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 クロエは自分にまつわる話をラキュリスに話した。

 両親の話を他人に話したのはマリウス以来初めてかもしれない。これでラキュリスには「薬師になりたい」という夢と「父親に会いたい」という夢の両方を伝えたことになる。


「見せて」


 短刀をするりとクロエの手から取り上げたラキュリスは、じっくりとその野ばらの模様に囲まれている小さな紋章に目を向けた。

 金銀財宝に見慣れた王室育ちのラキュリスでも感嘆するその繊細な細工。このような細工の短刀を持っていた父親とは何者だ?


「これを見たことがある人物は?」


「お婆ちゃんとマリウスだけ」


 いくら薬師といえども「才女」で知られたアルマで分からず、生まれた時から帝都の王宮で育ち各地を見回る軍人であり役人でもあるマリウスが分からないというのは珍しい。


「なるほど」


 あの二人がもし、万が一この紋章を知っていて黙っているならうかつなことは言えないとラキュリスは感じた。

 あとは、話を聞きながら、もし自分がクロエの父と同じ立場なら、騒動が終わった後、よほどの重病もしくは怪我にならない限り、婚約が決まった相手をそのまま捨て置くことはないだろう。婚約者を探しに旅に出たクロエの母と入れ違いになったか、それとも道中の事故か、家の問題で事件に巻き込まれてすでにこの世にいないのか。

 それとも家がそれなりの家でクロエの母では受け入れられなかったか、もしくはすでに許嫁がいたなどして探しにいけなかった訳があるのか。

 ただ、クロエが父を知りたいと思っているのなら全ての可能性をと閉ざしてしまうのは可哀想だ。

 イリアスが紋章に詳しいことは王宮内の人間ならほとんど知っていることだ。差し障りない情報として与えよう。


「イリアスに見せれば分かるかもしれないな」


「何でですか?」


(なんでそこに公爵様の名前が出てくるんだろう)


「あいつは紋章学を専攻していたからだ。

 私も詳しく知らないが、これは、家紋ではなく、おそらく個人が使う私用紋を簡略した物だ。

 父親に関する手がかりが分かるかも知れないぞ」


「本当? 本当ですか?」


 ラキュリスの言葉は、長年父親を探さなくてはという母親の悲願を胸に秘めていたクロエにずっしり響いた。


「ただし、あいつの記憶に残っていたらの話だから、あまり期待するな。

 それに今、あの状態では」


 ラキュリスは苦笑いして、山になっている摘んだ薬草を眺める。


「あいつに元気になってもらってからだな」


「はい」


(あたし、頑張って薬作らなきゃ)

 思いっきり意気込んで今度はユーカリの木を切るクロエだった。



 やがて美味しそうな香りを漂わせた食べ物を山ほど抱えたマリウスが嬉しそうに戻ってきた。

 街で持ち帰り用の総菜屋で幾つか美味しそうな食事を買ってきたマリウス。

 ラキュリス曰く「女と旨いものにかけてマリウスの鼻は大陸一」なのだとか。


「女の人に鼻がきくの?

 どういう意味?」


 真面目に聞かれた男二人は純真な少女に妙な事を教えてはいけないと焦り、


「綺麗になりそうな女性を見つけるのが上手いってことだよ」


 と本当とも嘘ともつかない言葉でごまかす。

 花壇の水まき用の井戸からポンプで水を汲んで手を洗い、美味しそうな匂いが漂う総菜の皿を学院の中庭にあるテーブルと椅子に座って食べる。

 丸々揚げたジャガイモにバター、胡桃(くるみ)の入ったパン、牛肉とトマトと玉ねぎを煮込んだスープに、玉ねぎとパプリカの混じった魚のマリネ。茹でた豆を素揚げして塩でまぶしたお菓子。

 王子という身分でありながら、自分達と同じテーブルを囲み、素朴な庶民の総菜に舌鼓(したつづみ)を打つラキュリスの姿がクロエには不可思議なものとして映る。


「王子って、こういうお庭で普通のお惣菜食べるのって大丈夫?」


 とクロエの疑問にラキュリスは高らかに笑った。


「確かに普段あまりしないが、学生だったときは周りのみんなと下町に食べにいったかな。

 それに今でもその経験を生かして、街に視察を兼ねて食事に行くぞ。

 特に帝都は気軽に出歩けるからな」


 こういう話を聞くとラキュリスは近寄りがたい高貴な見かけとは裏腹に、人当たりがよくて親しみが持てるな、と思う。

 きっとこういう人が上に立つと国は上手く治まると思う。

 クロエは聞いたラキュリスの夢を思い出し、王子が民衆に尽くす立派な王になる姿が容易に想像できた。

 王子は姿だけじゃなくて中身も素敵な人でよかったとつくづく実感する。 

 三人は胃を満たした後、クロエの指示、正確にいえばアルマの指示通りに動いた。


 以前アルマが使っていた道具は、そのままの状態でアマルーテ学院にあることは、昨日彼女自身がやりあった学院長の口から聞いたらしく、その部屋を使うことにした。


「どうして、俺らがここを使える許可がすぐ降りるんだろう」


 と学院の教務課で部屋の使用許可を取っているときに、ぼそっと呟くと、横で聞いていた用務のおじいさんがマリウスに訳知り顔で答えた。


「アルマ先生が二十年ぶりに使いたいって手紙が昨日教務課に届いてねぇ。

 その時にアルマ先生が来れない場合はあんた、灰色頭のマリウスさんかクロエって名前の女の子が行くって書かれていたのさ」


 昨日手紙が届いたということは、村から出発する前には出していることになる。

 恐るべき手の回し方だぜと舌を巻いたマリウス。

 研究室の鍵を持ってきた職員から


「ずっと開かずの間でしたから、空気の入れ替えしないと埃だらけですよ」


 とありがたい忠告を受け、三人はその研究室に向かった。

読んでいただいてありがとうございます。

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