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イリアスやオスカーはまだ青息吐息だ。額にはびっしょりと汗をかき、浅い息をつぎながら、たまに起こる痙攣をひたすら耐えている。
マリウスは母親がオスカーやイリアスと今までいろんな場面に遭遇してきたが、こんな二人の状況には出会ったことがない。
「絶対犯人は捕まえてやるからな」
様子を見守りながら、再度堅く誓う。
今日の三者会談に自分がいなかったのは、オスカーも公爵も彼に「来なくていい。少し休め」という言葉に従い久しぶりにゆっくり休んでいたからだ。
彼は先月の皇帝陛下暗殺未遂事件からここのところずっと忙しかった。
だが、そんな言葉に甘えず付き添っていればよかったと後悔ばかりが押し寄せる。
自分がいても毒入りの茶を飲むことを阻止することはできなかったかもしれない。
だが、そう思わずにいられないのだ。
内大臣に呼ばれた兵士に付き添われて部屋から出ていくヘルネを見送ると、再び室内に緊張した静寂が戻る。
クロエがアルマの傍らにいなくなったことに気が付いて、声をかける。
ラキュリスも室内に居ないとなれば、二人でどこかに行ったのだろう。
「婆さん、どうだい?」
青息吐息の二人と違ってクロエと何やら話した上に、横になってはいてもしっかりとした視線を向けてくるアルマにマリウスはほとほと感心する。
大した肝っ玉だな、と。
「あたしは一口目で気が付いてほとんど飲んでない。
それに、毒への耐性とならし方の違いだろうな。
だが、さすがに歩けんのが悔しい」
「婆さん、そこまでしっかり喋れるってのがすごいぜ」
むっとした表情で天井を見上げるアルマに内大臣も典医も驚くしかない。
マリウスはあきれ顔でアルマの顔を見下ろす。
「婆さん、クロエに何話したんだい?」
「長旅で痛くなった腰の痛みを取る薬を作ってもらうために薬草を探して来い、と頼んだのさ」
「腰痛? 今こんな風に寝込んでいるのにかい?」
「さっき典医が言ったろう。もう少ししたら元に戻ると。あいつはあたしが教鞭とっているときに教えた奴だ。早々間違えることはなかろうよ」
意地悪い視線に「ひっ」という典医の心の叫びが聞こえた気がした。
皆の視線が一斉に中年の人のよさそうな典医の顔に集まる。
「ええ、あの、その。アルマ先生には二年ほど授業でお世話になりまして。
精進して務めております。
先生、本当ですッ」
必死で頭を下げる典医の姿はおそらく学生時代の「アルマ先生」に接していた時そのままの彼の姿なのだろう。
「大した婆さんだよ、まったく」
もしかして、この大陸で最強なのは今も変わらずこの婆さんじゃないのか? と思ったマリウスであった。