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23/25

23*

事件解明の話ですがR15に該当しそうな表現が含まれます。

苦手な方はバック願います。

 ヘルネが連れ去られて、一段落した頃、クロエは一人部屋を出た。


 今日一日は人生で一番頭を使った気がする。


 少し一人になりたくてうろ覚えだった公爵邸に戻る。

 公爵邸の中庭の一角。ちょうど誰もおらず、ほっと一息ついて回廊に置かれた長椅子に座り、ずっと被っていたラキュリスに被せられたベールを脱ぐ。

 この場所は篝火と部屋の灯りが明るすぎて星は見えないが、中庭の水面がかがり火を反射して綺麗だ。

 そしてそのまま睡魔に襲われ、中庭の椅子で眠りに落ちた。





 事件から数日間、クロエは疲れのあまりほとんど王宮敷地内の公爵邸の部屋から出なかった。

 公爵邸に仕える女官の話では翌日は早朝からイリアスは王宮に呼ばれ、同じくラキュリスもマリウスも事件の後始末に大忙しらしい。

 夜、食卓でアルマから聞いた話では、ヘルネは警察で罪を告白したという。


 その内容は、クロエが知るには淫猥かつ残酷だったが、耳を背けずに聞いた。

 数年前、ヘルネは菓子作りに興味を持ち始めた頃、魅惑的な料理人に出会った。

その男を一目で気に入り料理を習うという理由でその男のもとに通った。

ヘルネは馬鹿ではない。気に入った男を自分のお菓子講座の講師として雇い、主催者と雇人という名目で二人の仲を進展させれば問題ない。


 ただ、問題はその男が彼女以上に性質(たち)が悪くかったことだ。

 講座の打ち合わせと称して徐々にその時間を長くし、そのうちお供や護衛達の信頼を得て周りの人間をその場から外させる。

 やがて料理の食材を探しに行くという理由で外出し、二人で男の家で過ごして、あらかじめ用意してあった食材を持って帰るときもあれば、夜、彼女の滞在する屋敷にかくれて使われていない部屋でそのまま過ごし、翌朝、来客として何食わぬ顔で現れたり、外出時の護衛が少ないときは、途中護衛とはぐれたふりをして裏通りの娼館に向かい、時にはもう一人男を買うなど享楽にふける日々が通常となる。

 やがてなじみとなった娼館で六人の賊と彼女は知り合いとなった。



 そのうち彼女の主催する講座の評判を聞いて皇后が女官達とともに参加し、予想以上にお菓子作りを楽しんだ皇后陛下は何度も講座に参加し、皇族の血を引き、若く美しいヘルネとも懇意になった。いつまでも結婚相手が決まらない息子に引き合わせてみてもいいのではないかと皇后が考えるのは時間の問題だった。

 そしてヘルネが皇后にお菓子作りを王宮の女官達にも教えてほしいと王宮の奥宮にまで案内される日がやってきた。

 皇族のプライベートの奥宮は、皇族の血を引く父を持つ彼女でも今まで入ったことがない空間だった。その特権階級の空間に足を踏み入れた高揚感と満足感が彼女に新たな夢を描かせた。「皇后」という立場の女性と懇意になるにしたがって、自分が皇太子妃の可能性が高くなると。

 

 やがてその夢は現実となって、皇太子の婚約者と正式に内定する運びになった。

 怪しまれる異性関係は清算しておくようにと忠告され、ヘルネはすぐに今までの過去を清算しようと決心した。

 夢を現実化したヘルネにとって、今までの男である料理人は魅力的だが、地位がない存在で邪魔なのだ。


 そろそろ親が決めた相手と結婚話も出てきたと、料理人に別れ話を切り出し始めたが、都度嫉妬にかられた料理人が避妊薬を捨てて行為に及んだ。

 男の自分に対する愛情と独占欲かと一瞬悦に浸ったが、皇太子妃になる夢がはっきりとした今、この料理人に殺意を覚え疎ましくなった。

 伯爵家の娘だという立場上、料理人のような男が伴侶では満足できない。

 どうやって料理人を自分から遠ざければいいかと思いあぐねているときに、ふとあることを思い出し、決意する。

 彼女が通っていた娼館は裏家業の人間も多く出入りする場所だった。また、常に思わぬ妊娠が付きまとう職業が女性の娼婦だ。金に余裕がない娼婦たちは非合法な避妊薬や堕胎薬を薬師に依頼するのが常だ。

 ヘルネは、娼館で手に入れた情報を頼りに、ある薬師を尋ねることを決心した。


 そしてその時すでに、以前小麦の研究をした際に、母親の故郷の麦の麦角菌が特に毒性が強かったことを思い出した彼女は、麦角菌を手に入れ、その強さを見知らぬ薬師で試すことにした。

 自らの美貌を理解していたヘルネは、艶美な娼婦を見慣れている薬師も男ならおそらく自分を求めてくるだろうと予想していた。そして予想通り、薬の礼にと代金の代わりに情事を迫られる。

 薬師に体を開いた彼女は、以前小麦の研究をした際に、母親の故郷の麦の麦角菌が特に毒性が強かったことを思い出した彼女は、自分の研究の成果を試すために、薬師の食事に麦角菌を混ぜて薬師にどのような症状になるか観察した。

 彼女が用意した食事を食べて隣の部屋で苦しみながら死んだ薬師は、更に彼女に朗報をもたらした。

 薬師は苦しみながら自分の持っていた解毒薬と思われる薬をいくつか口にしていたことが、転がっている紙袋や瓶で分かる。それらがまったく効果がなかったと分かり、彼女は料理人もこの手で殺すことを決意した。

 そして数日後、店を営む料理人のまかない料理に麦角菌を混入し、料理人とその賄を食べた店の店員もろとも殺害した。

 その事件はまかない料理の食中毒死と片付けられた。

 だが、料理人が死んだことを不審に思った料理人の友人の女薬師がヘルネの存在を突き止めた。

 ヘルネはその薬師宅を訪れた際、持参したケーキをお茶菓子に出して食べさせて殺した。

 だが、その薬師が知り合いの薬師に料理人とヘルネの間が娼館に通っていたという手紙を送ったと言い残した。



 そこまで予測していなかったヘルネは焦った。死んでしまった女薬師の家を漁り、棚にあった帝都の薬師のリストを持ちかえって、薬師の連続殺人を行うことになった。

 そのあとすぐに彼女は娼館でなじみの六人を買い上げ自分に仕えるように言い含めた。

 彼女は念のために彼らが金銭だけでは裏切る可能性を考えて、彼らに与えていた菓子の中に中毒性の粉瘤を混ぜて、頻繁にそれを食べないと苦しむようにしていたという。

 そしてその六人を使って毒入りのパンや菓子を薬師達のもとへ届け、連続殺人に発展していく。

 だが必死で手を汚し証拠隠滅を図っていたにもかかわらず、ある日王宮内のお茶会に呼ばれた日、内内に呼び出された皇帝陛下から、婚約破棄の可能性があり、この後の茶会でその話が出るかもしれないという話をされた。

 理由を問いただしてもはぐらかされるばかりで、ヘルネは憤った。

 婚約解消のショックと怒りに、毒を食らわば皿までという心境になり、その日皇帝一家もろとも殺してしまおうと、その日の夜薬師の元へ運んでもらおうと用意していた麦角菌入りのお茶菓子と、麦角菌の粉末を持っていき、お菓子は女官に頼んでお茶会のテーブル上で切り分けて配った。

 だが、お菓子を口にしたのは皇帝陛下だけで、皇帝陛下が倒れた騒動で婚約破棄の話は流れた。

 その日皇帝から聞いた婚約破棄の話は騒動でうやむやになり、その後もオスカーも皇后も婚約破棄の話は何も言ってこない。ヘルネはある意味安心した。

 またそ皇帝陛下が倒れた際に騒ぎに乗じてお茶に毒を混ぜ、犯人は他に目が行くよう女官のもとに置き土産の細工をしたため、ヘルネのもとに必要以上に取り調べが来ることもなかった。

 なので事件の犯人として自分に容疑がかかることはないだろうと高をくくって安心していたのに、現場の証拠品の毒を今度やって来る才女と評判の高い薬師に渡すというオスカーの話を聞き、一気に青ざめた。

 その日は彼女にとっては幸運なことに、女薬師が送った手紙が死んだ薬師の持ち物から見つかったという連絡があった日で、これ以上手を汚さなくて済むと思っていたばかりだったのに再び毒を手にしなくてはならない。

 

 今まで誰にも気が付かれなかったけれど、アマルーテ学院を首席し、今でも名前が残る薬師にその品が渡った場合はまずいかもしれない。

 ヘルネは皇太子がその薬師と話し合う日に証拠の品を渡すときに取り返すことを決めた。

 その日がやってきて、オスカー達が倒れたという話を聞き、彼女はすぐ皇太子の部屋を探したが、例の巾着袋は無かった。だが、見舞いに行った先でアルマがクロエに渡す光景を見た。

 六人にクロエとその周りにいる人間を殺して証拠の品を奪うように指示する。彼らには、過去に使ったことがある仮死状態になる薬を渡し、捕まったら飲むように指示した。安置所から逃げられるように手配しておくからと安心させて。

 それは仮死状態を通り越し、死ぬ成分の薬であったが。


 巾着袋を持った二人とは王弟の離宮で打ち合わせ通り待ち合わせをし、そこで褒美と言っていつもの中毒性のあるケーキを与えた。

 ただ今回そのケーキの中には麦角菌が入っていたのだった。



読んでいただいてありがとうございます。

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