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初めての夜

 夕食は近くのコンビニで済ませ、僕たちはアパートに戻ってきた。カナちゃんは料理をしたがっていたけど、あなたは今日、10mほどもあるビルの屋上から落っこちたんだ。少しはゆっくり休んで頂きたい。


 カナちゃんには先にお風呂へ入ってもらい、その間に僕は、買ってきたものの整理と、カナちゃんの住むスペースの確保をした。


 それにしても、今日知り合ったばかりの素敵な女性が、自分のアパートのお風呂に入っているなんて……信じられない。浴室から響いてくるシャワーの音を聞くたびに、僕の心臓は爆発しそうになってしまう。


「……お風呂、ありがとうございました。冷めないうちに、和馬さんも入っちゃってください」


 今日買ったばかりのパジャマに身を包んだ、お風呂上がりのカナちゃんは……。信じられないくらいに色っぽくて、艶やかで、女らしかった。理性が……吹き飛んでしまいそうなくらいに。


「ぼ……僕は、今日はいいや、お風呂。もう眠くて」


 リビングの真ん中に置いてあるテーブルを畳み、ばさっと布団を広げた僕は、うわずった声でそう答えた。カナちゃんと目を合せることができなくて、明後日の方を向きながら。


「えっ、入らないで寝ちゃうんですか!?」

「……そんなもんだよ、男なんて」

「せっかくいいお湯なのに……。もったいないですよ?」

「ありがとう、でも僕はもう寝るよ。カナちゃんの布団は、そっちに敷いたから。じゃあ、おやすみ」


 もう、一刻も早く眠りたい。……間違いを起こす前に。僕は薄手の掛け布団を頭からかぶり、その中で丸くなった。


 ……けど。


 無理だ。眠れるわけがない。部屋は煌々と明りがついているし、それになにより、すぐそばにカナちゃんの気配を感じて仕方が無い。


 ……なんなんだよこの拷問は。このまま眠らずに、朝までの数時間を耐え抜く根性なんて、僕に備わっているはずがないだろう。


「……っはぁっ!!」


 いよいよ我慢できなくなった僕は、勢いよく布団から顔を出した。新鮮な空気を一気に吸い込むと、異様に華やかな香りが僕の鼻を突いてくる。


 それもそのはず、僕の布団のすぐ隣で、カナちゃんが正座していたんだもの。


「その……えっと」


 僕は戸惑いを隠しきれなくて、ごまかすように頬を掻きながら、カナちゃんから目をそらした。


「……なんで?」


 そして、素直な気持ちを吐露する。本当に、渾身の「なんで」が今、炸裂した。


「……どうしたらいいのかわからなくて……」


 寂しそうな表情で、そう呟く彼女。いや、どうしたらいいのかわからないのは、客観的に見ても僕の方だと思うんだけど……


「……寝れば、いいんじゃないかな?」

「眠れそうにないときは?」


 速攻でそう返されて、僕はしばらく何も言えなかった。……彼女と口喧嘩したら、絶対に勝てない気がする。


「……眠れそうにないの?」

「眠れそうにありません……」

「とりあえず、横になりなよ。そんなところで正座してたんじゃ、眠れるものも眠れないと思う」

「はい……」


 カナちゃんはもそもそと動き出し、僕が敷いた布団に寝転んだ。パジャマの隙間から時折見える素肌がとても美しくて、そんな彼女がどんどん愛おしくなっていく。


「……記憶、取り戻したいですか?」


 少しの沈黙の後、彼女がおもむろに切り出してきた。


「……半々くらい……かな。全部思い出したとき、その辛さに耐えられる自信がなくて……」

「……事故の……ことですよね?」

「うん。僕以外の家族は全員亡くなったらしいから、思い出したら本当に辛いと思う。だけど……」


 僕は片手を上げ、手のひらを明りにすかしながら、続けた。


「カナちゃんと一緒にいると、思い出しちゃう気がする。……なんとなく分かってきたんだけど、カナちゃんは多分、似てるんだ。……事故で死んだ妹に。だから、放っておけなかったんだと思う」

「……その、妹さんのことは……覚えているんですか?」

「う~ん…」


 僕は、上げていた片手を握りしめながら、静かに下ろす。


「なんとなく、本当になんとなくなんだけど、……感覚があってさ。青と白の服が似合う、笑顔の素敵な女の子が……いつも僕の隣にいたような、そんな感覚が。君といると、その感覚が鮮明になっていくんだ」

「青と白の……?」


 彼女のその声には、なぜか少しだけ当惑の調子がこもっていた。


「うん、ちょうど今日……カナちゃんに選んであげたような。あの時は無意識に選んだんだけど、よくよく考えたらあれは……あの子が着ていた服と、同じ柄だって気づいた」

「……あの子って? 妹のことですか?」

「……だぶんね。まだ夢でしか会ったことがないし、これからも夢でしか会えないんだろうけど……。あの子が夢に出てくると、すごく懐かしい気持ちになる。あの気持ちは、夢から覚めた瞬間にしか味わえないと思っていたのに……」


 カナちゃんの方へ寝返り、彼女の顔を改めて見つめつつ、僕は答えた。


「今日、カナちゃんの顔を見たとき、なぜか夢から覚めたときと同じ懐かしさを感じた。未だに理由はわからない。あの子の顔も覚えてないのに、どうしてカナちゃんを見たときあの気持ちになったのか……」

「そう……だったんですね……」


 ……それっきり、カナちゃんは喋らなくなった。


 ……思い返せば、いい大人がさっきから夢夢……って、少し気持ち悪かったかもしれない。あなたとは夢で会いました……とか、少女漫画じゃないんだから。まったく、夜になるとどうも変なことをばかり考えてしまう。


 僕は静かに明りを消した。今度こそ寝よう。今の気持ちなら、きっとすぐに寝付けると思う。


 本当に今日は、色々なことがあった。こんなに濃い一日を過ごしたのは久しぶりだ。さて、これからどうするのかを真剣に考えなくちゃ……。


 いつの間にか僕は、眠りについていた。……かすかに、どこからか「ふるさと」のメロディーが聞こえてきた気がした。

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