15. ミリアお嬢様は先に休んでいて下さい
17 話との兼ね合いで、16 話の後ろに少しだけ加筆しましたm(_ _)m
それからの旅も、順調とは言い難いものでした。
(結界の外も、楽しい場所かもしれない――)
楽観的だったのも束の間。
葉っぱに紛れる保護色で、死角を突いてくる虫型のモンスター。
空高くから奇襲を仕掛けてくる凶悪な鳥型モンスター。
初めて歩く結界の外は、未知との遭遇の連続でした。
それらの命の危機も、すべて今日1日の間に起こったこと。
レオナルドと一緒でなければ、とっくに命を落としていたでしょう。
「遠慮なく頼って欲しい」という言葉に、全力で甘えるように。
私はレオナルドの傍に、ピタリと張り付くように歩いていました。
「ミリアお嬢様、もうじき日が沈みます。
夜はモンスターが活性化して非常に危険です。
今日はここまでにして、この辺で休むことにしましょう」
時刻はまもなく夕方。
先導して歩くレオナルドが、そう言いながら歩みを止めました。
(まだ日が沈むまでには時間がありそうです。
私に気を遣っているのでしょうか?)
必要以上に丁寧に扱って欲しいとは思いません。
これからは結界の外を共に生き抜く仲間なんですから。
「ま、まだ歩けますよ?」
「慣れない場所を歩き通しだったんです。
明日からも長旅なので、無理せず休んで下さい。
……それにここで休憩を取るのは、合理的な判断ですよ?」
つい強がっていまった私に、レオナルドから呆れたような視線が注がれます。
私の強がりなど、お見通しとばかりの表情。
「そうなんですか?」
「ええ。次の簡易結界スペースが分からないときに、むやみに歩き回るのは自殺行為です」
昼が人間の時間なら夜はモンスターの時間です、とレオナルド。
「夜は簡易結界に紛れて、朝を待つのが定石。
夜通しモンスターの襲撃を退ける自信がないのなら、慎重すぎるぐらいでちょうど良い」
そう言いながらレオナルドが指さした先には、ポツンと佇む小さな小屋。
小屋を覆うように、ドーム状の七色の薄い光の膜が覆っています。
その膜の中心には、微かな魔力を放つ石碑が立っていました。
「あれが簡易結界スペースですか?」
「ええ、いつから存在しているか分からない微弱な結界。
世界を旅する冒険者や旅人の味方です」
レオナルド曰く、簡易結界とは世界各地に点在する微弱な結界を差す言葉。
一説ではいにしえの大聖女が残した結界。
世界を守護する大天使の羽が埋まっている、なんておとぎ話のような言い伝えもあるそうです。
(なんだか、弱々しい結界ですね……)
私が果たしてきたのは、国を守るための結界を維持する聖女という役割。
いくら国が望むような成果は挙げられなかったとしても、結界に関して人より詳しい自信はあります。
おそらくは外からの認識を阻害するタイプの結界でしょう。
強度は皆無に等しく、強力なモンスターが襲ってきたら一瞬で食い破られそうです。
「あの結界は、本当に信用できるんですか?」
簡易結界の中に先に入ったレオナルド。
結界内に入りながらも、不安を隠しきれない私に、
「あくまで気休め程度だと思った方が良いです。
――結界の中で、こちらに気付いたモンスターが居ないか見張りを置くのが定石ですね」
運が悪いと簡易結界の中まで、モンスターが迷い込むこともあるらしい。
その場合は戦闘も覚悟しないといけません。
「まあ、滅多なことはなかなか起こらないけどね」
レオナルドは苦笑しながら、私に小屋の中に入るよう促します。
粗末な作りの小屋でした。
扉を開けるとギーッと嫌な音を放ちます。
おそるおそる小屋の中を見渡す私に、
「簡易スペースの食品や薬品は、自由に使っても良い取り決めです。
遠慮なく食べても大丈夫ですよ?
……あまり美味しいものではありませんけどね」
テーブルの上に乾パンが置かれているのに気が付きました。
その隣には、薬草や毒消し薬などの応急処置キット。
世界各地に点在する簡易結界スペース。
利用した旅人は、次に使う人のために保存食や薬品を残しておく暗黙のルールがあるそうです。
「ミリアお嬢様は先に休んでいて下さい。
最初の見張りは、僕が引き受けます」
結界の中にいては、とても知りようのない旅の知識。
レオナルドが結界の外の出身であることを、改めて実感させられます。
(それよりも……)
先に休むよう言われましたが、彼はこの後どうするつもりでしょう。
まさか私だけを休ませて、自分は夜通しモンスターの警戒に当たるつもりでは?
「ところで見張りは、いつごろ交代しますか?」
「……休みたくなったら、交代をお願いしますよ」
ということは休みたくはならないんでしょうね。
じーっと見つめると、レオナルドはバツが悪そうにそっと目をそらしました。
(ああ、やっぱり)
図星でした。
この心優しい従者は、私を気遣うあまり自分のことには本当に無頓着。
「嘘ですね。一晩中、見張りをするつもりですか?」
「……それぐらいは慣れています」
レオナルドから返ってきたのは、事実上肯定の言葉。
そうだとしても彼が一睡もせずに見張りをしているのに、自分だけがノウノウと休んでいるなんてあり得ません。