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 王宮に着いてまずは、アマルーテ学院の学院長に与えられた建物の一室に通された。

 大陸一の学府と称するアマルーテ学院。

 その学院長となれば大臣程度の権力を持つ。

 今の学院長は「秩序」や「勤勉」といった者とは対極の位置にある性格の持ち主で、彼は若かりし頃「神童」「天才」の称賛をほしいままにしたが、組織に属するには性格に問題があり、形にはまることがなく、異端(いたん)の教授と言う形で学院に存在し続けた。

 その「異端」の彼がなぜ、今では腰が曲がり、頭が輝き白い長いひげを蓄え、そろそろお迎えが来てもおかしくないような異例の年齢で学院長になったかと言えば、飄々(ひょうひょう)とした風来坊(ふうらいぼう)でありながらも、誰よりも鋭い才覚の持ち主だったからとしか言いようがない。

 学院長を引き受けたのはそろそろ各地を回るには体がきつくなってきたからだという話もある。

 部屋の中にひょこひょことしたリズムの歩き方で表れたクロエとそれほど変わらない背丈の老人が学院長だとマリウスが告げた。

 その学院長に対しアルマからの第一声は想像できないものだった。


「まったく、見るも無残な禿()げあがり具合ね」

 開口一番の言葉に部屋にいた全員が凍り付く。


「うるさいっ!

 見るも無残って、経年(けいねん)劣化(れっか)だろう。

 誰もがずっと「ふさふさ」なわけないんだぞ」


 平屋建ての豪華な大理石の神殿造りの建物に、年齢も肩書も立派な人間とは思えない怒りの咆哮(ほうこう)が響き渡る。

 手入れをしていない長いまゆ毛の下からつぶらな瞳をむいて、同じ部屋にいる他の人間の存在は全く無視で反論する学院長。

 横のエンタシスの柱が並ぶ美しい回廊を歩く人たちが、その声に一瞬ギョッとした顔で立ち止まる。


「まったく、はげた頭に学院長の印の金糸の刺繍の衣が似合わないったりゃありゃしない。

 よくもまあ今まで色ボケで捕まらずに今の地位になったこと」


 学院長の反応も周囲の目など蛙の面に水。

 痛烈な言葉の攻撃。容赦ない言葉が挨拶代わりのアルマ。

 クロエは自分が小さいころ髪の色でからかわれた経験からあまり口にしないようにしていたが、普段アルマはクロエに薬を求めてやって来る患者さんや人お客さんが来るときは、相手の話し方や態度、容姿に関することは、本人の体質や病気など、やむにやまれぬ事情もあったりするから、からかってはいけない、笑ってはいけない、悪口は言ってはいけないと口を酸っぱくして言っていた。

 彼女は口は悪くても、禿や肥満の患者さんの見かけや行動を批判したり馬鹿にしたりする姿をクロエは今まで見たことなかった。

 気心知れた相手なら言う姿は見たことがあったけれど、会ってすぐに喧嘩腰で攻撃するアルマにびっくりして固まってしまう。


「婆さん、すげえな」


 口の悪さを自負していたマリウスすらさすがに目が点になる。


「あの学院長って、ああ見えても今の皇太子や皇帝の恩師で、帝都じゃほんの一部の人間は一目置いている人なんだぜ」


 アルマより数歩下がった場所で今の状況に硬直しているクロエにマリウスが囁く。


「お婆ちゃん、元々口がいいわけじゃないけど、なんか容赦ない感じがする」


 部屋に控えている王宮の召使たちも声は出していないが、目を丸くしている。


「まずいな。この状況じゃ・・・・・・」


 部屋自体がホールなので音響がよく声が外まで丸聞こえだ。

 アルマが来るのなら、まず最初に連れてきてほしい、駄々(だだ)をこねたのは学院長だったのだが連れてきて良かったのか? と内心気が気でない。

 臣下の住む別棟(べつむね)と、本来の正門沿いにある王宮正殿とは、大きな回廊で繋がっている。

 しかも、カレンデュラ帝国の王宮や公共の建物は、中庭を中心に回廊があり、庭に沿うように建物が存在する。しかも警備の関係上、人工河川からひかれた水庭園は建物のあらゆる音や声が良く響くように作られているのだ。


「どうしてこの王宮はほとんど扉がないの?」


「気候の問題だな。ここはアウシュリッツよりもずっと暑いんだ。

 今も春だが、こっちの方が暖かいだろう?

 だからこの王宮の人間の服を見ろよ。

 俺が贈ったこのドレスもだが、アグレイアでマリカ母さんが来ていたようなバッスルスタイルのしっかりした生地のじゃなくて、ゆったりとした通気性のいいやつ。

 だから建物も間口は広くして、布の天幕で遮るだけにして空気の流通を良くしている」


 という会話をここにたどり着く前にしたばかりだというのに。

 それにこの街で学んでいた上に生活していたアルマならそんなことは知っているだろう。

 計画的犯行だろうな、とマリウスはあきらめの境地で天井を見上げた。

 その瞬間、信じられない言葉が耳に入ってきた。


「まだ根に持っているのかい?

 わしが酔っぱらった席で若い女学生のお尻を触ったことを。

 いい加減帰ってきてもいいじゃないか。

 お前はわしの嫁なんだぞ」


 ――嫁? 誰が? 

 ――今、爺さん、わしの嫁って婆さんに言ったのか?


 灰色の髪の男と黒髪の少女は顔を見合す。


「やかましいっ!

 離婚届の請願(せいがん)は裁判所に出して二十年前に出て行ったわ。

 あたしゃ、今回はその決着もすっきり片付けるために来たんだからね」


「・・・・・・離婚の請願?

 ええええッ?」


 その瞬間、中からも外からも大勢の驚きの声が響き渡った。


読んでくださってありがとうございます。

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