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夢と現実

「リンちゃん、話って……?」


 青い空に、白い雲がいくつか浮かんでいる。コンクリートで出来たマンションのような建物で囲まれている場所に、僕と少女はいた。真ん中には小さな噴水があって、その周りにはベンチが4つ、配置されている。噴水の両脇には、2本の大きなモミの木が植わっていた。そして、少女の不安そうな瞳を見つめながら……僕は口を開く。


「ずっと言おうと思ってたこと、……今から言うよ――」


 ――君の――


 ――まぶたを開けると、黄色い光が差し込んできた。……朝か。


 目を覚ましたとき、僕は泣いていた。あまりにも懐かしすぎて、切なくて。たまらない気持ちを、涙に変えていた。もう少しだけ、あの世界に留まっていたかったのに……。


 ……それにしても、あれはどこだろう? 一瞬大学の中庭かと思ったけど、大学に噴水は無い。いつもの女の子はいつもよりも少し大人びていて、例のワンピースではなくセーラー服のようなものを……着ていた気がする。


 そもそも、リンちゃんって……誰だ?


 僕のこと……じゃないよな? リンちゃんと新井和馬……かすってない。だけど、あの子は僕に向かって「リンちゃん」と言っていた気がするし……。「兄ちゃん」の聞き間違えかな? ……それならまだ分かる。


 それより、あの後僕は……なんて言ったんだ? 全然覚えてない。何かすごく……大切なことを言ったと思うんだけど……。まさか、愛の告白じゃないよな。だって相手は妹だし。


 起きると、ものすごい勢いで夢の内容が消えてゆく。まるで、夢は夢、現実は現実と、セパレートされているかのように。


 僕はむくりと起き上がり、相変わらず早く起きて朝食の支度をしているカナちゃんの元へ向かった。


「あ、おはようございます和馬さん。もう少しで準備でき……」


 僕の目を見て、何かを悟ったように言葉を止めるカナちゃん。


「夢……ですか?」


 僕は無言で頷いた。カナちゃんはもの寂しげな表情をしながら、コンロの火を止めた。


「多分アレは、学校の中庭……だと思う。中学か高校かは分からない。噴水と、大きな木があった。……これくらいしか覚えてないんだけど、僕の心……見える?」

「……はい。描いてみます」

「ありがとう。それからもう一つ……。グシャグシャに潰れた車の中で、助けを求める女の子を……描いて欲しいんだ」

「……わかりました。やってみます」


 僕は、カナちゃんに紙と鉛筆を渡した。無言でそれを受け取った彼女は、念を押すように……


「……思い出しちゃっても……いいんですか?」


 ……そう、問いかけてきた。僕は少し間を開けてから、頷いた。


 完成したカナちゃんの絵は、やっぱり僕の見た夢の通りだった。大きな2本のモミの木、噴水、ベンチ。ベンチのことは何も伝えていなかったのに、ちゃんと4つ描いてあった。周りを囲んでいた建物は……。僕の予想通りというか、どう見ても校舎だ。学校なのは間違いない。


「……こっちはあまり……ピンと来ませんでした」


 一枚目の絵を眺めて感心していた僕のところに、カナちゃんがもう一枚の絵を持って現れた。……事故の絵だ。


 正直、こっちの絵は見るのが怖かった。カナちゃんの画力であの惨状を表現されたら、かなりおどろおどろしいものになる気がしたからだ。


 ……そう構えていた僕だけど。カナちゃんの絵は、そんなに生々しいものではなかった。


 それは、航空写真のように空から見下ろした絵だった。


 広い道路の真ん中で、3台の車が玉突き事故を起こしている絵。先頭は大きなトラックで、その後ろに乗用車が二台、追突していた。それを取り囲むように、数台のパトカーと消防車が配備されている。二台の車に挟まれた真ん中の乗用車は、見るも無惨にぺしゃんこになっていた。人が乗っていたとしたら、絶望的だろう。……そしてまさしく、僕の家族が乗っていた車こそが、ぺしゃんこになっているそれだったんだ。

 

 ……このシチュエーションは、僕が事故後に警察の方から聞いたものと一致していた。高速道路における、車三台の玉突き事故。先頭のトラックが何思ったのか急ブレーキをかけ、対応しきれなかった後続の乗用車が二台、その後ろに追突したのだ。

 

 この絵は、僕が巻き込まれた事故を正確に表現している。表現してはいるんだけど、……視点が合ってない。僕がいたのは車の中のハズで、夢に出てくる惨状も、車の中から見たものだ。


 でも、それは些細な違いだと思う。彼女に事故の内容は一切話していないのに、その詳細をこれだけ正確に描き上げたんだ。……やっぱり、カナちゃんには不思議な力があるのかもしれない。


「……ありがとう。お手数かけちゃってごめんね。しっかし……上手いなぁ、カナちゃん。もしかしたらカナちゃんは、美大生……だったのかも」

「そう……なんでしょうか。……私はあんまり……過去のことを考えたくないです」


 寂しそうに呟く彼女の台詞にハッとなった僕は、急におとなしくなった。


「……そっか、そうだったね、ごめん」

「それより! 朝ご飯食べちゃいましょう? お味噌汁……もう一回温めなくちゃ! 和馬さん、目玉焼きとソーセージ、運んでもらえますか?」


 昨日と同じように、朝食をカナちゃんと一緒にとって、片付けをする……。二日目の朝も、何事もなく過ぎていった。逆に言えば、まだ2日しか経ってないなんて思えないほどに、何事もなさ過ぎた。


 大学までの道のりを歩きながら、僕は考えを巡らせる。……今日の夢は、今までとは違って、かなり具体的な情報を含んでいた。つまり、そこが学校だという情報だ。今までのなんとなくもやっとした風景や、どこかも分からない駄菓子屋とはワケが違う。


 学校なら、「どこを卒業したのか」が記録としてしっかり残っている。それも、選択肢は小学校・中学校・高校の3つしかなく、少女の面立ちから察するにあれは中学か高校のどちらかだ。


 ……僕が卒業した中学か高校のどちらかに、あの風景が広がっている可能性は極めて高い。そして。


 ……その場所に行けば、僕の記憶も戻ってくるかもしれないのだ。つまりは夢と現実をつなぐ架け橋。それが、この場所。


 ……ただし、記憶を戻してしまっていいのかはわからない。篠原くんは言っていた。「良くて引きこもり、最悪……自殺するかもな」……って。家族全員死んだんだ、決して大げさな表現ではないだろう。今もどこかで、のうのうと生きているトラックの運転手を……殺しに行くかもしれない。


 分かりきっていることだけど、思い出してもメリットなんてないんだ。むしろ、生きていくために記憶を捨てて、過去を消したんだと思う。それは重々承知している。でも僕には……、僕には。


 カナちゃんが、いる。


 カナちゃんが隣にいてくれれば、家族を失った悲しみを……乗り越えられる自信があった。カナちゃんは、カナちゃんだ。妹の代わりなんかじゃ無い。妹が死んだという事実を受け止めることができれば、きっと考え方だって変わるはずだ。


 カナちゃんにとって僕は誰かの代わりなのかもしれないけど、そんなこと気にしない。ずっとそばにいてくれれば、誰かの代わりでもいいんだ。


 ……だから僕は、捨てた記憶を拾いに行く。妹との毎日を取り戻して、カナちゃんと区別するために。


「おはよう。隣いい?」


 一コマ目の講義がある大講義室に入った僕は、篠原くんに……すかさず声をかけた。


「ん……んぉお……」


 間抜けな返事をしながら、驚いた表情で僕を見上げる篠原くん。そんな彼を尻目に、僕はそそくさと席に着いた。


「……何? 僕の顔が変なの、気になる?」

「い……いや? お前から俺の隣にくるなんて、珍しいと思って……」

「なんで? 友達なんでしょ? 僕たち」

「お……おぉ。えっ? なんかあんの? なんかあるよな?」

「何にも無いよ。ただ、見て欲しいものが……」

「あるんじゃねーか!」

「いいから。とにかくこれ見て」


 僕はやや一方的に話を進めながら、カナちゃんが描いた例の絵を篠原くんに見せつけた。


「……上手いな。なにこれ、お前が描いたの?」

「いや、違うけど。……で、どう?」

「どう……って?」

「だから。見覚えない? この風景に」

「見覚え? んー……。こんな雰囲気の場所、色々なところにあるし……」

「ヒント、高校」

「高校? ……高校なのか?」

「正解。高校でしょ? 僕たちが通ってた」

「そうかぁ? こんなところあったっけなぁ……」


 紙を傾けたり遠ざけたり、色々しながら舐めるように絵を眺める篠原くん。なんだか、腑に落ちなそうな顔をしている。


「……俺らが通ってた高校じゃないと思うけど」

「……えっ?」


 彼の出した結論は、予想外のものだった。


「嘘だ、そんなことないよ。じゃあここ、どこなの? 中学?」

「中学でもないだろ。こんな噴水、中学にも高校にもなかったよ。少なくとも、俺は一度も見たことないな」


 ……僕の頭は、真っ白になった。だったら、どこだっていうんだここは!!


「……いや、だって学校でしょ? ここ」

「確かに学校っぽいけど、学校なんて日本中にあるんだし。学校=俺たちの母校……っていうのは、オカシくないか?」

「それがおかしくないんだよ。だってここ、僕の夢に出てきたんだから……」

「……夢?」


 篠原くんに、ぽかんとした顔をされた。……しまったと思うも、もう遅い。


「いや、じゃあここ、実在しないんじゃないの? 夢だろ? 俺、てっきり風景を直接見ながら描いたんかと思ったよ」

「いや……だけど……!!」


 ……言い返そうとしても、何も言葉が……出てこない。


 ちょうどその時、一コマ目を担当する教授が、大講義室に入ってきたのだった。

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