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 驚愕の事実を聞いてしまった後、二人は年寄り(夫婦)二人に部屋から追い出された。


「俺も大概の事には驚かなくなったけど、さっきのは久し振りにびっくりしたぜ。

 心臓が口から飛び出るかと思った」


「あたしもびっくりした。

 お婆ちゃんは独身だと思っていたから」


 少し(ほう)けた(てい)でゆっくりと力なく夕闇に沈む(しずむ)王宮の回廊を歩く。

 そろそろ日が沈む時刻なので、使用人達が回廊や建物内につける(かがり)()の準備を始める。


「少し歩くか。

 俺は勝手知ったるなんたらだけど、お嬢は初めてだろう。

 今後迷っちゃいけないしな。

 さっきの臣下の控えの宮殿じゃなくて王宮を案内してやるよ。

 この王宮は高くて二階建てまでしかないからな。横にでかい。

 この王宮の内壁の奥宮の向こうは海が広がっているんだが、この時間じゃ危ない」


 回廊から見える建物を指差しながらゆっくり説明を始めるマリウス。

 二人の姿をすれ違う大半の人間はジロジロ見る。


「俺はこれでも人気者だ」


 顔見知りの宮廷人と思われる人は、マリウスとクロエの会話中に声を掛けてきたりもする。


「ああ、知り合いの娘さんだ。今、王宮見物をして時間をつぶせ、と命令が出てね」


「宮仕えは大変だからな」


 珍しい黒髪のクロエに対して聞かれるとただ漠然とそう答えて話題をかえてしまうのは、マリウスの処世術のうまさか。


「今の人の髪の色は赤茶色ってことはこのカレンデュラの人?」


「そう。この国は赤茶の髪に真っ青の瞳だ。

 ウィンバー王国はお前のような髪の色の人間がもっといるぞ。

 だからここでは別にお前の髪の色を見ても、アウシュリッツにいた時よりも誰もそんなに注目しないだろう?」


 そう言われて、初めてそのことに気が付いた。

 元々住んでいた村では小さい頃大人達から「よそ者」と言う目で見られていたし、村の学校に入った頃は「黒いの」と冷やかされ、一時悩み、金髪の子達の髪がうらやましかったが、そのうち自分の髪の色が「黒」でも気にしないようにしていた。

 でも、改めて言われてみれば、ここでは髪の色に関しては好奇の目で見られていない気がする。


「まあ、お国が変わればそういうもんだ。建物一つ見てもそうだろう? 

 平屋でだだっ広く宮殿作るなんてアウシュリッツ育ちには考えられないだろう」


「確かに、高くそびえるアウシュリッツの城とは違うかも」

 

 言われて建物をぐるりと見回す。


「中央の王宮正面「正殿」と呼ばれるところはエントランスとホールのみが辛うじて二階建て。

 だが、その場所はこの国の大臣とか、官僚がわんさかいる。

 だから、俺はお前をそこには連れて行かないしつもりだ。妙な奴に目を付けられるのも困るからな。王宮の大人達と喋る時は身の安全のためにもよく吟味しろよ」


(マリウスもお婆ちゃんと同じこと言う……)


 クロエは改めて王宮という場所について考えさせられる。村でも確かに口さがない人はいたが、身の安全、とまで考えたことはなかった。


「あと、王宮を挟んで今の場所と反対側にある建物が、帝国の貴族の滞在する館になっているが、そっちも平屋作りだな。

 あまり高くすると暑いから宮殿はほとんど平屋だ」


「エリスフレールは水の国で地盤が弱い国だから、理由は違うがほとんどの建物が平屋だ」


 建物の説明を再び始めたマリウスの後ろから入り込んできた別の男の人の声。

 後ろの声の主の方を振り向くと、マリウスよりも若干背が低い、まるで女神の彫像と見違えるばかりの綺麗な青年がいた。

 白銀の長い髪は肩甲骨くらいまで無造作に伸ばされ、その瞳はまるで小川の清流のようなアクアマリン。陶磁器のように美しい白い肌に、服の下からのぞく引き締まった筋肉。

 白絹の長衣に紫の帯をしているその姿はエリスフレール王国独自のスタイルだ。

 本人の背丈よりも頭四つ分高い三つ又の先をもつ細工の見事な白銀の(ほこ)は、エリスフレールの直系が持つ「矛」だろうか。

 その顔はよく見れば、今朝会ったマリカ夫人と似ている。


「ラキュリスか、脅かすなよ・・・・・・。

 一人か?」


「いや、俺も一緒だ」


「イリアス!」


 もう一人は、ラキュリスと髪と瞳の色を除いて同じ顔、同じ背丈の金色に琥珀色の瞳の赤と黒の騎士服をまとった美青年。

 エリスフレールの王子と公爵の顔は瓜二つで相当の美男子だと。

 そして今、マリウスの口から出た「イリアス」という名前は今の公爵本人の名前のはず。

 ――うわあ、なんて壮観(そうかん)なの!

 二人のやんごとなき身分の青年の姿は、あまりにも神々しかった。

 視線をずらすとそのイリアスと呼ばれた青年は、本で見たことがある公爵家当主の印である立派な剣を帯刀していた。


「公爵様と王子様?」


 いきなり目の前に雲の上の人たちが現れてマリウスの顔を見るクロエ。


「そうだ。この二人の顔はよく覚えておけ。

 ああ、こいつはクロエ。

 イリアス、お前んとこの例の薬師の子供」 


 紹介なんぞまどろっこしい、といわんばかりにマリウスがクロエのことを大雑把に話す。


「お嬢、この二人は俺の次ぐらいに信用していい人間だ。

 ちょうどよかった。お前達どっちかの部屋で茶でも飲ませてくれ。

 学院長の奴、一日かけて帝都に着いた俺らに茶を出す前に(わめ)きだして、俺達居場所がなくて困ってたんだ」


 学院長が喚く原因が自分が連れて行ったアルマの口だということは伏せて、マリウスは上手いこと休憩場所に帝都のアウシュリッツ公爵邸を確保した。

 それにどのみちクロエは今夜からこの公爵の屋敷の中に住むのだから問題はない。

 だが公爵邸に向かう途中、全然知らない人達からの目線をクロエはひしひしと感じた。

 王宮の麗しい白金の王子と金の公爵が女の子を連れて屋敷に行く光景。

 しかも今日は灰色髪で名高いマリウスまでがいるということで、遠巻きにその様子を見ていた王宮の目敏い女性達は好奇心や嫉妬を隠せない。


「なんか、視線が刺さる気がする……」


「視線で死にはしない。まあ、いい男に囲まれた幸運の代償と思え」


「そうだね。あたしはマリウスと一緒にいられて幸せだよ」


 本当にそれだけだといいんだけどと思っても、顔には笑顔を張り付けておべっかを言う。

 それ位の知恵はあるのだ。


「おいおい、マリウス。そんなあどけない子を騙しちゃ犯罪だろう」


 それを真顔で心配したのがラキュリス王子。

 公爵の従兄弟であり、アマルーテ学院で同時期に学んだ間柄のエリスフレールの王子はアウシュリッツ公爵の名がつくところにはどこだろうと我が物顔で入って行くのは毎度のことだと聞いた。


「イリアス、お前の民が毒牙にかかっているぞ。

 クロエだったかな? (いく)つ?」


「十六歳です」


「もっと下かと思ったら、妹と同じか。

 女性で十六なら帝都へ留学出来る年だぞ」


 ラキュリスの妹はこの帝都の留学を終えたらウィンバー王国の第二王子の許に嫁ぐことが決まっていると言った。


「そうだな、読み書きはできるのだろう?

 あのアルマの許で育ったというならいくら田舎の村出身でもどこか帝都の学校に通えると思うぞ」


「今のイリアスの言葉で思い出した」


 マリウスは昨日からのクロエ達の道中と、さっき聞いた驚愕(きょうがく)の事実をかい摘んで話した。


「なんとまあ、学院長の奥さんがあの伝説の才女アルマとは」


 伝説の才女。初めて聞くお婆ちゃんの形容詞。


「あ、あの、お婆ちゃんってそんなに有名人なんですか?

 あたし、あんまり知らなくて」


 気心知れたように盛り上がっている男三人の中で取り残されているクロエは、どうも知らないことが多すぎて居心地が悪い。


「そうか、知らないかもしれないな。

 俺達三人はアマルーテ学院の卒業生だから特に良く知っているんだ。

 彼女は、アマルーテ学院を女性でしかも首席卒業した初めての女性でね。

 大半の女生徒は家政や文学、芸術分野を勉強するんだが、彼女は医学を志してね。途中、自然の民間療法というものを研究し始めて、薬草学の方に転向した人物なんだ。

 良く知られている話では、俺達が生まれる前、時の皇帝、今の皇帝陛下の父上が何者かに毒の付着した剣で襲撃される事件があった。

 その時すぐさま解毒で呼ばれた彼女は、傷口に自分が研究した薬草から抽出した液薬を使ったらしいんだが、それが物凄く臭かったそうだ。

 その匂いに皇帝陛下が文句を言ったら、彼女は陛下に頭からその薬草をかけて「だったら死ね」と言って帰ってしまったという逸話を持っている。

 彼女の薬のおかげで皇帝陛下は助かったのだが、助かった皇帝はその後、彼女に対して従ったというから、それ以降誰一人彼女に頭が上がらなくなってね。

 帝都でも「アルマ」と言えば「強い女」の代名詞になっているほどだ。

 そんな彼女は卒業後二十年前までアマルーテ学院で教鞭(きょうべん)をとりながら研究を続けてね。

 その後、アウシュリッツ領に戻りたいという願いを俺の父がかなえて帰って来ていただいたんだ」


 丁寧に解説しながら傍の召使から自ら茶器を受け取りクロエにお茶を差し出す公爵イリアス。

 椅子にまたがる様に座ったマリウスは、この中で一番年長者で身分的にはクロエより上ではあるものの明らかに二人より下なのに全く動かず、一番態度がでかく悪戯(いたずら)小僧(こぞう)のような顔をして話を盛り上げている。


「あの触り魔爺(じじい)愛想(あいそ)()かしたって感じだったぞ。

 片を付ける、とか言っていたし。

 まあ、そんなことより俺は婆さんが無事に任務完了してくれればいいんだけど」


「確かに無事任務完了が一番だ。

 明日はその才女アルマにイリアスが付いて行くんだろう?」


「俺の国の人間だから当然だろう。

 今日も警察庁に行ってきたが、長官からまた厄介な話を聞いた。例の薬師達が死亡した事件、証拠のパンに毒物の可能性だとか。

 だから薬師であるアルマの身内のクロエも思った以上に危険なことに巻き込んでしまうかもしれない。

なるべく巻き込みたくない。

 できれば王宮内の正殿辺りは歩かせたくないな」


「けれど、明日はマリウスは休みだろう?

 だったら私が傍にいてやろう。案内位は出来る。

 クロエ、今日が初対面だからといってあまり固くならなくていい」


「ありがとうございます」


 クロエがラキュリスに頭を下げると、びっくりしたような不思議な顔をしてじっとクロエを見ていた。


「さっきからずっと思っていたが、思っていたのと大分違うな」


 少し困ったような苦笑いを浮かべている。


「噂のアルマの養い子というからもっと強烈な個性の娘だと思っていたんだが、違うようだな」


 以前だったらそんなこと言われる意味が分からないと思ったけど、今日、色々アルマの正体を知ってしまったから、何も言えないと思ったクロエであった。

 それからしばらくしてラキュリスとマリウスは自分の屋敷に戻り、クロエは旅の疲れもあるだろう、とあてがわれた部屋に案内された。

 結局夜遅く、王宮の兵士に付き添われたアルマは、鬼の形相で公爵邸に戻ってきた。

 元来の風評と、戻ってきたときの人に向けるには失礼すぎる不機嫌さを隠さない表情なのにも関わらず、優雅に挨拶したイリアスの人間の器のでかさを感じたクロエだった。

(やっぱり、公爵様は見かけだけでなくて、心の中も素晴らしいんだ)

 目をキラキラ輝かせ、尊敬の眼差しでイリアスを見上げるクロエだった。



 

 翌日の朝、勝手知ったる邸のように登場したラキュリスはアルマに挨拶を済ませた。

 王宮に向かうイリアスとアルマに、ラキュリスはクロエを連れてアマルーテ学院に行くと告げた。

 公爵邸から出て、学院まで行く途中、婦女子の視線が痛くてクロエは生まれて初めてベールを被りたい心境になった。

 昨夜の「公爵邸で泊まった少女」という噂は一気に流れたようで、アルマも宿泊しているにもかかわらず、若い婦女子の注目はクロエに集中した。

(美青年と歩くって、こういうことだったんだ)と身を持って知る。

 薬師を殺している人間よりも先に、イリアスやラキュリスに熱をあげている誰かに刺されるんじゃないかと思ったクロエであった。



読んでくださってありがとうございます。

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