア帝国]周辺の小国をいくつも呑み込み大きくなった帝国らしい。去年まで戦が続き今年からやっと落ち着いたようだ。
ここ数年と思われる没年数が多いわね。若い当主も多いわね…10代で結婚か…大変そうね。
そんなことを考えながら、その日一日はその貴族録を眺めて情報を入れた。
貴族録には同年くらいではアデライーデという名前はなかった。
つまり、王族確定ね。うーーん。まぁ…こんな状態になっていきなり動物に食べられたり人買いとかに売り飛ばされなかっただけ御の字なんだろうけど、正直柵とか面倒くさそうね。
しかし、最大の謎が自分自身とは…。
うーん、仕方ないわ、マリアに聞かなくっちゃ
さり気なくね…
そう考えているうちにいつの間にか眠りについていた。