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ちょっと書き溜めたので連日投稿します。


前回までのあらすじ

悪徳商人に利用されていたエルフの兄妹を保護した。


以下、簡単に人物紹介。

レサト …… 昼は賢者で夜は暗殺者の青年。

カイ  …… エルフ兄。レサトの助手になる。

クウ  …… エルフ妹。幼女。

ジョゼフ…… 面倒見のいい農家のおっちゃん。

ミネット…… ジョゼフの妻。料理上手。

『歌姫』…… 表は歌うたいで裏では情報屋の美女。

 6


「くぅー、くぅー、くぅー……」

「よっぽど疲れていたんだろうね」


 可愛らしい寝息を立てているクウ。

 起こしてしまわないように気をつけながら、そっと体を支えてあげる。


 小さな体のどこに入るんだっていうぐらいサンドイッチを食べていたけど、お腹がいっぱいになった途端に頭がフラフラ揺れ出して、あっという間に眠ってしまった。

 今は僕の服を握ったまま、しがみつく様な姿勢だ。

 ポカポカと温かい晴れた天気で、昨晩は子供二人だけで夜の王都を逃げていたんだから無理もない。

 この様子ならしばらく起きそうにないかな。


「クウがすみません……」

「いいよ。詳しい話はまだ聞いてないけど、大変だったのだけはわかるから。まだ、こんなに小さいのに……エルフって子供の頃は僕たちと同じように歳をとるんだよね? だとしたら、まだ五歳ぐらいかな?」

「はい。クウは五歳になったばかりで、ぼくは十歳です」

「本当に小さいな。こんなに痩せちゃって……」


 カイもクウを起こそうとはしない。

 起こしちゃかわいそうって思っているし、これから話をするのにクウは眠っている方がいいってわかっているのかも?

 まあ、ジョゼフさんとミネットさんが食べ終わるなり、すぐに帰った事で察していてもおかしくないか。


「あの、レサト、様?」


 お腹がいっぱいになって、カイも気持ちが落ち着いたんだと思う。

 さっきみたいにトゲトゲした雰囲気がずいぶん柔らかくなっていた。

 僕を見上げる目はまだ不安があるけど、これなら話ぐらいはできそうだ。


「あー、あんまりその名前で呼ばれ慣れてないんだ。賢者って呼んでもらっていい?」

「はい。じゃあ、賢者様」

「あ、様もいいから」

「でも、さっきの人たちは賢者様って」

「まあ、そうだけど……」


 ジョゼフさんたちにも言ったんだけどね。

 恩人なんだから賢者様だって聞いてくれないんだ。


「じゃあ、やっぱり賢者様って呼びます」


 カイ、キミもか……。

 いいけどさ。

 今はもっと重要な話をするところだ。


 内心で溜息を吐いている間に、カイは立ち上がって背筋を伸ばした。

 そして、深々と頭を下げてくる。


「ありがとうございました。ぼくたちに優しくしてくれて、ご飯をくれて、ありがとうございました」


 礼儀正しい子だなあ。

 エルフがどうか知らないけど、まだ十年しか生きてないんだから、もっと単純に生きてくれていいのに。


「うん。どういたしまして」

「それで、あの、その……さっきのお話なんですけど」


 言い出しづらそうにするカイ。

 さっきの話っていうと。


「助手になってほしいって話かな?」

「は、はい。ぼくが助手になったら、クウにご飯を食べさせてあげられるんですか?」


 僕を見上げる目には少しだけ怯えの色がある。

 不安に揺れる眉根の下、そっと伺うように見上げる目は濡れていて、キュッと力の入れられた唇は震えていた。

 ジョゼフさんの物だろう、ぶかぶかのシャツとズボンを着ているのがまた破壊力を高めている。


 ……なんだろう。小さな男の事がたまらなく大好きなレディには見せちゃいけない、ある種の色気があるなあ、この子。

 しかも、ノーマルな人でも加虐に目覚めてしまいそうな毒がある。

 ヨーシャークの奴、もしかしてこれの影響を受けちゃっていたんだろうか? それともあいつの影響でカイの才能が開花したとか?

 どちらにしろ、あそこから逃がしてあげたのは大正解だったっぽい。ドSと加虐誘発体質の組み合わせとか、両方の合意がなかったら惨劇しか待ってない。


「あの、賢者様?」

「ああ。ごめんごめん。ちょっと考え事してた」


 不思議そうにするカイを誤魔化す。

 いけない。カイは真剣なんだから、僕も誠実に対応してあげないと。

 ただでさえ、ヨーシャーク商会で過酷な労働を強いられていたせいで、彼の警戒はもっともなんだから。


「そうだね。君たちに僕の仕事を手伝ってほしいんだ」


 これはもう聞いているからカイは頷いて、続きを待っている。


「仕事は実験農場のお手伝い」

「実験農場、ですか?」

「そう。ここの事だね」

「ここって……」


 辺りを見回すカイ。

 この屋敷は王都の城壁の外にあるだけあって、辺りには建物なんてない。北に伸びた街道と、管理されていない草原が遠くに見えるぐらい。

 その手前、草原の辺りまでは農地として耕されている。

 見渡す限りという程じゃないけど、数家族の農民が管理しないといけないぐらいには広いかな。


「広いですよね」

「色んな実験をしているうちに広がっちゃってね。気がついたらこんな感じでさ」


 カイは難しい顔だ。

 この広い実験農場の全てを耕すなんて想像しているのかもしれない。だから、先に伝えておく。


「といっても、実際の耕作なんかはさっきのジョゼフさんたちがしてくれるし、収穫とか種まきで人手が足りない時は駆け出しの冒険者にお願いするから」

「そうなんですか?」

「うん。ここを僕一人で管理するなんて無理だから。もちろん、僕も作業を手伝ったりするし、君たちにもちょっと手伝ってもらいたいけどね」

「は、はい。それはもちろん、お手伝いします!」


 前向きな返事でよかった。

 けど、すぐにカイは首を傾げてしまう。


「なら、ぼくが何をお手伝いすればいいんですか?」

「主に土の調査だね」


 ポケットに入れたままだった計測器を取り出して、カイに渡した。

 金属の板には五つの溝が彫られていて、それぞれが赤、青、黒、緑、白の色が塗られて、一定間隔でメモリが刻まれている。


「それを地面に刺してごらん」


 戸惑っている様子のカイだったけど、おそるおそる地面に計測器を刺した。

 すると、刺さった場所からゆっくりといくつかの溝の色が濃くなっていく。赤、青が一で、緑が二の、黒が六。そして、白が無反応。


「ちょっとだけ風が強い。何かの影響を受けた? ここら辺はいじってないはずなんだけどなあ。クズ魔石を加工したのは部屋だし、こぼしたりもしてない。となると、他の影響がここまで出ている? だとしたら、もっと農地の距離を置かないと……」

「あの、賢者様。これ、変なんですか?」


 失敗してしまったのかと不安そうにしているカイに苦笑する。

 その頭を優しく撫でて、僕は首を横に振った。


「変な事はないよ。その数値が気になっただけ。一般的なこの辺りの属性値は黒――土の属性値がほとんどでね。火、水、風の属性値は最低限の一なんだ。あ、白は特殊属性を感知するだけだから、今は考えないでいい。で、この数値次第で植えた作物の成長が劇的に変わるんだ。収穫量も、栄養価もね。ただ、作物の種類によって属性値の相性がある。だから、僕の研究の基本はこの相性を調べつくす事だね。それで、他の場所だと僕が属性値をいじっているから、色んな数値が出るんだけど、ここは未加工の土地だから、緑の――風の属性値が二になっているのは普通じゃない。となると、何かの影響が考えられるんだけど……あ」


 ポカンとしているカイに気付く。

 いけない、いけない。聞かれたから説明を始めてしまったのはいいとして、途中から自問自答になってしまった。


「悪いね。すぐに考え事しちゃうのは僕の悪い癖なんだ。詳しい説明はまた今度――」

「あの、つまり、風の属性がどこから入ったのかが気になるんですね。だとしたら、それってぼくの影響かもしれないです。エルフは風の魔法が得意って父様と母様が言っていましたから、計測器を持っているぼくの魔力に反応したのかも」


 驚いた。

 地面の属性値なんてここ以外――というか僕以外は知らないし、手伝ってくれているジョゼフさんたちもよく理解していない。

 なのに、カイは今の話だけで理解して、原因を推測までしたんだ。

 この子、かなり頭がいいかも。


「賢者様?」

「ああ、うん。いい考察だ。けど、その計測器は持ち手の影響を受けないように加工されているから、その心配はないよ」

「そうですか。だとしたら、ぼくたちがここにいたから? でも、それだけで影響があるなら調査なんてしないだろうし……」


 ホッとしてから、すぐに考察を再開するカイ。

 うん。なるほど。この子、向いているんじゃないかな。この仕事。

 僕はカイの肩を指先で突っついて、顔を上げさせた。


「その考察はまた今度にして、今は助手の話をしようか」

「あ、はい! でも、最初に話をずらしたのは賢者様なのに……」


 いい返事をした後、ちょっと不満そうにしている。

 うん。その通りだけど、追及されると言い返せないから聞こえなかった振りをしよう。


「君たちにお願いしたいのは今みたいな調査。数値を時間ごとにまとめて、色々と研究するのを手伝ってほしい。後はここで一緒に生活するから、家事のお手伝いかな」


 話を聞いてカイは嬉しそうな顔をする。

 どうやらこういう調査とか考察が好きみたいだ。

 ともかく、ヨーシャークのところのような使い方をするつもりはないというのが伝わったならそれでいい。


「その代わりに――って言い方だと感じが悪いかもしれないけど、二人の生活を保障してあげる」


 生活の保障。つまりは、衣食住。

 屋敷の部屋はたくさん空いている。掃除すればすぐに使えるだろう。

 食べ物は実験農場で取れた作物もあれば、ジョゼフさんや知り合いの冒険者からの差し入れもある。料理はうん。最低限、食べられる……はず。

 子供服の用意も……まあ、なんとかなるか。女児服はミネットさんに頼もう。


「つまり、住み込みの助手になるって事だね」

「住み込み……」


 前向きそうだったカイが拳を握りしめる。

 僕を見て、クウを見て、それから屋敷の方を見つめて、最後に北の方角――大森林の方をじっと見つめて、考え込みだした。


 きっと、今まで両親と過ごしてきたはずの、大森林の家を思い出しているんだろう。


 カイの背中に反省する。

 いけない。先走った。

 僕は『歌姫』からカイとクウの両親が亡くなっていると聞かされているけど、兄妹は自分たちがもう天涯孤独の身になっているなんて知りもしないんだ。


 だから、カイはいなくなってしまった両親を見つけて、家族で森に帰る事を諦めない。

 だから、カイはこのまま親以外の人の庇護下に入ってしまう事を迷っている。


 なのに、先走って保護するなんて言われても困らせるだけだ。

 だとしても、僕は彼に言葉を続けるしかない。

 慎重に、言葉を選んで。


「君たちの事情は知らない。どうして、子供たちだけで王都にいるのか。今まで何をしてきて、どうしたいのか、どうなりたいのか」


 僕に視線を戻すカイ。

 迷いと不安に揺れている瞳。

 ただ、それだけじゃない。自分たちの現状を考え、妹を守るための最善を模索する理知のある目だ。

 その目をじっと見つめながら続ける。


「だから、教えてほしい。君はどうしたい?」


 カイはしばらく何も言わなかった。

 じっと僕と、僕にしがみついたまま眠る妹を見つめる。

 さっきはこの後、北の森を見つめた。


 けど、今度は僕に再び目を向けた。

 ここに来た時のように強い視線。

 ただし、刺々しい雰囲気ではない、強い意志が込められた目だった。


「ぼくたちは父様と母様を探しています」

「うん」

「父様と母様はここに、王都に行くと言って出掛けたきり、十日も帰らなかった。いつもなら三日で帰ってくるのに」

「うん」


 二人きりで七日も。

 魔物も出る大森林の中。

 どれだけ不安だったか、僕には想像もできない。


「魔物除けの魔法も切れて、食べ物もなくなりそうで……。だから、ぼくはクウと一緒に父様と母様を探そうと思ったんです」


 子供とはいってもエルフだ。

 大森林の中なら危険な場所もわかるし、魔物に見つからないようにできたのだろう。


「けど、見つからなくて困っていたら、あの人たちが助けてくれるって、手伝ってくれるって」


 そして、ヨーシャーク商会の連中に騙されたわけだ。

 昨日までの酷い状況を思い出したのか、カイは苦しそうな顔で唇を噛む。

 静かに見守っていると、やがてカイは話を続けた。


「でも、うまくいかなくて」

「うん」

「でも、ぼくは諦めたくありません」

「うん」

「父様と母様とクウと四人で、あの家に帰りたいです」

「うん」

「ここで父様と母様を探したい」


 ひとつ息を吸って、はっきりと言った。


「だから、ぼくたちを助手にして下さい」

「うん。いいよ」


 ヨーシャーク商会に騙された後で、人間を信じるのは難しいだろう。

 きっと今でもカイは僕を信じてはいない。信じられないはずだ。僕だってヨーシャークと同じ人間なんだから。

 それでも、叶えたい願いのために勇気を出して決断した。

 僕を信じようとしてくれている。


 なら、大人としてその決断に応えないとね。


「よろしく。カイ、クウ。いつか君たちがここを出ていく時まで、今日からここが君たちの家だよ」


 僕が手を差し出すと、カイはそっと握り返してくれた。

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