16. 欲しかったのは、それだけの言葉
話の区切りの都合で 16 話の後ろに少しだけ加筆しました。
「嘘ですね。一晩中、見張りをするつもりですか?」
「……それぐらいは慣れています」
レオナルドから返ってきたのは、事実上肯定の言葉。
そうだとしても彼が一睡もせずに見張りをしているのに、自分だけがノウノウと休んでいるなんてあり得ません。
「なら私が1晩中結界を維持します。
それこそ、その程度は慣れっこです。
戦闘の中心にいたレオナルドにこそ休息が必要です」
「そ、そんな!?
ミリアお嬢様を働かせて、僕だけ休むなんて絶対にあり得ません!」
思っていたとおりの反応。
同じことをされたらどんな気持ちになるか、少し味わえば良いんです。
案の定、レオナルドは狼狽しながら全力で否定します。
「……私が感じたこと、少しは分かりましたか?」
「……ええ、恥ずかしながら」
面倒くさいことを言っている自覚はあります。
たぶん互いの言葉に嘘はありません。
その気になれば、本当に一睡もせずに役目を果たすことができるのでしょう。
だとしてもそういう事ではないんです。
「分かりました、降参です。
僕が見張りをするのは夜中の3時まで、それ以降はミリアお嬢様にお任せします」
互いの負担を等分するような提案。
「要するに見張りが必要なのは、ここの結界の強度が足りないからですよね?」
「え、ええ」
念のために確認。
レオナルドが肯定するのを見て、
「なら、何も心配いりませんよ」
私は力強く頷き返します。
結界の強化なら、私の領分です。
国に認められるための必死の訓練。
ついぞ国で認められることはありませんでしたが、そのトレーニングの成果はたしかに私の血肉となっています。
「ミ、ミリアお嬢様?」
「国での無茶ぶりに比べれば、こんな小さな小屋なんて余裕です。
どうか見ていて下さい」
無愛想に命じられるのではない。
脅されて嫌々従うのでもない。
自分の意志で望んで聖女の力を使います。
(範囲は既に定義してあるとおり。
認識阻害の効果を強化しつつ、念のためにモンスターの侵入を防げるように。
今後使う人のことを考えるなら、治癒の効果も練り込んでおくのも良いですね)
天に向けて、私は祈りを捧げます。
この世界を守護する天使に、祈りを捧げる慣れ親しんだ習慣。
それだけではダメで、既に存在する結界に上乗せするように魔力を差し出します。
毎朝の地獄のような魔力奉納がなかったおかげでしょう。
私の手元には、潤沢な魔力が残っていました。
「この一帯の結界を強化してみました。
どうでしょう?」
大規模な魔法陣もなく、ただその場で祈っただけ。
もっても1週間といったところでしょうか。
それでも今晩だけ安全を保つためなら、十分過ぎるはずです。
そう思っているのに、私の心に押し寄せてくるのは不安でした。
どうしてでしょう。
思い出されるのは、国で結界を維持するための儀式。
教会の監視役から些細な不備を指摘され、魔力がなくなる寸前まで何度も何度もやり直しをさせられた記憶。
役立たずと罵られ続けた日々。
ここにいるのは心優しいレオナルド。
そんな理不尽な命令をしてくるはずがないのに。
「すいません、ミリアお嬢様」
レオナルドからかけられたのは、謝罪の言葉でした。
意味が分かりません。
「な、何がですか?」
「その辛そうな顔を見ていれば分かります。
ミリアお嬢様は、聖女の力が嫌いなんですよね?」
私はどんな顔をしているのでしょう。
レオナルドの表情から予測するに、きっとひどい顔をしているのでしょう。
「その力のせいで国に捕らわれて。
今まで奴隷のようにこきつかわれてきた。
嫌いになって当然です。
それなのに、僕が不甲斐ないばかりに……」
聖女の力に振り回されてきた人生でした。
彼が何を想像しているのかは分かります。
でも、それは誤解です。
「嫌い、だったかもしれません。
それでも大切な人の役に立つのなら、私は喜んで力を使います。
こうして危険な場所にレオナルドと2人で放り出されても、この力があれば私はあなたの力になれる。
今は感謝しているぐらいです」
ただレオナルドに守られるだけの存在に成り下がったら、と思うとぞっとします。
「無理をしていませんか?」
「していません。
自分の力を使って、大切な人の役に立てている。
これ以上の喜びはありませんよ?」
レオナルドは私が聖女の力を使う事に反対なのでしょうか?
国外追放された今、もうこれぐらいしか役には立てないのに。
「僕はミリアお嬢様が無理に力を振るわなくても、生きていけるようにしたかったです」
「私がそう望んだんです。
それともレオナルドは、私を傍にいるだけのお人形にしておきたいんですか?」
仮にレオナルドの願いであっても、それだけは嫌です。
「そ、そんなつもりはありません」
「分かっています。
ごめんなさい、私が変なことを言いました」
これは、わがままなのでしょうか?
レオナルドを困らせたかったわけではないのに。
「もしレオナルドが、私を見て辛そうだと思ったなら……」
そんなことを願っていたわけじゃない。
私が欲しかったのはきっと――
「いつもみたいに誉めてください。
『よく頑張った』って。
辛かった日々をすべて忘れるぐらいに。
私はそれだけで満足で幸せですから」
ただそれだけの言葉。