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 犯人逮捕劇が行われる数時間前。



 時は王弟殿下の離宮からの帰り道。


 アルマはクロエが気付いたことをオスカーに伝えると、彼はすぐに憲兵と警察犬を放った。


 一旦王宮に戻ることを取りやめ、今日、念のためオスカー、イリアス、アルマがお茶を飲んでいた時に出された菓子を調べてもらうように頼み、アマルーテ学院とは反対方向の王宮に対して向かって右側にある警察庁に向かった。  


 オスカーの権限で今回の事件に関する証拠品を大至急出してもらい、警察庁の中にある実験室でアルマはクロエに指示を出しながら分析作業を行った。

 その時現れた警察庁の長官がついでとばかりに持って現れたのが、薬師の不審死の証拠品のカビの生えたパンで、それにも同じ菌が入っていることが判明した。



 分析作業の間、同行したマリウスとラキュリスが捜査に参加していた憲兵から賊の身元を聞き、彼らがいた男娼館へ向かった。

 娼館は顧客からの信用のためにも口が堅い。

 だが、憲兵の捜査令状と、娼館の持ち主の命が狙われている、というハッタリを聞くと、妖艶かつ毒々しい美貌の娼館の持ち主の女は、顔色を一変させて、我が身可愛さにぺらぺらと喋り出した。

 男娼館は男同士の同性の嗜好(しこう)と、女性が快楽を求めてやってくる場合と二つ場合があるがこの館は後者。

 持ち主自らが好みと客の需要で雇っている。

 六人の彼らは見かけは別としても用心棒として腕がたち、それなりに役に立つから娼館で働かせていた、と答えた。

 彼らの上得意は、金髪の美しい上流階級の娘だと答えた。

 そして彼らを自分専用にしたいから、と数か月前にこの館から破格の金額で買い上げたという話を聞いてきた。

 その娘の特徴は、いつも甘い菓子のような香りを身にまとっていたこと。

 彼らはいつもその娘から高価な焼き菓子を、この国では高価でなかなか手に入らない蜂蜜の菓子を与えられていたこと。


「本当に若い娘か?」


 と、マリウスが問いただすと、女は「馬鹿にすんじゃないよ」と一喝し、女は首筋や手を見れば、いくらどっかのお貴族様でも歳が分かるってもんさ。と答えた。

 容疑者候補が変わった。金髪の若い娘、しかも蜂蜜の焼き菓子が得意な女と言えばオスカーの婚約者にも当てはまる。

 その結果はどちらに転んでもオスカーには辛い現実ではないのか?


「世も末だな」


 ヘルネの美しさ、可憐さに熱をあげていたマリウスもラキュリスも今日何度目かの茫然自失である。

 一日に一生分のショックを受けている気がする。 

 悲壮な表情を浮かべたラキュリスとマリウスが、毒の検査結果を待つオスカーがいる警察庁に向かう。



 厳重な警戒がされる扉の奥の警察庁の中の研究室は、重厚な石造りの天井の高い部屋だった。

 そこに一人部屋の隅で足を組みながらぶつぶつ何やら言っているオスカーに報告をする。


「ああ、ヘルネの疑いありってことか。

 やっぱりな。

 御苦労さん」


 二人の予想を裏切ってケロリとした顔のオスカーは、椅子から立ち上がってイリアスの所に難しい顔をして寄って行く。

 その後はクロエがせっせと出してくるアルマの報告書を目にしながら、「今夜、片を付けるぞ」と、イリアスに何やらまとめさせて、再び「すまんすまん」と言いながら、マリウス達に調べた結果の報告をし始めた。


「今までのこっちの話をする。

 毒の種類は麦角菌の中でもミラルール公爵領地の物だって判明した。

 ミラルールと言えばヘルネは母親が現当主の妹だから血縁だな。

 しかも、今日、我々の茶会に用意された母とヘルネが作ったという菓子、昨日念のためイリアスに警察に検査させた結果も出ていた。

 笑えるのが、先ほどアルマ婆さんも念のためと午前中の打ち合わせの時の茶菓子をくすねていたらしくな。

 用心深い婆さんだ。

 まあ、結果としては両方とも同じ毒が入っていた。

 つまり、犯人は女、母上かヘルネのどちらかに絞られたわけだ。

 麦角菌に関してはヘルネは以前菓子づくりの研究で小麦についての論文を書いている。

 それから見ても麦角菌について詳しいのではないかとイリアスの意見だ。

 しかも、お前達が聞いた話も合わせればもう犯人は確定。

 あいつに婚約破棄の話を出したのが一ヶ月ちょっと前。

 時期的にあうな。

 俺はちょっとこれから王宮に行かなくてはならない。

 あの匂いを追った警察犬が王宮に向かったと連絡が入ったから、捜査のためにも俺が動かないとまずい。

 あとはイリアス、頼むぞ。今夜中に解決だ」


 一方的に言いたいことを話したオスカーは、ちらりとクロエを見て「クロエ、ちゃんと喋れるようにしとけよ」とにやっと笑って出て行った。


「イリアス、喋れるように、って何だ?

 しかも、オスカーってヘルネ姫のこと好きじゃないのか?」


「麗しの美姫、衝撃の事実」に、許嫁の正体に全く動じていないオスカーの様子に全くついていけないマリウスとラキュリスは異邦人の気分である。


「ああ、確かに、二人は知らなかったからな。

 あのヘルネ姫の素行は少し前からある一部で噂になっていたんだ。

 オスカーと彼女との婚約は皇后陛下の勧めでね。ほら、彼女のお菓子作りの講座に皇后陛下も通っていただろう。それにあの容姿に皇族で身分も釣り合う。

 だから皇后陛下の強い勧めでその話が進んだわけだが、どうやら男がいるのではないかと王弟殿下が気付いてね。だが、疑うにしては彼女の身分が身分だ。

 下手に間違いでした、では済まされない。

 そこで、王弟殿下とオスカーから俺は内密に依頼を受けて、彼女の素行を今年調べていたわけだ」


「お前はかなり信用されているな」


「当り前だろう、ラキュリス。仮にもお前は隣の国の王子だぞ。

 自国の国の恥を他国に言えると思うか?」


 冷静に突っ込まれてラキュリスは渋々納得する。

 たまに自分がエリスフレールの王子と言う立場が厄介に思う時がこういう時だ。


「まあまあ。

 でも、俺に話が来なかったのってなんでだろうな」


「それは・・・・・・」


(困った。娼館って言う場所がいくら男娼でもマリウスだと娼館で遊び歩いてしまって任務を忘れてしまいそうだから任せるには不安があったというオスカーの言葉を伝えるわけにはいかないからな)


「それよりも、今回の事件の推理話、というか、今夜犯人を逮捕する為に奥宮のあの部屋で関係者を集まらせる。

 その時にアルマとクロエに今回の事件の推理を発表してもらう」


 無理やり話を変えるためにマリウスとラキュリスにその原案を見せるイリアス。

 二人は話を変えられたことに気付かず、紙に見入る。

 どうやらうまくいったようだ。


「ちょっと待て、これって原稿じゃないか。こんな長いセリフ覚えさせるのか?

 クロエが可哀想だろう」


 ずっしり書かれた喋り口調の内容には、想像して書かれているのか相手の反応がこうでた場合、とまで書いてある。

 ラキュリスもマリウスも原稿を見てクロエが可哀想に思えた。

 今日は色々巻き込まれているのに。


「いくらクロエの記憶力がいいからって、俺はあいつに同情するよ。」


 マリウスは涙をふく真似をして笑いを誘ったが、クロエとアルマはそんなことは全く目に入っていない。

 アルマは今、死んだ六人の賊達の唾液や血液などから毒物を調べているのだ。

 顕微鏡をじっと見つめながら何度もプレパラートを入れ替え、横にある紙に殴り書きして行くアルマ。

 書かれた紙に順序を付けて清書するクロエ。


「一生懸命だな、彼女は。

 文句ひとつ言わず自分で出来ることを受け止めやり遂げる。

 彼女が薬師になりたいというのなら、俺は領主として力を貸してやりたい」


 イリアスは初めてじっくり見るクロエの働きを見て、眩しい物を見るように目を細める。


「ホントあの婆さんの許で育ったくせに真っ直ぐないいやつなんだ。

 今日は、本当に学院であいつが襲われてる姿見た瞬間、心臓止まるかと思ったな」


 マリウスはまるで親みたいに呟いた。


「灰色頭、あんたら襲った賊四人の毒は魚だよ。

 仮死状態になる可能性もある薬だ。

 まあ、事切れてると思うが、一応誰か見張っといてくれ」


「ま、まじかよ」


 とりあえず部屋にいるのが助手クロエ以外、他には男三人しかいない以上誰かが動かなくてはいけない。


「私が行こう」


 国は一緒ではないが友として出来る限りのことをしよう、とラキュリスは思った。

 そして、先ほど離宮で大人げなくクロエを無視して厩に置いてきた罪悪感もあった。

 そして、通りすがりの警官達を捕まえて六人の賊の遺体安置所を聞きだし、そこに何人かの憲兵を連れて向かった。

 だが、さすがに仮死状態の可能性があるといわれた死体は、今のところ生き返ることはなかったようだ。 一応安置所に連れてきた憲兵たちを待機させる指示を出していたころ、オスカーから王宮に出てくるように指示が届いた。

 指示された五名と警察庁長官は、指示通りの証拠品を持って王宮の奥宮に向かった。


 部屋に向かう前、別室でもう一度原稿の打ち合わせをさせられ、そのあと、袋が見つかった場所とナツシロギクを入れた筒まで発見され、犯人はほぼ確定した。

 原稿を必死こいて覚えているクロエを横目に、アルマとオスカーが話を詰めていた。


「でも、それをヘルネ様の許に置いた可能性もある」


 というアルマの念押しに、オスカーはにやりと笑いった。


「本当にアルマ婆さんは切れ者だ。 

 俺は決めたよ。婆さん、学院の薬草学部の教授にならないかい? 

 もちろん他にも講師でそうだな、うちの典医あたり入れるから。

 そうすればクロエと離れずに一緒に帝都で暮らせるぞ」


「はあ? クロエをどうする気だい?」


「入学させる。アマルーテに入れるぞ。だが、今の中身のない薬草学部じゃもったいないだろう」


 本人の意思など全く無視した会話。

 そして連れてこられた警察犬にナツシロギクの匂いと厩で見つけたケーキの欠片の匂いを自ら覚えさせるオスカー。


「こいつが吠えたら、犯人にほぼ決定だな。

 菓子と、この中身を触ってるってことだろう?

 しかしまあ、こんなことが続くとしばらく菓子は見たくもないな。

 俺としてはそれほど甘いものは好きでもないし、母上にはしばらくお菓子作りは控えていただきたいものだ」


と眉間にしわを寄せた。


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