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 夜が深まり、星々が燦然と輝く時間。


 本来なら、夜会なら宴もたけなわ、子供ならとっくに夢の世界の頃。

離宮から王宮に戻ったオスカーの顔を見て騒ぐ王宮の人間を無視して奥宮に進んだ。

 オスカーは先ほど三人が倒れた時に眠った部屋に皆を集めるように指示し、母親の皇后を呼びに奥に進んだ


「母上」


 その部屋は奥宮の中のさらに奥、皇帝と皇后の住まう館。

 皇后は息子が倒れた姿を見てから臥せっていると答えながら、皇后付きの女官は、目の前に倒れたはずの皇太子の姿を見て驚きの声をあげた。


「皇后陛下!

 皇后陛下、皇太子殿下がいらっしゃいました」


 回復した皇太子の姿に喜びを隠せず声を張り上げる女官とともに遠慮なく部屋に入っていくオスカー。

 速足で現れた息子の姿を見て、細身で背が高い赤毛の皇后は目を見張った。


「オ、オスカー、あなた、治ったの?」


 驚きと嬉しさのあまり寝台から飛び起きて、他の人間がいるのも構わず寝間着姿のまま大きな息子に抱きついた。


「良かった。

 貴方までがと思ったら。

 ああ、良かった」


「心配かけて申し訳ありません」


 オスカーは内心に生まれた母への罪悪感を打ち消し、母親にある部屋へ来るように促した。




 集められた一室。

 部屋の中は今日一連の騒ぎがなかったかのように静寂に包まれている。

 かがり火がたかれる部屋の中には、王弟、皇后、ヘルネ、内大臣ダリルとは別に、イリアスの部下のハインツとイーヴ、そしてアマルーテ学院の学院長オラセフ、王宮の典医が横並びに座っていた。

 彼らにお茶が配られ、十分ほど経てから、オスカーが現れラキュリス、イリアスが続き、再びまた数分遅れてマリウスが入ってきた。

 彼らは待っていた人間とは全く反対側の対面できる場所に座った。

 普段ここまで待たされたのなら、軽く文句や何かが出そうだが、入ってきたオスカー始め三人の男達から、殺人光線とまで言わんばかりの鋭い視線と有無を言わせない雰囲気が、皆を黙らせていた。

 そして、最後にクロエとアルマが戻ってきてオスカーに品を渡してオスカー、ラキュリス、イリアス、マリウスと横並びに座った。

 その間に部屋の出入り口は、王宮を守る憲兵の憲兵隊長とオスカーが作った「精鋭部隊」の隊長が番人の様に立ち塞がった。

 役者がそろったとばかりにオスカーは立ちあがり、皆が向かい合って座っている間の上座に移動し口を開いた。


「待たせたな。

 今、集まってもらったのは、父の毒殺未遂事件の報告しようと思ったからだ。

 今日、俺達が毒を盛られたことを知っていると思うが、それ以外でも、俺が寝ている間に部屋が荒らされていたようだ。

 しかも、俺達が寝込んでいた間、外ではアマルーテ学院でラキュリス王子、マリウス、クロエの三人が賊に襲われた。

 ちなみに学院を襲撃した賊は計六名。学院で四名、叔父上の離宮で発見された二名、全員死亡している。 全て死因は毒だ。

 一日の事件にしては派手すぎるな」


 オスカーが一呼吸した時に、ダリルが口を挟もうとしたがジロリと(にら)まれて黙ってしまった。


「だが、今日の一連の騒動のお陰で父上毒殺の真犯人が分かった。

 まずはこれを見てもらおうか。警察庁長官来てくれ」


 オスカーが呼ぶと、隊長二人が守る出入り口から、豊かな白髪の、年齢の割には逞しい体つきをした中背の紺色の警察の制服を着た男性が、大きな警察犬を一匹従えて、大きな白い布巾がかかったトレーを持って入ってきた。


「失礼いたします」

 部屋にいる並々ならぬ身分の方々には若干失礼だが、トレーを持っている以上、頭を下げるのみの簡略された挨拶で済ませ、持っていたものをオスカーの前のテーブルに置く。


「すまない、長官。

 あとは、その大活躍の警察犬はしばし、伏せをさせていてくれないか」


(かしこ)まりました。皇太子殿下」


 両手から物が離れた警察庁長官は、右手を握り拳にして、左胸にあてて、帝都の警察官独特の敬礼し、部屋の隅に警察犬とともに移動した。


「さて、ここからは、アルマ、クロエ。頼んだぞ」


「はい? もう? 皇太子殿下のお話はもういいのですか?」


 話を振られて目を丸くするクロエ。

 だが、もう一方アルマは一瞬驚いたものの、鼻でふっと笑った。


「ああ、俺は後でいい。

 さっさと俺の祖父さんをビビらせた才女アルマと、今回の功労者のクロエ嬢にやってもらうのが一番だ」


 皇太子はニヤニヤ笑って、座っているアルマとクロエをテーブルの方に連れだした。


「まあ、クロエ、気楽にやれ」


(気楽に、って、そんな、今が一番重要な・・・・・・)


「じゃあ、やらせてもらうかね」


 たじろぐクロエに対し、さすがと言おうか、神経の太さが人知を超えているのか、アルマはクロエの背中をポンとたたき「しっかりおし」と、一喝。

 その光景にはさすがに今まで厳しい顔つきだった周りは苦笑いした。

 ただ一人を除いて。


 テーブルを教壇(きょうだん)代わりのようにして立ったアルマはクロエを横に従えて喋り出した。


「さて、今回、あたしは「アマルーテ学院の薬草学部の活性化にあたっての助言」という名目で帝都に呼ばれたのは皆知っての通りだと思うが、実は今回の本来の目的は、皇帝陛下暗殺未遂に使われた毒の詳細を調べる依頼だった。

 この目的をご存じなのは、こちらの皇太子殿下側に座る四名と、皇后陛下、王弟殿下、ヘルネ姫、内大臣ダリル殿だけ。

 これをまず頭に入れておいてもらいたい」


 さすがにその告白は初耳だった数人が「まさか」と驚きの声を上げる。


「なんじゃと? そんなこと、わしは聞いておらん。マリウスッ、なんて危険なことを」


「黙ってあたしの話を聞け、エロ爺」


 どこであろうと誰がいようと学院長を一喝するアルマ。

(どこにいっても学院長はこういう扱いなんだ)

 笑う場所ではないと思うのだが、思わず笑ってしまいそうになったクロエはドレスのひだを握りしめて笑いをかみ殺した。

 コホンっと咳を一回したアルマはジロリとクロエを見て、一瞬だけだが表情を(ゆる)めた。

(緊張がほぐれて来たかねえ)


「失礼。さて、それとは別で、今日、クロエ達が襲われた。

 これはおかしな事件だったねえ。彼らはクロエやラキュリス王子、マリウスからあるものを奪うためにアマルーテ学院に侵入した。その「ある物」っていうのが、なぜかあたしがクロエに渡した巾着袋とその中身だというから驚きだ。

 さてここからはクロエ、気が付いたお前が説明するんだ。」


 部屋全員の視線がクロエに集まる。

 クロエはさっき部屋に入る前に行った打ち合わせで覚えたセリフと筋書きを思い出し、意を決して話し出した。いざとなったらこの「発表会」の原稿は確か誰かが持っていたはず。


「今日、午後、あたしは倒れたお婆ちゃんの指示で、アマルーテ学院の研究室で、腰痛にきく湿布代りの薬と、何種類かの植物精油を作りに行きました。

 でももう一つ、お婆ちゃんから調べてほしいと渡された物がありました。それはお婆ちゃんが今日皇太子殿下から渡された毒殺未遂事件の証拠の毒が入った巾着袋でした。

 あたしは、ラキュリス皇子やマリウスにもそのことは内緒にして学院で薬を作ってもらっている作業の(かたわ)ら調べました。

 そして作業が終わってお手洗いに行き、その帰りに二人の男に襲われました。

 彼らは真っ先にあたしから巾着袋のことを訪ね、服をまさぐって巾着袋を奪いました。

その後、殺されそうになりましたが、ラキュリス王子とマリウス准将の助けで助かりました。

 その二人の賊は王子達から投げつけられた薬を浴びながらも逃亡しました。

 まず、最初にそこで思ったんです。

 なぜ彼らはあたしがその巾着袋を持っていたことを知っていたのか。

 今日この部屋で倒れたお婆ちゃんからこっそり枕元で受け取ったことを見ていた以外考えられません。

 それが一つ目の疑問でした。

 さて、鼻が利く警察犬によって王弟殿下の離宮であたしを襲った賊二人が発見されました。

 彼らは厩で毒が入った何かを口にした結果死亡したそうです。

 憲兵の方々は服毒自殺と仰っていましたが、これは他殺の可能性もあります。

 また、彼らのいた厩にはミラルール風パウンドケーキの欠片が落ちていました。

 ピンクのアイシング、つまり砂糖がけがしてある蜂蜜のケーキでした」


 クロエは警察庁長官が持ってきたトレーの上の布の一部をめくり、皿に盛られた証拠品のパウンドケーキを皆に見えるように見せた。


「え? それは・・・・・・、誠に失礼ながら、それは事件が起きるまで、義姉上(あねうえ)が上手に焼けるようになったと仰って皆に振る舞っていたものといたものと良く似ているような」


 事件解明に走ったオスカー達一行以外の集団はどよめき、王弟は目を丸くしてその証拠を見つめた。横に座っていた皇后も顔色を変えている。


「叔父上、口を挟むのは後だ。さあ、クロエ、続けてくれ」


 オスカーは早く喋れといわんばかりにクロエに(あご)をしゃくった。

(はいはい、忘れないうちに全部喋ります)

 緊張している気持ちも察してほしいと思ったが、忘れる前に話さなくてはいけない。

 今喋っている内容は、毒の種類や自分が思いついたこと、事件の流れ一連をイリアスが原稿にしてまとめてくれたものだ。

 その中身は膨大で、幾ら記憶力に自信があるクロエでも、早く喋らないと忘れてしまいそうだ。


「残念ながら、二人が食べたケーキが原因で死亡したようです。

 とりあえず、この証拠はこちらに置いておきます。

 次に、こちらのお菓子です。かなり日にちがたっていますが、これは、警察が押収し保管していた皇帝陛下暗殺未遂事件の時に出されたお菓子全種類です。

 この中には麦角菌という田舎では良く見る麦に発生する病気、麦に着く黒い粒状の物なんですが、それが混入されていました。

 この菌は神経毒で、今の皇帝陛下と同じような症状、もしくは命を落とすこともあります。

 田舎では麦にこの菌が付いたら速攻その麦とその周辺の麦は焼く、というのが大抵は常識になっているものです。

 それで、先ほどこのお菓子も調べたのですが、このお菓子と今日あたしが学院で調べた、皇帝陛下暗殺で使われた菌は同じ地方の物だと分かりました。

 報告書ではお茶とありましたが、お菓子に入っていたのが正しいのではないか、お茶なら、陛下が倒れた 後、あとから目眩ましとしてポットやカップに混入された可能性があります」


 淡々と説明するクロエやその説明を聞きながらじっと周囲を観察しているオスカー側の男四人に対し、説明された内容に動揺し顔色を変えている反対側の席。

 きっとオスカー達が睨みつけていなかったら、喧々囂々(けんけんごうごう)とクロエやアルマを質問攻めにし、「皇后陛下を疑っているのか?」と糾弾(きゅうだん)しただろう。


「続いて別件の話をします。


 薬師十四人が死亡している事件ですが、彼らにはアマルーテ学院卒業という以外に、前日ライ麦パンを食べていた、という共通事項が上がっています。

 警察には幸い犠牲者の中の二名分、そのパンが証拠に保管してありました。カビがすごいですが、この中に、同じ麦角菌も発見されました。

 他の十二名は分かりませんが、明らかに二人は殺された可能性が高いということです。

 さて、そろそろ本題に入りたいと思います。

 先ほど、警察庁長官の傍に控えるあの賢い犬がこの袋を見つけてきました。王弟殿下が紹介した女官が持っていたという毒物の入った巾着袋。

 この生成りの巾着袋、女官から発見された後、見たことがあるのは警察官の方々と皇太子殿下のみのはずだ、と長官から伺いました。

 ですから、今回の内密の件に協力したエリスフレール王国王子、アウシュリッツ公爵、マリウス准将は別にして、残るは犯人しか知らないということいなります。

 もう一度言います。この袋を渡して貰った時部屋にいた方は、倒れていた三人以外は内務大臣殿、ヘルネ姫、アウシュリッツ公爵家の騎士のハインツ様とイーヴ様ということになります。

 ですが、これは奥宮の王弟殿下の部屋の近くに庭に落ちていたそうです」


 未だに強烈な匂いがしみこむ深緑というか腐った緑に変色した巾着袋が皆の目の前に差し出された。


「馬鹿なっ、こんな袋を見たのは初めてだ」


 興奮した王弟は立ち上がって抗議しようとした。


「落ち着いてください。

 落ちていたと申し上げただけです。それに、この犬は直接殿下の庭に行きませんでした。

 確かに、王弟殿下の庭に袋は落ちていました。けれどその前にこの犬は王宮に入り、この袋に入っていた木の筒を見つけました。きっと匂いが移ったのでしょう。

 この中身はあたしが今日お婆ちゃんに頼まれたナツシロギクという薬草を煎じたものです。

 これはヘルネ姫、貴方のお部屋から発見されました」


 皇后、王弟への疑惑だったはずが、いきなり予想外の名前を出されて、オスカー側四人と向かい側に座っている皆は一瞬声を失った。


「まさか?」


 沈黙の後、驚愕の目が一斉にヘルネに向けられる。


「嘘よ、きっと濡れ衣だわ。誰かがわたくしを陥れようとしているのよ」


 名前を挙げられたヘルネはショックと怒りのあまり顔色が青を通り越していた。だが、そこで同情していては、事件は解決しない。


「そうです。その可能性があると思いました。

 長官、お願いできますか?」


 目線で長官に打ち合わせ通り合図を送ると、横に伏せていた犬が一気に走りだし、ヘルネに飛びかかった。

「いやあ、何をするのっ。わたくしに犬をけしかけるなど、無礼な。

 わたくしを誰だと思っているの!」


 吠える犬を払おうと「どかせなさい」と叫ぶヘルネ。


「残念ながら、やはり、貴方が犯人の可能性が一番高いです。

 この犬にはこの筒に入っていたナツシロギクの匂いとこの賊が死んだ原因のパンの匂いを覚えさせました。


 両方の香りを貴方が身にまとっていた、つまり関わっていたことになります。

 つまり毒入りのケーキを触り、かつ、筒の中身を確認したということです」


「馬鹿なことを言わないでっ、オスカー」


 犬は指示されない限り噛みつきはしないが、ずっとヘルネにまとわりつき吠えている。


「無理だな。昨日お前がよこした菓子の中からも毒物が検出されたよ。

 いくら皇族が作った菓子だから毒見されない、と思ったら大間違いだ。

 あの事件以来茶会もなかったし、菓子は特に俺は好きではないから、機会がなかったのだろうが、殺そうとした理由は何だ?」


「理由ですって?」


 憤怒の形相のヘルネは覚悟を決めたのか、思ったよりも早く罪を認めた。


「婚約破棄を考えている方が何をおっしゃるの?」


「不満って身に覚えはないのか? 

 俺以外の男たちがいるじゃないか。

 ただの崇拝者だったら別にかまわないが、枕を分かつ気はないんでね。

 今日死んだ六人の賊。君が気にいっていた男娼館の男たちだ、と裏が取れたぞ」


「男娼?

 なんですと!」


 美しく、地位も名声もある女性なのになぜとクロエも思った。

 淑女の典型とも思われるヘルネがまさか、男娼とは。


「将来皇后になる人間にはそれなりの人格と知性が必要だ。美しさや野望じゃない。

 それに父が婚約解消に出たことで今回の騒ぎか?

 まあ、どちらにしても、俺は結婚する気は無かったし、母上が安心するならしばらくはいいかと思ったんだが、とんだ野心家の疫病神だった」


「わたくしは皇后の地位を手に入れる、そのために彼まで殺して。

 その証拠を消すために薬師達も殺したのに、結婚する気はないとは!」


 これが先ほどまでの美しい美姫ヘルネかと目を疑う姿だった。吠える犬を避け、隣の大臣を突き飛ばし、入り口に走り出す。

 だが、口を守っていた憲兵隊長と精鋭部隊の隊長が任務遂行のため、無言のまま暴れるヘルネを取り押さえ、そしてそのまま喚き散らすヘルネをひきつれて部屋を退出した。


「これにて一応一件落着だな。長い一日だった」


 クロエはオスカーに、もういいでしょう? と言うように目線を送った。


「ああ、ありがとう。クロエ。

 長官、今の自白は有効だな?

 ヘルネを逮捕してくれ。容疑は皇帝暗殺未遂と一連の件だ。

 ただし、今日のお茶の毒は一応俺達の自作自演だからそれは罪状には入れられないと思っていたが昨日のケーキにまで毒が入っていたとはなあ」


「自作自演?

 どういうことですか、殿下っ」


 さすがに自作自演と言う言葉を聞いた皇后達は、今回の一連の犯人の正体の驚愕とさっきまでの疑われたショックも相まって物凄い怒りの剣幕になっている。


 オスカーは怒りがおさまらない三人をなだめなくてはならなくなった。

 頭をかきながら今度はオスカーが一生懸命説明をし始めた。


「ふとひらめいたんだよ。

 警察から証拠の毒が俺のところに来たって知ったら犯人は動かないかとね。

 でもって試しに同じ状況を作ってやろうかなって思ってな。

 それに、長官もアルマ婆さんとの文通で父上のときの菓子に毒が入っているかも、って教えてもらったんだろ?」


 さっきオスカー達も知ったばかりだが長年のアルマの文通相手の一人はこの目の前の警察庁長官。

 長官は自分に話が振られたことで、怒りの矛先が自分に向いては困るとばかりに目を白黒させて、「わたくしはこれから容疑者の取り調べに向かいます」とさっきクロエが使った証拠品のトレーを持ってすたすたと逃げ去って行った。


「皇太子殿下も辛かったと思うよ。

 実の母親まで疑わなくちゃいけなかったんだから。

 あたしも皇太子から来た手紙を読んで、手作り菓子には注意しろって言ってあったんだ。

 ま、これで一段落さ」


 ほっと一息ついたアルマは、あくびを噛み殺し伸びをした。

 

「ああ、まさか婆さんたちがついて次の日に解決するとは思わなかったな」


 添えを見てマリウスが苦笑いを浮かべながら同意する。


「長引くよりはいいだろう?

 しかしまあ、今回の事件のせいで小麦を使った菓子や料理を見るたびにぞっとしてしまいそうだね」


「俺はクロエ達ととった薬草の臭いの方がトラウマだよ」


「何言ってんだい。あんたらみたいな若い奴は、怪我しない限り滅多にあの薬草なんて使わないよ。

 あー、本当に疲れたね。

 着いて早々こんなに早く解決できるとは思わなかったからよかったものの、年寄りには少々きつい忙しさだったねえ。

 今日はもうこれくらいにして休ませてほしいくらいだよ」


 よっこら所と席を立とうとしたアルマに学院長が声をかける。


「いやいや、事件の犯人は分かったが、今日わしらを呼んだ理由は何だったんだ。

 公爵殿の部下はまあ護衛だからいいとしても、典医殿やわしがいなくてもよかったんじゃないか?」


 無関係に近い学院長や典医は犯人逮捕に納得はしたが、自分達が呼ばれた理由が分からないという顔を見てマリウスが説明した。


「ああ、事件で万が一医学的見解とか言われた場合のためさ。あとは別件。

 今回の件で婆さんの知識はえらい役に立ったし、クロエもこのまま田舎に戻すのは惜しい才能の持ち主だと思って、離宮からの帰り道、皇太子がクロエを特別にアマルーテ学院に入学させると決めたんだ」


 それに学院長は髭をなぜて納得した。


「ああ、なるほど。

 だから学院長のわしが呼ばれたってことか」


「調子に乗るんじゃないよ」


 思いっきりぴしゃりとオラセフの頭を叩くアルマは相変わらずだ。


「あと典医殿に薬草学部の講師をお願いしたいということになったわけさ。

 今の学院の薬草学部は中味がないって評判なんだろ?

 この婆さん、教授になるらしいが、婆さん一人だけじゃ授業のコマ数も足りないそうだから、かつての教え子っていう典医殿なら何とかやってくれるだろうって、オスカー直々の指名だぜ」


「殿下が私に?」


 マリウスからいきなり名指しされた典医は目を白黒させている。


「詳しい話はオスカーから聞くことになると思うが、とはいっても、今日、オスカーはあの調子だとあのお三方にかかりきりになりそうだな」


 皇太子としての顔ではなく、ただただ、子供として、小さい頃から可愛がってもらっていた三人に謝って機嫌を取っているオスカーの姿はとても無頼な皇太子オスカー像とはかけ離れている。

 イリアスは苦笑いして、次は腹心の部下に声をかけた。


「今日は悪かったな。

 さっき話を聞いていた時自分の名前が出た時は疑われているのかと気分が悪かっただろう。捜査の一環とはいえすまなかった」


 部下の気持ちを慮って、頭を下げるイリアスに、イーヴとハインツはめっそうもない、と姿勢を正した。


「そんな、殿下が頭を下げることではございません。

 我々は自分が潔白だということは分かっておりましたから名前が出ても何一つやましい事はありませんでした」


「そうです。ハインツの言うとおりです。

 ところで、今回大活躍のクロエ嬢はどこに?」


 イーヴに言われて、ハインツとイリアスが辺りを見回す。あの見習い薬師の姿は部屋に無い。


「探すか」


 イリアスはいくら犯人が分かったとはいえ、何か起きてはまずいと少女を探しに部屋の外に出た。




読んでいただいてありがとうございます。

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