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梅昆布茶

 ……。


 ……あれ? 僕は……。


 ふと目を覚ますと、学校の校庭のような場所に立っていた。学生服を着て、大きなスーツケースを従えている。……えっと、なにがどうなってるんだっけ? ……あ。


「リンちゃーん!! お帰りー!!」


 そうだ、今し方……修学旅行から帰ってきたんだった。さっき解団式が終わって、僕は母が迎えに来るのを待っているところだ。僕の名前を呼んでいるのは、えっと……


「……ただいま。お母さんは?」

「ん、車の中で待ってる!! だから私が迎えにきたんだ!! 偉いでしょ?」

「ははは、偉い偉い!!」


 駆け寄ってきた女の子の頭をポンポンしながら、僕は笑った。毎年春から夏にかけて着ている、その白と青のチェック柄ワンピースも、だいぶクタクタになってきたな。サイズだって小さいような気がするし。


 二人並んで会話しつつ、僕とエリちゃんは車へ向かって歩き出した。


「そのワンピース、……そろそろ卒業じゃない?」

「えー、そんなことないよぅ! まだまだいける!」

「いけたとしても、今年いっぱいじゃないかな。来年からホラ、中学生だし。着る機会もなくなるよ」

「むー、でも、ずっととっとく! リンちゃんが選んでくれた大事な服だから!」

「そっか、ありがとう。じゃあ、今度また新しいの買いに行こっか」


 そう提案すると、彼女はニッコリ笑って「うん!」と頷いた。


「でさでさ! どうだった? 京都! すごかった?」

「うん、すごかったよー。金閣寺とか、本当に金ぴかだった。あとはね、えっと……」

「おみやげは!?」

「……もぉ、まったく。エリちゃんはそればっかしだね。たくさん買ってきたよ」

「ホント!? ぎょくろも!?」

「玉露……。それはまだ早いって……。高いし。代わりにこんなの買ってきた」


 母の車に辿り着いた僕は、背負っていたリュックをおろし、中から薄いピンク色の丸い缶をとりだす。


「これ。梅昆布茶、玉露入り……だって」

「えっ、ぎょくろ!? 早く飲みたい!」

「ホラホラ、とりあえず家に帰ろう。それからでも遅くないでしょ?」


 運転席にいる母から注意され、僕と女の子は車の中に乗り込んだ。……こうやって隣に座ると、本当に大きくなったなぁ……って実感する。いつの間に僕たちは、こんなに成長したんだろうか。


「帰ったら、すぐ飲もうね、ぎょくろ!!」

「玉露じゃないってば。昆布茶」

「うん! それで、飲んで早く思い出そう? 今までのこと全部!」

「……え?」


 一瞬、ふわっと体が浮いたような感覚に襲われる僕。


 その後で、ぞわっと鳥肌が立った。……なんで鳥肌が立ったのかすら、僕にはわからない。


「……思い出す……って?」

「だってリンちゃん、ずーっと忘れたまんまじゃん、私のこと。それじゃあ、悲しいもん」

「何ヘンなこと言ってるの? 忘れてなんかないよ、今もこうやって……」

「……忘れてる。リンちゃんは、忘れてる」


 ぐいっと、女の子は顔を近づけてきた。……その顔……。君は……。


 君は……!!


「…………っはぁあっ!!」


 僕は、跳ね起きた。外は明るくなっている。三つ折りに畳まれた布団の上に寝ていたせいで、相当無理な体勢になっていたらしい。筋肉痛も相まって、全身が痛かった。このままボロボロと身が崩れてしまいそうだ。


 それにしても。


 ……さっきのは、なんだ? あの女の子は、何者だ? ……リンちゃんって誰だよ!?


 起きたばかりなのに、動悸が激しくて。胸が苦しくて、辛かった。あれは僕の過去なのか? あれは、僕が通っていた学校なのか? あの女の子は……今は亡き僕の妹?


 なんなんだ、なんなんだよこの気持ち……!! あの頃に、あの世界に戻りたい!! あんなに幸せな世界があるのなら、僕だってそこに行きたい! どうして見せてくれるだけで、連れて行ってくれないんだ!?


 あの子は、もういないのか? 母さんも? 父さんも!? この世界には、僕しかいないのか!? 僕一人で迷い込んで、どうしてこんなに辛い目に遭わなくちゃいけないんだよ!! 僕が何をしたっていうんだ!!


 ……気が動転してしまった。思い切り布団に八つ当たりして、泣いた。大人げも無く、泣きじゃくった。本当に一生一人だと思うと、胸の奥から得体の知れない何かがこみ上げてきて、それは一瞬で顔まで這い上がり、涙となって僕の目から流れ出す。


 ……あの夜、一晩中泣いていたカナちゃんも、こんな気持ちだったに違いない。亡くなった彼に想いを馳せながら、もしかしたら今もどこかで……泣き続けているのかもしれない……。


「……昆布茶」


 ふと、夢の中で女の子が呟いていた言葉を思い出した。起きた瞬間から霞がかかるように消えていく夢の内容も、今回は比較的よく覚えていた。


『飲んで早く思い出そう? 今までのこと全部!』


 ……思い出してどうするんだよ! もうこの世界にいないんだろ、君は! それとも、僕が思い出したら、出てきてくれるっていうのか!?


 ……行き場の無い怒りが、僕をさらに痛めつけてゆく。僕の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜて、僕を再起不能にしてゆく。


 ……もういい。全部思い出してから、死のう。あのビルから飛び降りて。


 どうせ僕は一人なんだ、誰も悲しみはしない。そう思うと、すーっと気持ちが楽になった。死ぬんだったら、ちゃんと思い出さなくちゃね。妹の記憶が無いまま死んだら、あの世でもきっと、苦労するから。


 僕は、昆布茶のパウダーをマグカップに入れ、お湯を注いだ。きっと、コレを飲めば全部思い出す。……この世の最後の飲み物が、これになるってことか……。


 お湯を注ぐと同時に広がる、不思議な香り。僕の頭の奥底を突いてくるような、そんな匂いだった。……自然と頭に浮かぶあの女の子の笑顔に向かって、もうすぐ会いに行くからね……と呟く僕。


 できあがったお茶を、僕はゆっくりすすっていった。ゆっくりすすり、舌の上で転がしてから飲み込んでゆく。香り、味、余韻……。全てを堪能するように。


 ……そうだ、こんな感じのお茶を、僕は昔……修学旅行のお土産で買ってあげたんだ。家に帰って、早速一緒に飲んで……。あの子は、このお茶をすごく気に入ってくれて、僕が何か遠出をする度に……昆布茶をお土産としてお願いしてくるようになったんだっけ……。


 ……あれ? ところで、あの子……あの子って、誰だ?


 ……だって僕は、一人っ子だったじゃないか。……もともと、妹なんて……いなかったハズだ。そうだ、僕に妹なんていない。妹なんていないのに、どうして僕には妹の記憶が……。


 ……妹? 本当に妹なのか? それとも、全部僕の妄想? あの女の子は、もとから実在しない子……!? いや、そんなバカな!! だったらどうして、あんな夢を? あの子だけじゃ無い、夢に出てきた風景は? 駄菓子屋、噴水のある学校の中庭、垣根一つを隔てて隣り合う民家、だだっ広く広がる田んぼとそびえ立つ山々、高校の校門らしき入り口と桜並木……。あれも全部、僕の想像の世界?


 ……違う、そんなハズは無い!! 僕は、何か大きな勘違いをしている!!


 あの事故の日、僕が助けようとしていた女の子は誰だ!? あの子は……あの子は、僕の知らない子だ!!


 僕は……!! 僕は……!!


 僕は誰だ!?


 僕は跳ね上がるように立ち上がると、アパートを飛び出した。焦る気持ちを抑えつつ、近くの公衆電話機へ乱暴に小銭を放り込み、とある場所に電話をかける。


「……はい、はい。では今から、二人でそちらに伺います」


 ……こんなことがあるのか? こんなことが、現実にあっていいのか!?


 僕は、全ての記憶を取り戻した。取り戻したけど、自殺なんてしない。する必要がなくなった。


『だってリンちゃん、ずーっと忘れたまんまじゃん、私のこと。それじゃあ、悲しいもん』


 思い出したよ、全部。今から君を、迎えに行くから。

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