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 浮いたのではなく、後ろから羽交い絞めにされ、口を塞がれる。


「むっんッ、うーっ」


(嘘っ、まさか。――油断した!)

 背中に感じる大きな体。

 自分の口を塞ぐ巨大な片手と、腕を羽交い絞めにする太い腕。

 皇帝暗殺未遂・皇太子殿下、公爵殿下暗殺未遂という言葉が頭の中に浮かび上がり、一瞬で走馬灯のように色々なことが頭の中で駆け巡る。


「娘よ、薬をもらうぞ」


 巨大な体躯の男とう一人の覆面をした細身の小柄な男が目の前に現れ、クロエの服をまさぐりだした。

クロエは今、鞄も何も手荷物は持っていない。

(どうして王宮で渡された薬のことを知っているの? あの二人すら知らないのに)

 ジタバタ足をばたつかせ、何とか逃れようともがく。


「暴れても無駄だ」


 頭の上からしわがれた声がする。


「大人しくさせるか?」


 クロエの服をまさぐりだした小男が囁く。


「薬を取ってから処分だ。

 ん?ああ、この袋だ」


(この袋って、なんであたしが持っていることが分かるの? この人たちは暗殺犯の仲間?)

 小男は目的の物――クロエの腰の帯にあった巾着袋を見つけてそれをひったくる様に奪い、愉快そうに笑って告げた。


「じゃあ、やるか」 


(それって、殺される?)


 いきなり襲われた恐怖感よりも、火事場のなんとやら、窮鼠(きゅうそ)猫を噛む、という(ことわざ)があるように、クロエの心の中で一本プチンと何かが切れた。

 こんなところで、意味もなく悪い奴にやられるわけにはいかない。

 恰好なんてかまっていられない。思いっきり動く足を蹴り上げ、口をふさぐ手を思いっきり噛みついた。


「ぎゃあっ」


 ドレスを着た一見宮廷にいる娘のようなクロエがそんな行動を起こすとは思っていなかったのだろう。

 羽交い絞めにしていた男が噛みつかれた痛みで喚いた。


「この女」


 手を離した男は、怒りにまかせてクロエを殴ろうとしたのを、ドレスの(すそ)を何とか(さば)きながら何とかかわす。

 よく見れば見上げるほどの大男。

 今まで見たことがない横にも太い巨漢。このような男に本気で殴られたら頭なんて吹っ飛んでしまうかもしれない。


「マリウス、マリウスッ!

 王子、誰か! 助けて!

 殺されるっ」


 さっきまで一緒にいた二人以外でもかまわない。

 誰かが助けてくれれば、と大声でわめきながら捕まりたくない一心で逃げる。

 こんな時に前みたいに現れた王子の傍らに隠れて傍にいる護衛の人はいないの?と思って誰も現れない。

 しかも小男がいつの間にか前を塞ぐように立ちはだかった。前門の虎、後門の狼。

(誰か、気が付いてッ)

 小男が細身の剣を抜きクロエに振りかざす。

 ――刺される。


「クロエっ!」


 その時、研究室のドアが勢い良く開き、中から剣を持ったマリウスと矛を構えたラキュリスが髪を振り乱し現れ、賊二人の動きが止まる。


「俺達を襲った奴はとっくにあの世に行ったぞ」


 クロエがお手洗いに行っている間に二人も賊に襲撃を受けたことをクロエはもちろん知らない。二人がいる部屋に怪しい輩が入った様子に、護衛がその部屋に入ってしまっていたことも。

 そして賊はすぐさま返り討ちにあい、捕えられる寸前彼らは自害したのだ。


「あいつらしくじったか。

 仕方ない、この娘だけでも処分だ」

 大男が剣を振り下ろそうとした瞬間、目の前を茶色い物体が飛び、大男の頭とクロエの前の男の右肩に命中。

 その衝撃で小男はクロエから奪った巾着袋を床に落としてしまったほどだ。

 彼らの全身に中身が飛び散り、落下した瓶がバリーン、バリーンという割れる音とともに強烈な臭いが漂う。


「うわっ」


 床に割れたガラスの瓶。彼らのいる床全面にも飛び散った濃い黒っぽい緑の物体。

 これはさっきまで見ていたような気がする・・・・・・。

 命の危険を忘れ、クロエは一瞬呆気(あっけ)にとられた。

 薬瓶にこんな使い方があるのかという使い方だが、背に腹はかえられない。

 そして叫び声に気が付いた学院内の人間が数人駆け付けた。


「賊だッ、侵入者だっ」


「憲兵を呼べっ。

 婦女子の助けの声だぞっ!」


 この学院の男子は半数以上がこの学院での勉学とともに、立派な騎士となるべく士官学校に通っているため、騎士道精神がすこぶる厚い。

 その若い集団が「賊を撃て!」と怒涛(どとう)のように現れる。

 校内を警備する憲兵達が登場する笛の音が遠くから響く。

 ここまで騒ぎが大きくなっては賊としては逃げるしかない。


「くそ!

 娘は今度だ。逃げるぞ」


 周りを見渡した二人は、状況が悪化したと判断すると脱兎(だっと)のごとく走りだした。

 現実、風向きで風下になってしまっているマリウス達。

 だが、瓶が当たった頭を抱えて全身油まみれの細身の男と、緑のペーストを顔から全身に浴びている大男は恐るべき回復力、もしくは意志力で回復した。

 普通の人間ならその臭気と、ぶつけられた瓶の痛みで隙ができるはずが、すぐさま体勢を立て直し、落とした薬まみれの巾着袋を拾い上げ、再び逃げ出した。


「嘘だろう。すぐ動けるのか?

 この臭いは混ざると殺人犯級なんだぞ」


 使っておきながらひどい言い草だが、マリウスの驚愕(きょうがく)も分からなくもない。

 眩暈(めまい)を起こしてもおかしくない香りなのだから。

 投げた当の本人達が匂いで動きが遅れていては情けないというものだ。

 事実、助け船に現れた学生達が驚異の刺激臭でどんどんあとずさっている。マリウス曰く、ある意味科学兵器と言わしめる匂いだ。


「逃がすかっ」


 二人は言うよりも早く行動を起こした。二人が動けば憲兵達も動かざるを得ない。後をついて行くように赤い憲兵服の男達が付いて行く。

 だが相手も手強く、振り向きざまに煙を出す火薬玉を投げ捨てる。


「危ないっ」


 爆竹のごとき派手な音を鳴らし、狼煙(のろし)のような煙が上げる。


「准将、王子殿下、それ以上は危険ですっ。

 あとは我々が追います」


 憲兵達の制止により二人はそれ以上追うことは止め戻ってくる。

 だが、このまま引き下がるのは(しゃく)に障ったラキュリスは今の匂いでひらめいた。


「あいつらに着いた薬の匂いで警察犬に追わせよう」


「なるほど。その手があるな。

 ・・・・・・犬にはかわいそうだが」


 一応薬なのに物凄い言われようだと内心クロエは思ったが、実際今漂うこの目が痛い薄荷のような刺激臭と、植物の独特な濃い匂いが混じりとてつもなく強烈だ。

 そして犬には悪いがと、憲兵に警察犬を放つ指示を出したのであった。


読んでいただいてありがとうございます。

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