贄の子
木漏れ日に光る水面、木々の葉ずれが耳に心地よい。ちょうど日陰になった苔むした岩に背中を預けひんやりとした感触に四肢が緩む。
「遊び疲れたの、美和? そんなに手足を投げだして」
滸を覗き込むように顔を見せたのは立派なたてがみを持つ黒竜だ。磨き込まれた漆色の竜鱗がきらりと光る。
「ええ、竜神様。人魚のウンディーネたちと水中追いかけっこをしたの。でもウンディーネは泳ぐのはとても早くて容赦がないし、セイレーンは呑気に歌っているからそもそも勝負にならないし、リヴァイアサンは子育て中だからって参加しないし」
「それではいわゆるタイマンというやつになったのかな? 美和とウンディーネの」
「うん。でもおかげで大負け。シーマンたちがいてくれたら対ウンディーネの共闘ができていい勝負になったと思うんだけどね。私もウンディーネみたいに早く泳げる尾が欲しいな」
美和は木陰に投げ出した自分の両足を見つめる。五本の指がついた二本の足。ごく普通の、ひとの足だ。
黒竜はその足先を竜の髭でひとなでする。
「ほんとうはそう思ってないだろう。足が尾に代われば走れなくなる」
黒竜は黒い瞳で美和を見つめる。それは慈愛に満ちてとてもやさしい。
竜神と美和が初めて会ったときからずっと変わらない。
「竜神様。私は生け贄ではないの? 村から竜神様へ差し出された生け贄なのでしょう?」
黒竜は困ったようにくすりと笑う。黒竜の尾が波打つように地面を叩く。それは何か考え事をしているときの癖だということに、美和はこの黒竜に出会ってから今までの時間の中で学んでいた。
黒竜が伏せていた目を上げて、言った。
「ひとはそう呼ぶけれどね。しかしそれは村人たちにこの場所を知らせないための方便だよ。わたしに贄を喰う趣味はないな」
ここは緑がひどく濃い。草木が生い茂り、あらゆるいきものが自由に生きる。ひとである美和が生きるには自然がすぎるくらいに、自然が濃い。人工物の一切が排除された完全な自然。
だから美和は服と呼べる類いの一切を身につけていない。自然を自然として自然のまま享受する世界。
「我々とひとが、お互いに自由に生きる世界の境界線を、美和は超えてきたんだよ。生き方を変えることはできなくとも、なに、同じこの世に生まれたもの同士だ。いがみ合わずに生きることはできよう」
日の光が黒竜の鱗に降り注ぐ。天を仰ぐようにした黒竜の体が目映い光に包まれる。
次の瞬間には、背中まで伸びる真っ黒な黒髪を風になびかせ威風堂々と仁王立ちするひとの姿。けれど、美和を見るやさしい黒い瞳は変わらない。
黒竜がひと型に変身する様を初めて見た。
黒竜は膝をつき美和の両手をそっと包み、その黒い瞳で美和を見上げる。
「かわいい美和。わたしのわがままでこちらに呼んでしまってすまないね。美和にとっては生きにくい世界かもしれないが、……これからずっと、わたしのそばにいてくれないか。これは、その、ひとの言うプロポーズというやつだな」
美和「え、ちょっめちゃイケメンだけど、ひと型黒竜さん全裸」
黒竜さん「あ、ごめん」
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ほのぼのした感じとシリアスのバランスを取りたかったので黒竜さん全裸にしました。
もとはツイったで学んだネタです。
同じものを好きにならなくてもいがみあわずに生きられる。
そうだよね、その通りだよね。