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クロエの母の生まれはアウシュリッツ公爵領・カレンデュラ帝国から見て、この大陸一高いというアマルーテ山脈を越え、さらに国を幾つか越えた、遥か東の彼方の大国ウィンバー王国の持つ島国、海の向こうにある島国ルームである。
そこで親子二代の大恋愛がクロエの珍しい容姿を生む結果となった。
母方の祖父の黒髪と父親の瞳の色を。
ルームは大陸の極東にあるウィンバー王国と海を隔てた先にある小さな島で、金が取れるウィンバー領の特別区。
この大陸カレンデュラの名前を冠する大陸最強といわれるカレンデュラ帝国の首都は、昔からずっとその華やかな街と高度な文化から各国から留学生が集まる街。
クロエの祖母も帝都へ留学中に、ルーム島から留学していた祖父と会った。
祖母はウィンバー王国への旅行中、里帰りでルーム島に戻った祖父と再度出会い恋に落ち、駆け落ち同然で結婚した。母方の祖母はアウシュリッツの東隣のミラルール公爵領の裕福な家の出身だったそうだ。
母イレーヌの話では祖母は髪の色は黄金色で琥珀色の瞳。
祖父はルーム島民の特徴を表した浅黒い肌に黒髪、青紫の瞳の持ち主で、母イレーヌは瞳の色は祖父に、髪の色と肌は祖母に似た。
そしてその二人の娘も恋に身を焦がしクロエを産んだ。
母イレーヌは故郷のルーム島の美しい白い白浜に流れ着いた騎士と恋をしたという。
海賊に襲われ、海に落ちながらも奇跡的に流れ着き、浜に倒れていた父を散歩途中に見つけ看病したのがイレーヌだった。
父はクロエと同じ瞳の色で、アウシュリッツ公爵領のある地方人特有の金の筋が入った琥珀色の瞳だったそうだ。
父は意識を取り戻すと、西の国の要職に就く騎士だといい、名をエドガーと言った。
ウィンバーの港から西へ向かうはずが、嵐の影響で船の重要な帆が折れた挙句、東へ流され、さらに海賊に船を襲われ、海に落ちたそうだ。
だが、エドガーは運が良く流れ着いた。
回復したエドガーは、意外にも手先が器用な特技を披露し、島の重大な資源の一つの海の幸に関して重要な船の修理や、改良、網の補修や、果ては島民の家の補修なども手伝った。
そうやって一年余り過ごした。
その間にエドガーとイレーヌは恋に落ちる。
彼は自分が海岸で打ち上げられていたときに身に着けていたものの中から、宝石で細かく細工が入った短刀をはじめ、二の腕にはめる腕輪や、マントを止めていたピンなどを、自分が持っている財産だから、とイレーヌに託した。
今その短刀はクロエが身につけているが。
二人が婚約の品を買いに、東のウィンバー王国の大都市に行った時、宿で吟遊詩人と出会ったのが両親の別れの始まりだった。
吟遊詩人から何かを聞いたエドガーは、イレーヌに「紛争が起きた。祖国の危機だから行ってくる」と故郷へ旅立った。
エドガーが旅立ち、数週間後、イレーヌは体の異変に気がついた。
彼女は意を決し、大陸の状況が戦火であろうが道中が危険であろうが、伴侶の許に行こうと、自分の両親を説き伏せ、生まれてから未だ見たこともなければ、足を踏み入れたこともない都市を探して行くことに決めた。「水と緑が豊かな場所で、人々は君と同じ金色の髪をしている」というエドガーの話してくれた故郷の話のみが頼りだった。
目星をつけたカレンデュラ帝国の母の祖国であるミラルール公爵領やアウシュリッツ公爵領、もしくはエリスフレール王国を目指し、身重の体で旅に出た。
エドガーの風貌を聞きながらミラルール公爵領を過ぎ、アウシュリッツに入ったこの村で産気付いた。
そのイレーヌを助けてくれたのが、アルマだったのだ。
アルマは旅装束のイレーヌを慌てて家に連れ帰り、出産させてその後も面倒を見てくれた。
イレーヌはアルマのところで働きながらクロエと名付けた娘と一緒に暮らすことになった。
だが、その生活も長くは続かない。
イレーヌは幼いクロエを残しこの世を去った。
ある年、大陸中で風邪よりも何倍も恐ろしい流感が流行った。村人も力ない年寄りや子供がバタバタと倒れ、働き盛りの世代も倒れた。
幸いクロエには移らなかったが、イレーヌは薬を届けた先で菌を拾い、そのまま発熱。アルマの薬の効果もなく他界した。クロエが七つの頃。
母親の最後の時の姿は良く覚えている。
土色に変わった顔色。艶を失った金髪。力のない瞳。
ただ、最後までクロエに父との恋物語を話した母親。
「エドガー、貴方の父親はきっと、あたしと貴方を待っているの。
だから、彼に会いに行かなくちゃ。
貴方の顔を彼に見せて・・・・・・」
それが母の最期の言葉。
その時に渡された父親の物だという幾つかの物は今でも肌身離さずいつか、母のためにも、父を見つけたいと思っている。
父がもしまだ生きているのだとしたら、聞きたいことが山ほどあるのだ。
読んでいただいてありがとうございます。