【SIDE: フェルノー】一方そのころお城では・・・
一方そのころお城では。
豪華な装飾品に囲まれた執務室の中で、俺は苛々と文官が上げてくる報告を聞き流していた。
その報告というのが――
「聖女・レイニーを、よりにもよって人形聖女のお付きとして育てろだと?」
不快感を隠さずに、俺は意見してくる文官に目線を向ける。
貴族であるレイニーが聖女としての力に目覚めたのだ。
同じ聖女であればレイニーの方が遥かに能力も上に違いない。
「はい。失礼ながらレイニー様は、聖女としての力にお目覚めになって間もありません。
ミリア様に、聖女の力の使い方を教えて頂くべきです」
「黙れ! よりにもよって平民に教えを乞えと言うのか?
伯爵令嬢であるレイニーに、どこの生まれとも知れぬ平民に教えさせようと!」
実に不愉快だ。
思わず怒鳴りつける。
この文官は、平民上がりだから人形聖女を贔屓しているのだろう。
ただの文官に聖女の優秀さが分かるはずがないではないか。
身分をわきまえない失礼な言動だ。次の人事異動では、地方に飛ばすよう指示することとしよう。
これからはレイニーは、私の婚約者として方々に顔見せが必要なのだ。
聖女の任務など、その後に取り掛かれば十分だろう。
出来損ないの人形聖女でも務まったのだ。どうとでもなる。
今重要なのは、レイニーの地位を堅実なものとするための基盤固めだ。
「聖女の力無くして、この国が繁栄していくことはありません。
どうか慎重なご判断を!」
「私の判断にケチを付ける気か?
貴様の顔はもう見たくもない。早々に自分の部屋に戻るが良い」
この国がいかに人形聖女に頼っていたか。
人形聖女がどれほど聖女として優れていたかを、文官は語っていた。
まったくのデタラメ、聞く必要もない戯言であった。
レイニーでは聖女として力不足だという文官の懸念は、残念ながら的中することとなる。
「フェルノー王子、お助けください!」
それから数刻してフラフラっと訪れたのは、俺の婚約者・レイニーであった。
必死に走ってきたのか、必死の形相で俺を見つけると
「この無礼な方が、私から魔力を奪おうと横暴を働くのです」
そう言いながら、追いかけてくる研究員を指さす。
研究員は無表情にガラスの瓶を握り、困ったようにこう言った。
「横暴などではありません。
朝のお勤めとして我々に魔力を捧げることは、聖女の義務でしょう?」
研究員の言うとおりだ。
聖女の魔力は特別な力を宿している。
この魔力を研究することで、新たな光の術式が生み出されたという話もあった。
さらには国を守護する様々な研究にも必要になるなど、国のとって不可欠なものが聖女の魔力であった。
「レイニーよ。ぶしつげなやり方ではあるが、これも聖女の役割だ。
聖女の捧げる祈りと魔力で、この国はこれまで栄えてきた。
人形聖女のいない今、その役目は新たな聖女であるレイニーが継ぐのだ」
「む、無茶です。
ありったけの魔力を吸われて、もう立っているのもやっとなのです。
これで10%なんて、まるで正気ではありません」
「ですが人形聖女は文句も言わず、淡々とこなしていましたよ?」
顔面を蒼白にするレイニーを、研究員は不思議そうに眺める。
「王子、お助けください!」
「レイニー様。聖女のお役目をサボられるのは困ります……」
この国は、聖女の加護が無ければままならない。
聖女の義務は、平民の人形聖女でもこなせるものだったのだ。
才能に恵まれているレイニーなら余裕のはずだ。
(なら、これはレイニーが甘えているだけか?)
――失礼ながらレイニー様は、聖女としての力にお目覚めになって間もありません!
文官の声が脳に蘇るが、首を振って追い払う。
そんなはずはない。
そんなはずがないのだ。
「レイニー。
聖女の魔力がなければ、この国は困ったことになる。
わがままを言わないで協力してあげなさい」
私はレイニーを優しく諭す。
私の返答を受けて、レイニーは絶望的な表情を浮かべた。
「失礼します」
研究員はレイニーの腕を捕まえる。
そして手に注射器のような器具をあてがい、レイニーから聖女の魔力を吸い上げ始めた。
「も、もうやめてください。
私の魔力はもう残っていません!」
「ですが今日のノルマの10%も得られていません。
まずは魔力を無理にでも充填してもらわないといけませんね。
基礎的な魔力貯蔵力が、あまりにも低すぎる。
これでは効率が悪すぎる――」
レイニーは、悲痛な悲鳴を上げていた。
それを顧みることもなく、研究員は淡々と作業を続ける。
体の魔力をほとんど抜かれて、その場に崩れ落ちるように脱力するが――
それすらも許されない。
いつの間にか現れてた研究員の助手が、レイニーを脇から抑える。
失われた魔力を充填するための機材が、投入されたのだ。
「いやあああああ!」
絶叫。
失われた魔力を薬を使って無理やり補充する。
人形聖女が淡々とこなすから忘れていたが、それは大人でも悲鳴をあげる荒療治。
(な、なんだこれは?)
「いくら教会のためといっても限度があるぞ?
私の婚約者にこの様な仕打ちをして、許されると思っているのか!」
「許されないなら、どうなりますか?」
「父上にお願いして教会に圧力を――」
「そのようなことをして、果たして国民が黙っていますかな?」
教会の持つ権力は非常に大きい。
聖女から得られた魔力を利用して国の安全を守る機関であり、国民からの信頼は厚いのだ。
敵に回せば俺もただではすまない。
人形聖女――ミリアを追放したのは間違いだったのか?
レイニーが持つ聖女の力が未熟であったことは、疑いようのない事実だろう。
「も、もう勘弁してください」
「すまないレイニー。
耐えてくれ」
(教会の聖女に対する要求は、ここまでエスカレートしていたのか?
ミリアに対する態度を容認してきた――そのツケを、よりにもよってレイニーが払わされることになるのか?)
悲鳴をあげるレイニーを見ながら、俺は愕然とする。
ミリアのことは誰もが欠陥品と言っていたし、俺もそう思い込んでいた。
しかし、目の前の現実はどうだ。
毎朝の勤めなどと言われる魔力奉納だけでも、レイニーは悲鳴をあげている。
(いや、違うな)
ミリアが人形聖女と呼ばれるようになったのは、最近の話ではない。
それでも最初からそう呼ばれていた訳ではなかったはずだ。
はじめはレイニーのように泣き叫びながら、俺に助けを求めていた。
それを無視され続けたからこそ、『人形聖女』と呼ばれるほどに感情を押し隠すようになったのだ。
誰にも助けを求められない中、地獄のような苦しみに耐え、聖女としての力を強めたのだろう。
教会による聖女の扱い。
それは、国が生んだ歪みそのものだ。
(――俺はとんでもないことをしてしまったのか?)
魔力奉納が終わる前から、レイニーは疲労困憊であった。
詳しくは知らないが、聖女の勤めは朝の魔力奉納だけではない。
ミリアを追放してしまった今、教会の無茶な要求に応えられる者は居ない。
俺は聖女が担う役割を、あまりに軽視し過ぎたのだ。
魔力回復の機材を取り外され、レイニーはわずかに余裕を取り戻す。
必死の形相で彼女は叫んだ。
「人形聖女を呼んでください!
これ以上の魔力奉納は無理です。
私に聖女の代わりが務まるなんて、身の程知らずだったんです――もう勘弁して下さい」
事実上の白旗。
貴族のプライドを投げ捨てての懇願。
「レイニー様、今更無理な相談ですよ。
あなた方が人形聖女を国外追放したのでしょう?」
研究員は感情の籠らぬ顔でそう言った。
「人形聖女なら、この程度は造作もなかったのに。
レイニー様、あと82%でございます。
聖女の義務は、しっかりと果たして下さいね?」
無慈悲に告げられる宣告。
レイニーは青ざめた表情で俺を見るが、どうしようもない。
そっと目線を逸らす。
淡々と作業をこなすように。
泣きわめくレイニーをまるで顧みず、研究員は再び魔力を補充するために機材をオンにする。
ようやく回復したレイニーの魔力が、機材へと吸い出される。
魔力を強制的に補充され、空になるまで吸い出される。
それを何度も何度も繰り返すのだ。
まさしく地獄のような時間だろう。
悲鳴は途絶えない。
「ご苦労さまでした。
では引き続き、祈りの儀の準備をお願いしますね」
魔力の充填が100%になるまで、実に4時間近くを要した。
倒れ込むレイニーに追い討ちをかけるように、研究員は無慈悲にそう宣告する。
(レイニーには、聖女の役割を果たすには未熟すぎる)
それは認めざるを得ない事実だった。
過酷な日々を強いれば、レイニーも聖女としての力を成長させられるのかもしれない。
それは1人の少女が、人形と呼ばれるようになるほどの過酷なもの。
身勝手な話ではある。
それでも俺は、そんな日々をレイニーに強いたくはなかった。
(だとすると――この国はどうなる?)
押し寄せるのは、将来に対する不安だ。
国の崩壊の足音はまだ聞こえない。