表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/25

19

 王弟の離宮とは、帝都の中壁と外壁の間の広大な草原の中にある一角で、狩りや乗馬などが楽しめるカレンデュラ帝国の王侯貴族の館が集まる集落でもある。

 その近くにはもちろん皇太子やアウシュリッツ公爵家の離宮などもある貴族の別邸が集まる地だ。


 王弟殿下の離宮は生け垣に囲まれた石造りの小さな民家のようなこじんまりとした作りでどこかアルマの家を思い起こさせる。

 狩りや乗馬の予定がない限り人はいない屋敷だが、今は多くの憲兵達が入り込んでいた。

 クロエ達が馬車を大急ぎで走らせてたどり着いた頃には、憲兵達の応急処置もむなしく大男と小男は邸の庭で事切れていた。

 「死んでしまったか。明らかに毒物だな」

 

 クロエには見せるな、とアルマが言った。

 お陰で彼女は自分を襲った二人の亡骸(なきがら)を見ることはなかったが、今日、いくら自分を襲ったとはいえ、人がその日のうちにこの世のものでいなくなる恐怖を感じた。

 あまりにもことが急すぎて心が追い付かない。

 オスカーを始め男達とアルマが憲兵達から状況を聞いているのが聞こえる。

 どうやら彼らはあの強烈な臭いのままここにたどり着いたようだ。

 だが、クロエが盗られた巾着袋は所持しておらず、途中落としたか誰かと接触した疑いがあるという。

 一体誰がこんな恐ろしい事を裏で指揮しているのか。

 見習い薬師とはいえ将来薬師になろうとしているクロエには犯人の薬を使って人を害するという行動が信じられなかった。


 薬は人を治すもの、役に立つもの、ありがたいもの、という幼い頃からの概念が帝都に来て一気に吹き飛んでしまった気がする。

 クロエは二人が見つかったという厩に向い、庭に咲いていた花を手折って、(わら)が積んである場所に手向けた。

 今日のあの瞬間は思い出すだけでも足がすくむ。本来なら花など献花したくないが、そこまで憎んではいけない気がする。それに今日のあのときで、自分がいかに田舎育ちで危機管理が薄かったか教えてもらったと考え方を変えればそう思えなくもない。


「クロエ」


 厩で立ちすくんでいると相変わらず矛を持ったラキュリスが現れた。厩の方に行くクロエを見かけて念のためついて来たのだ。

(花を手向けたのか。あんな目にあわせた奴等に対してまで……)


「あの人たちは何のために生きていたんだろうね。

 悪事のために働いて命を落とすって、理解できないよ。

 お金かな、権力かな。それともなんだろう。

 悪いことしている人に仕えるって言うことが分からないあたしってやっぱり子供?

 なんかね、あたし、薬師って仕事、お婆ちゃん見て育ったからずっと思っていたけど、人の役に立てる仕事だと思っていたの。

 病気になった人が治って、喜ばれる。ただそれだけに憧れたけど、ここに来てから毒ばかり。

 でも、薬師は毒も解毒出来なきゃいけないって言われて、頑張ってみようと思ったけど、こうやって悪用して死んだ人が出ると、頑張らなきゃって思いがどす黒いものに塗りつぶされちゃう」


 田舎から帝都、知らない人ばかりの屋敷での滞在、しかも今まであったことがない身分の人間。状況変化について行くのも精いっぱいだろうに、こんなことにまきこまれて可哀想にとラキュリスは思う。


「だが、ここで頑張らないと、犯人は捕まらないぞ。

 といっても、君が頑張るんじゃなくて、大人達が頑張らなきゃいけないんだが。

 しかし、この中もあの薬の匂いが残っているんだな。

 作った薬がこんなことで大活躍するとは思わなかった」


 クロエの沈んだ気持ちを(おもんばか)って、話を変えるラキュリス。


「本当だ。まだ少し匂いがするね。

 ん?

 王子、あそこに落ちている物って何か食べ物?」


 何かを目ざとく見つけたクロエが乾草(ほしくさ)の上に転がっている何かの欠片(かけら)を指差した。

 指差した方向にラキュリスが近寄って地面に屈みこみ、じっと見据(みす)える。


「これは!」


 乾草の上に落ちていた食べ物。それにラキュリスは見覚えがあった。

 蜂蜜入りの砂糖がけのパウンドケーキの欠片。これはただのパウンドケーキではない。砂糖がけの部分に独特のピンクのアイシングが入っている。

 ラキュリスは手が汚れないように携帯している懐紙でそれを拾った。

(これを作れるのは・・・・・・)

 思い当たる顔が浮かんできて、ラキュリスは首を横に振った。

 だが、見つけられた物はしっとりとした感触で最近できたものだろう。もし、それ以上前ならこのような状態ではないはずだ。


「まさか、ありえない。

 どうしてこんなものがあるんだ」


「いや、それがあり得るんだ、ラキュリス。

 よくこんな物が見つかったな」


 厩に現れたイリアスはどこか辛そうな表情でラキュリスの肩に手を置いた。


「クロエが気付いたんだ」


「そうか、クロエ、お手柄だね。これで事件は解決する」


 お手柄だね、と言いながらも、その言葉はどこか心がこもっておらず、イリアスの目もどこか悲しそうだ。


「さっき、アルマが遺体検分して、彼らの爪と指に付着した小麦粉を使ったパンのような食べ物と、口の中に残っていた物体に毒が含まれている、との見解を示した。

 意味が分かるな?」


「じゃあ、これは」


「そう。今からアルマの許にこれを持っていくが、おそらく重要な証拠になる。

 どうして彼らが、このケーキを持っていたか、それは俺にも分からない」


 イリアスが茫然としているラキュリスの手からその証拠を取り、アルマの許に行くために厩を去った。

 だが、ラキュリスは茫然自失となって全く動かない。

 クロエの中でラキュリスは自信満々の優雅でクールな王子、という印象が出来上がっていたのに、今の目の前の彼は泣いてしまうのじゃないか、と思えるくらい辛い顔。


「そうだとしたら、オスカーが一番傷つく」


 振り絞るような声。

 こんな辛そうな顔をさせるなんて、とクロエの胸の中は切なく哀しくなった。


「王子? ラキュリス王子?」


 全然動かないラキュリスが心配で、さっきのパウンドケーキの欠片のことも疑問で声をかけたが、彼は取り付く島もなくその場を去った。

(あたし、余計なことしちゃったのかな)

 一人その場に残されたクロエ。

 あの欠片を見つけた結果、ラキュリスにあんな悲しい顔をさせたことが辛かった。

(……あれ、あたし、どうしたんだろう)

 クロエは知らぬ間に自分の頬に涙が流れていることに気が付いた。


読んでいただいてありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ