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夢の内容

 ――リンちゃん、いづも商店行こうよー……!!


 ……あれ? 今、誰かの声がしたような……。気のせいかな?


「ねぇ、リンちゃん!! 聞いてる!?」


 違う、気のせいじゃないぞ。僕は今、小学生くらいの女の子に、めちゃめちゃ腕を引っ張られている。……痛い。


「えー、昨日行ったばっかりじゃんかぁー!!」


 さもめんどくさそうに答える僕。いやいや、そんな露骨な態度とらなくても……と思うけど、自分の思っていることと実際の行動が連動しないのだから困る。でも、僕もだいぶ幼い姿のようだし、色々仕方ないのか。


「今日も行く!!」

「いいよぉ暑っちいし! 今日はウチでゆっくりしようぜぇー」

「えー、行く!! うまかバー食べたい!」

「またソレ!? あんなのそんなに高くないんだから、昨日まとめて買っちゃえば良かったじゃん!! なんでいつも一本ずつ買うんだよ!?」


 相変わらずつっけんどんな物言いするよな、この頃の僕。女の子が可愛そうじゃないか。一緒に行ってあげればいいのに。……ほら、泣きそうになってるよ彼女。どうするの?


「そんなんじゃダメなんだよぅっ!! エリは、いづものばあちゃんとお話したいのぉ!!」

「あー、分かった分かった。泣くな。……まったく、じゃあ行こうか?」

「うん!! ありがとリンちゃん!!」


 そうそう、そうこなくちゃ。いづも商店は……確か、この坂を下って、電柱を右に曲がって……。


 夏の日差しが照りつける砂利道を、ひたすら歩く。それにしても、本当にど田舎だなぁこの町は。田んぼとヘンな林しかない。夏は蚊が多いし。……あ、ついたついた。まったく、あの子ったら走り出しちゃって。よっぽどいづものおばちゃんに会いたかったんだろうな。


「いづものばあちゃん!! うまかバー買いに来たよー!!」

「おやおや、いつも元気で頼もしいねぇ。エリちゃん見てると、こっちまで元気が出てくるよ」

「あはは、エリもばあちゃんと話すと元気出る!! あのね、こればあちゃんにあげるね!!」

「ん? なんだいこれは?」

「ビー玉!! エリの宝物!!」

「おい、また変なものあげてるのか? ……あの、いつもすみません」


 ようやく追いついた僕が、おばちゃんに頭を下げた。……いやいや、謝る必要ないと思う。おばちゃんも喜んでるんだから、気にしなくていいんだよ。


 それにしても懐かしいなぁ。僕にもこんな頃があったんだ。こうやって妹と一緒に……。


 ……ん? 妹? なんか変だな、何がヘンなんだろう。ええと……。あれ? 頭の中がぐちゃぐちゃになってきた……。僕は……何をして……


 ハッと気がつくと、僕の視界にはアパートの天井が映り込んでいた。……どうやら、現実の世界に戻ってしまったようだ。


「……駄菓子……屋?」


 また、おかしな夢を見ていたらしい。記憶に残っているのは、いつもの少女といづも商店という名前の駄菓子屋 (たぶん)、それから『リンちゃん』という名前の誰か。少女の名前も出てきた気がするけど、覚えてない。


 そして例に漏れず、あの切ないほど懐かしい気持ちが僕を包み込んでいた。あの頃に戻りたいのに、戻れない。……そんな感じの切ない気持ち。


「朝から駄菓子、ですか?」


 不意に降りかかってきたその声に、僕の思考が数秒間停止する。


 刹那、昨日の記憶が雪崩のように僕の頭に流れ込んできて、いっぺんに目が覚めた。……そうだった、カナちゃんと一緒に暮らし始めたんだった、僕。まだちょっと信じられない。むしろ、こっちが夢みたいだ。


「あ、いや……。誰かと駄菓子屋に行く夢を見ててさ……」

「駄菓子屋……ですか?」

「うん。えっと、確か……」


 ……あれ? なんていう名前の店だったっけ? うそ、もう忘れちゃったの!? そういえば、初登場した「誰か」の名前も、思い出せない。


「……ちょっと変わった名前の、小さい掘っ立て小屋みたいな店で……。それより、なんだかいい匂いがしない? もしかして……」

「あ、朝ご飯、作ってみました! 卵焼きとお味噌汁と、焼き鯖です! お口に合うといいんですけど……」


 ……マジか。これ、本当に夢じゃないよね? 信じられない。ってか、カナちゃん起きるの早いな。着替えも済んでるし。昨日買ってあげたばかりの青と白のチェック柄のワンピースを、早速着ている。


「しっかり者過ぎて驚いたよ……」


 自分が寝ていた布団を畳み、空いたスペースにテーブルを運びながら、僕は呟いた。もちろん、カナちゃんが寝ていた布団は綺麗に畳まれている。


「これが習慣になっていたんだと思います。頭では覚えてなくても、体が覚えてて……」

「そっかー……。あ、運ぶの手伝うよ?」


 カナちゃんが、二人分の皿をいっぺんに運ぼうとしたので、すかさず僕が手を出した。照れくさそうに「すみません」と言う彼女がまた、可愛かった。


「さて、準備もできたことだし。そろそろ頂いていいかな?」

「はい! 美味しくなかったらごめんなさい……」

「ははは、美味しくないなんてことないって! それじゃあ、頂きます!」


 僕はまず、綺麗に焼かれた卵焼きを箸でつまんで、口に放り込んだ。そして、良く味わうように咀嚼する。


 ……なんだこれ。美味すぎるぞ。


 多分、ただ卵を溶いて焼いただけじゃない。ほんのり甘めの味付けがしてあると思うんだけど、それが僕の好みとドンピシャだった。これはヤバイ、これだけで生きていけるんじゃないかって思うくらい美味い。


「……あ、あの……。どう……ですか? 味……とか」


 何も言わずに黙々と箸を進めていたら、カナちゃんが心配そうな面持ちをしながら僕に尋ねてきた。……あんまり美味しかったから、感想言うのも忘れてたよ……。


「あ、これ、美味い! すげー美味い! これも美味い! 全部美味い!」


 美味すぎて、頭に浮かぶ単語を深く考えもせずに連発した結果、気づいたら「美味い」しか言ってなかった。……僕の語彙力が問われる気がする。


「……ホントですか?」


 訝しそうな表情で問い返してくるカナちゃん。そりゃまぁ、美味いしか言ってなかったら嘘っぽく聞こえるよね……。


「ホントホント! こんなに美味しい朝ご飯は久しぶり……ってか、初めてなんじゃ……」


 ……そこまで言って、僕の箸は、止まった。


 ……まただ。こういう雰囲気、前にも感じた気がする。夢で見たのか、それとも過去の記憶なのか……。いや、こうやって誰かの料理にめちゃくちゃ感動した瞬間が、確かにあったと思うんだ。


 ……僕は。僕は、取り戻しかけているのか? 僕の過去を……。


「……和馬さん?」

「えっ? あ、ごめん。時々僕、考え事するんだ。気にしなくていいから!」


 そう返すと、カナちゃんは少し間を開けてから、突然むくりと立ち上がった。


「ちょっと……待っててください。えっと、鉛筆と紙って……ありますか? あ、良かったら私のおかずも、食べちゃっていいですよ。私、朝はあんまり食べないので……」

「紙と……鉛筆?」


 急にどうしたんだろう……と思いながらも、僕は棚からコピー用紙と鉛筆を取り出して、彼女に渡した。


「これでいいかな?」

「はい、ありがとうございます。じゃあ、ちょっと外しますね。食べ終わったら、食器は流しに入れといてください。洗いますから」


 そう言い残して、部屋の奥へと消えていく彼女。よく分からないけど、放っといてあげるか。さて、早くご飯食べて片付けちゃおう。……さすがに、食器洗いまでは任せられないよ。


 僕は遠慮無く彼女の分まで朝食を平らげ(というか、気がついたら食べてしまっていた)、食器を洗った。炊飯器の中にはご飯が残っているし、味噌汁もあったから、食べ物には困らないはず。……これから毎日こんな料理が食べられると思うと、嬉しくて仕方ない。


 今日の講義は二コマ目からだから、準備している余裕は結構ある。10時くらいを目安に、ここを出ればいいか……。


 ……それにしても、カナちゃんは出来すぎだ。二十歳そこそこであそこまでしっかりしてる娘なんて、そうそういないんじゃないだろうか。


 ……あんなに献身的で素敵な女性を、野郎どもが野放しにしておくはずないよな……。カナちゃんには意中の相手がいて、その人のために頑張っていたに違いない。彼女が失踪して、きっと今頃彼は……


 ……まて、そんな相手がいたら、絶対に捜索願も出ているはずだ。もしかしたら、すでにカナちゃんの捜索は始まっているのかもしれない。


 だとしたら、隠し持つように彼女をここに置いておいて……いいのだろうか。いや、いいわけない。無理矢理連れてきたわけではないにしても、やっぱり……警察に行くべきだったんだ。


 ……でも、それじゃあなんで、カナちゃんは昨日、ビルから飛び降りたんだ? そこが引っかかって仕方ない。その事実さえなければ、僕だってカナちゃんを警察に引き渡したのに。……ホントだよ!


 結局、僕はどうすればいいんだろう……。


 そんなことを考えていたら、カナちゃんが部屋の奥から戻ってきた。


「カナちゃん、やっぱり……」


 そこまで言った僕の言葉を遮るように。カナちゃんが、一枚の紙を僕に向かって突きつけてくる。


「……夢に出てきた駄菓子屋って、……こんな感じじゃ……ないですか?」


 その紙には、鉛筆で……古い掘っ立て小屋が描き込まれていた。あからさまな木造建築で、周りには竹林があり、入り口に白いのれんが掛かっている。……僕は、自分の目を疑った。


「そ……そうだよ、こんな……この通りだよ。なんで……?」


 カナちゃんのその絵は、僕が夢で見た駄菓子屋そのものだった。鉛筆で描かれているそれは白黒だけど、勝手に補正がかかって僕の目にはカラーで映る。そのくらい、夢の通りだったんだ。


 ……というか、カナちゃん……むちゃくちゃ絵が上手いな。一体なんなんだこの子。ひょっとして、社長令嬢とかなんとか、その辺りのすこぶる高貴な方なんじゃないのか? ……タメ口も使わないし。


「なんで僕の夢が……わかったの?」


 色々と気になることはあるけど、一番気になることを最初に聞こう。


「……私にも分からないんです。ただ、和馬さんの目を見たときに……パッと頭に浮かんだのが、この風景でした」


 やべぇ、彼女……エスパーかもしれない。僕と一緒にいて大丈夫かな、この子。闇の組織から狙われてたりしたらどうしよう……。まさか、自殺しようとしたのって、それが原因だったとか……?


 本当に、どうしたらいいんだ、僕は……。

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