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「全く、人使いが荒い婆さんだな」
三人それぞれ作業のために身支度を整え、今アマルーテ学院の中庭の一角にいる。
マリウスが、ラキュリスが抜け出すクロエを捕まえてくれたおかげで余計な気苦労を増やさなくて済んだと ほっと一息つきながら、指定された薬草の花をしゃがみながら切っている。
「こんなことがあったんだから、今後は絶対単独行動はするな。
ラキュリスがお前の行動に気が付かなかったらと思うと寿命が縮む」
初めてマリウスに怒られてしゅんと肩をすくめるクロエ。マリウスが怒ったのは自分の身を心配したからだと思えば仕方がない。
あの綺麗な姫君と会話しているマリウス達の邪魔をしたくない、と思って行動したのだが思慮が足りなかったらしい。
ラキュリスは作業のためにいつも持ち歩いている鉾は従者に預けてマリウスと同じようにしゃがみ込んで薬草を摘んでいる。
ここは昔アルマが薬草を植えたところらしく、変わってなければまだ生えているものもあるだろうと言われてきたのだ。
「ごめんなさい。
取って来いって言われたから、学院に一人で行けるかと思って
それに、あの綺麗なお姫さまもいらっしゃったし、忙しいかなと思って」
そう言われればヘルネが来ていた事を思い出した。
間違ってはいたが、彼女なりの気遣いだったのかもしれないと男二人は苦笑いを浮かべた。
「でも、一人で行ったら別の意味でも危険だったぞ。
今日の学院長のこと忘れたのか?」
う言われて一気に顔が真っ赤になるクロエ。
そう言えばここにはあの学院長がいた。
「ん? 何だ、ラキュリス。その学院長ってのは」
今朝の事件はそういえばまだ誰にも話していなかったなとラキュリスは、緊張をほぐすべく、立ち上がって伸びをした後、今朝学院を訪問して真っ先に起こったことを面白おかしく話し、マリウスは大笑いした。
「目に浮かぶ。
だからさっきあの爺さん、薬草取りの許可を取りに来た時あんなにビビっていたのか」
今日、初めて相好を崩し、腹を抱えて笑うマリウスに、その声で中庭の傍を通っていた休み時間の数人の生徒達は目を丸くして通り過ぎる。
普段、中庭でこんな草取りしている人間なんていないのだろう。
「ってことは、まだあの爺さんにはさっきの事件は耳に入っていないみたいだな」
「ということだな。それも時間の問題だと思うが」
二人の会話を横目に学院の中庭で自生している薬草をじっくり識別して摘んでいる。
今回頼まれた種類は全部が全部腰痛の薬なんてものじゃない。
余りの種類の多さにクロエ自身ちょっと過去に覚えた知識が本当にあっているか若干不安になるほどだ。
「しまった、昼休みだ。
どおりでさっきからジロジロ見ながら通り過ぎる学生が多いと思った。
ラキュリス、クロエ、何か腹の足しになるもの買ってくるからここにいてくれ」
遠くから香って来た、おそらく校内の学食の匂いに気が付いたのだろう。
「腹が減ったら戦はできん。俺が何かうまいもの探してくる」
と、意気揚々(いきようよう)と出かけて行った。
「クロエ、朝見た正面校舎の花壇の物もいるのか?」
ちょうど月桂樹の枝を短刀で切っていたクロエの傍にラキュリスが声をかけた。
まさか近くまで寄ってきているとは知らず作業を続けるクロエ。
パチリ、とナイフの切れ目によって折れる枝。
「クロエ? この刀は君の物?」
クロエが気付かないうちに、足元に摘まれた薬草の山に置いた短刀の鞘を手に取っているラキュリス。
細工をじっくりと目を凝らして見つめている。
「はい」
「へえ。すごく繊細な野ばらの細工だね。
私の鉾やイリアスやオスカーの剣みたいな細かさだ」
「でも、石は入っていませんよ」
「この金細工の細かさが職人の腕なんだよ」
「あたしの父親の物だって、死んだ母が言っていました。
あたし、お父さんに一度も会ったことがないんですけど、いつか会うために母親から渡された父親の物を身に付けているんです」
分不相応に見える素晴らしい細工の持ち物が自分のものだと説明するためにというより、自分の両親の話を聞いてほしい気持ちが勝って、小さい時に母親から聞いた話をラキュリスに語りだした。