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「お婆ちゃん。

 腰痛の薬はマリウスが作って、精油は王子がやってくれたの」


「そうかい。で、あれはどうだった?」


 周りがいるのに聞くの? 

 と顔を見上げると、アルマは「構わん」と一言「毒だったか?」と聞いてきた。

 聞かれれば(うなず)くしかない。その言葉を聞いたラキュリスとマリウスの視線が痛い。


「東の黒パンだったよ」

「そうか。なるほど、ありがとうクロエ」


 黒パン、というのは麦角菌の二人の暗喩(あんゆ)

 麦に黒い粒が付くので黒。麦はパンの材料なのでパン、という安直な考えで付けた言葉だ。


「それで、お婆ちゃんはもう大丈夫なの?

 公爵様や皇太子殿下は?」


 まだ、毒の解毒作用で眠っている、と思った二人に目を向けると、琥珀の瞳と青い瞳がクロエを(とら)え、その上二人はむくっと起き上がり、マリウスとラキュリスのこめかみに青筋が現れた。



 人払いが続けられる奥宮の中。 

 豪奢(ごうしゃ)な来客用絨毯とクッションに座る男四人とクロエとアルマ。

 ここでは対外的には「皇太子と公爵、そして公爵が連れてきた来客の老婆が倒れて寝ている」ことになっている。


「分かるように説明してくれないか?」


 むっとしているラキュリスにマリウスも乗っかる。

 今日の午前中の奥宮の事件はどうやら三人の計画的犯行だったらしい。

 騒ぎの後には青息吐息だったイリアスもオスカーも今ではピンピンしているのだ。


「そうだぞ。俺らには何の言葉もなく、何を企んでたんだよ。

 俺達はさっきまで学院で一生懸命薬作って、変な奴らに襲われて。

 お前ら、一回そこの中庭の池に頭沈めるぞ」


「それはあたしも沈めるってことかね」


「婆さんはさすがに」


 ジロリと睨まれて言葉を詰まらせる。どうやら憎まれ口が叩けるほど回復しているようだ。


「すまなかったね。

 ちょっと色々悪いやつをあぶり出すためには仕方がなかったんだよ」


 クロエにはさすがに良心が痛んだのか、すまないねえ、と何度も謝る。


「お嬢さん、すまなかったな。俺がアルマ婆さんに今回の件を頼んだんだ。

 俺達三人以外この茶番劇を知らせてなかったものでね。

 俺はオスカー。この国の皇太子だ」


 座っているクロエの前に跪き、先ほどヘルネが来訪の際にラキュリスとマリウスが行った貴婦人相手への挨拶をするオスカーに、慌てて手を振るクロエ。雲の上の方である皇太子殿下に頭を下げられてはたまらない。


「あの、頭をあげてください」


 ヘルネに行われた挨拶を見て少し羨望(せんぼう)を感じたのは間違いだった。

 毎回こんな風に挨拶されていては恥ずかしくて仕方がない。

 きっと王侯貴族の娘という者は並大抵の神経では務まらない。


「で、何か分かったのか?

 私がせっかく火を熾して熱い目にあいながら薬を作る手伝いっていうのも徒労(とろう)に終わらせるというのではあるまい?」


 さすがにラキュリスも怒っている。

 先ほどから物凄く表情が硬い。


「しかも、まさかクロエが毒を調べていたとはな。

 クロエに悪気はないとして、我々の気分がいいとは思わないだろう」


「ラキュリス、許せ。

 でも、これは俺一人がずっと疑っていたことで、確証がなかったことだった。

 だからなるべく秘密裏にやりたくて、ダリルも秘密にした。

 あいつは俺達が飲んだ毒の効果が薄かったと思ってる」


 マリウス達の怒りに肩をすくめたオスカーが今までの思ったことを語りだした。

 まずは皇帝陛下の毒殺未遂の時のことを。


「確かにあの後、犬が茶を舐めて茶に毒が入っていたと分かったが、そのお茶はティーポットのものだった。

 自分も周りの人間も同じ茶を飲んだが父だけ倒れたことがおかしい。

 その場に毒を持っていた女官は居なかったのだから。そこで捜査が行き詰っていた。

 もし、器に毒が塗られていたのだとしたら、茶会に使われた器は誰にどの器が行くか分からない同じ物だったはず。

 だったら犯人はその場で誰も見ていない時に器に毒を混ぜたのか? そんな危険な確率を犯人がした理由は何か? 

 他に何か見落としていないか、と俺も一緒に調べた時に気が付いた。

 その時出された菓子だ。甘党の父が好んで食べた砂糖がけのパウンドケーキだ。あの時、菓子を食べたのは父だけだった。それに何か入っていなかったか?

 そうなると疑うべきは菓子を作った母上かヘルネ。もしくは内大臣ダリル、王弟の叔父上の指示で誰かが材料に何か入れた、ということになるが」


「お前を小さい頃から猫可愛がりしていたダリルと婚約者のヘルネ姫はありえないだろう。お前疑いすぎだ。

 その上、俺達にまで隠し事って、いやだねえ」


 やだやだ、と手を振るマリウス。


「マリウス、敵を騙すにはまず味方から、って言うだろう?

 まあ、それで今回、アルマ婆さんを連れてくるって計画が浮上した時に、イリアスと今度は俺を(おとり)にしての犯人を捕まえる計画を練った。

 その四人が犯人であるかないかを調べるために。

 ダリル、叔父上、母上、ヘルネに俺の許に皇帝陛下に使われた証拠の毒が警察庁から内密に届けられて、 それを遠くから呼ぶ薬師に調べさせるって話もした。

で、アルマ婆さんが用意したちょっと動機とめまいが起きる薬を少し飲んでだな、相手がどう動くか、騒ぎをおこして相手の出方を見る状況を作ったのさ。

 まあお陰で計画通り周りも動いてくれた。

 ただ、そのアルマ婆さんがクロエお嬢さんに薬を渡してしまったのは計画外だったが」


「え? それは婆さんのスタンドプレーなのかい?」


 マリウスとしてはただでさえ長年の友に隠し事をされて気分が悪い上に、いつの間にオスカー達の(たくら)みに乗っかっている口が悪いアルマに対してもムカつく。

 しかも、自分達に内緒で事を、それも一歩間違えば危険な薬物の依頼を免状も持っていないクロエにやらせるなど、過去に「才女」と名声があろうが、言語道断としか言いようがない。

 婆さん、いったい何様だよ、という言葉が出そうになったが、クロエが先に口を開いてタイミングを失った。


「ごめんなさい。袋と入れ物を取られちゃって。

 麦角菌だってところまで調べて、ケースに入れ替えてね、その後、他の作業が住むまで引き出しに入れておいたからケースそのものは残っているけど・・・・・・」


 これ、と差し出した鉄製のケースを見てアルマはこんなときにも関わらず、にんまり笑った。

まるでその笑顔はおとぎ話に出てくる邪悪な魔女そのもの。

 ぞぞぞぞっと男達は背中にミミズが走った気がしたことは面子上、口が裂けても言えない。


「やっぱり、皇太子殿下。

 あんたの勘は当たっていたということさ」


 一呼吸置いてアルマが説明を続けようとしたが、今度は遠くから「大変でございます」と遠くで叫ぶ内大臣のダリルの声。


「今度は何が起こった?」


 まだ王宮では皇太子と公爵は倒れたままという状況にしておくはずなのに、寝込んでいる皇太子の部屋に駆け込もうとするなんて。

 それともそれすらも頭の中から吹き飛ぶようなことが起きたのだろうか?


「落ち着け。何があった?」


 ラキュリスが大声で問うと、中に駆け込むなり内大臣は息を切らしながら小声に戻って憲兵がもたらした情報を報告した。


「さ、先ほど、アマルーテ学院の、憲兵と、警察犬が追った賊が、お、王弟殿下の離宮(りきゅう)で逮捕されました」


「叔父上の屋敷だと?

 あり得んぞ」


 ありえん、と否定されても報告するしかない。


「ですが、それはもう強烈な臭いがする衣服をまとった男で、王弟殿下の離宮の空の厩に潜んでいたところを、警察犬に発見されたそうです」


 強烈な臭い、というからにはあの例の薬の瓶を浴びた二人に違いない。 

 その時、今までずっと黙って聞いていたイリアスが口を挟んだ。


「その賊は生きているのか?」


「いえ、公爵殿下。意識不明の重体とのことです。

 おそらく、逮捕されるのを見越して毒を飲んだのではないかと憲兵が申しております。

 奥宮にいらっしゃる王弟殿下は、今やってきた憲兵の質問に「知らぬ」と一点張りで」


 今まで沈黙を守っていたイリアスの目が光った。


「こうなってはもうだめだ。

 次の手に移ろう。我々は回復した、と周りに公表してくれ。

 事実もう回復しているのだから。

 オスカー、こうなったら急いで王弟殿下の許に行こう。

 ダリル、この憲兵達が言って来たことは誰にも漏れないように緘口令(かんこうれい)を敷けるか?」


「それはいささか難しいと思われますが、努力します」


「おい、そうなったら一番疑わしいのは王弟殿下じゃないか」


「マリウス、それはない。

 ダリル、皆と叔父上のところに行くぞッ。

 あと、表に馬と馬車を用意してくれ。叔父上の所に行った後で出かける。

 馬車はご婦人用の早がけの馬車を用意しろ」


 頭を下げたダリルを置いて一向は王弟の住む部屋に向かった。


読んでいただいてありがとうございます。

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