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「ほら、クウ。ちゃんと起きて」

「んー」

「眠いよね。でも、ガマンして。早くしないと賢者様が起きちゃうから……」


 巡回騎士たちの第八小隊詰所から脱出し、普段着に着替えて戻ってきた僕はエルフの兄妹の姿を発見した。

 屋敷の影に隠れて、そっと様子を見る。


 初めてここに来た時に着ていたボロボロの服の二人。

 立ったまま寝てしまいそうなクウの手を引いたカイが、キョロキョロしながら屋敷から出てくるところだった。


 やっぱりかあ。

 なんとなく、こうなる気がしていたんだ。


「クウ。早く行かないと」

「やぁ。クウ、行きたくない。ここがいい」

「うん。そうだね。ぼくもそうだよ。でも、ぼくたちがいたら賢者様に迷惑なんだ。だから、ここにいちゃいけないんだよ」

「うぅー」

「クウも賢者様が困るのは嫌だろ?」

「うん……」


 昼間のディエゴたちの話から、ここに自分たちがいたら迷惑をかけるとか考えたんだろうなあ。

 本当に頭のいい子だ。

 まだ十歳とは思えないぐらいに。

 助手の時は助かるけど、こういう時はもっと年齢相応の子供でいてほしかったなあ。


 さて、このままだと本当に出ていってしまう。

 僕は城門の方に向かっていく二人の前にひょいと飛び出した。


「こら!」

「うわああああああああああああああっ!」


 おっと、お仕置きのためにも驚かせてみたけど、思っていたよりびっくりさせてしまったみたいだ。

 カイが悲鳴を上げて尻もちをついてしまった。

 クウの方は平然としていて、それどころか僕を見て嬉しそうにしがみついてくる。ちょいちょい思っていたけど、この子は大物なのかもしれない。


 カイの叫び声が聞こえたみたいで、城門の顔見知りの従士さんがこっちを見ているけど、なんでもないよと大きく手を振っておく。


「け、賢者様?」

「さて、夜更かしする悪い子は誰かな?」


 あわあわとしているカイの手を取って起こしながら声を掛ける。

 もっとあわあわしてしまったのは初めだけ。すぐにまじめな顔になって僕を見上げてきた。


「……ごめんなさい、賢者様。ぼくたちは出ていきます」


 さて、ここで手を引いて連れ戻すのは簡単だけど、どうしようか。

 力ずくで連れ帰っても、今度は僕がいない時に出ていってしまうかもしれない。

 うん。ちゃんと話した方がよさそうだ。


「どうして? 僕の助手になるの、嫌になった?」

「そんな事ありません!」

「じゃあ、家事をするのが嫌だった? それとも僕が嫌だった?」

「ないです! 賢者様が嫌いだなんてないです! 本当です!」


 必死に否定するカイ。

 いじわるな聞き方だったかな?

 でも、口にしてもらえると僕も安心する。

 よかった。この十日の生活はカイにとって悪いものじゃなかったんだ。


「賢者様のご飯はちょっと変でしたけど、おいしかったです! お掃除ができないのはどうかと思いましたけど、やりがいがあります! 洗濯物がしわしわなのはカッコ悪いですけど、ビシッとしたらかっこいいと思います!」


 おっと、本心を話してくれるのは嬉しいけど、ちょっと本音が僕の心に刺さってくるぞ?

 しかも、全部事実だからぐうの音も出ないし。

 うーん。よく考えてみると十日間ですっかり家事はカイ任せになっていたから、出ていかれると一番困るのは僕なのかもしれない。

 正直、元の生活に戻ってやっていける自信がないぞ。

 ……保護者失格、なんて言葉が頭をよぎる。


 それにしても、カイは主夫力が高いなあ。

 能力的にも、性格的にも……って現実逃避はここまでだ。


 僕は見上げてくるカイの頭を撫でる。

 初対面なら跳ね除けていただろうけど、カイはおとなしく受け入れてくれた。


「じゃあ、どうして?」

「だって、ぼくたちがいたらまたあいつらが……」


 昼間の事を思い出しているのが手に取るようにわかる。

 その心配は杞憂だ。


 ディエゴは来ない。絶対に、ない。

 けど、それは言わない。

 暗殺した事を話すわけにはいかないし、何より問題の本質はそこじゃない。

 カイが心配しているのは自分たちのせいで僕に迷惑が掛かる事だ。


 その不安を取り除いてあげないと繰り返しになってしまう。

 さて、どうやったら不安を取り除けるかだけど……。

 理屈じゃないよなあ、これは。


「大丈夫」


 僕はカイを抱き寄せる。

 先にしがみついていたクウとまとめてぎゅうっと頭を抱え込んで、何度も繰り返して『大丈夫だと』伝える。

 傷つけてしまわないように大切に、でも力強く。


「大丈夫だから。カイもクウも何も心配する事はないんだ」

「でも、賢者様」

「大丈夫だよ。僕は君たちの保護者だからね。何があっても、何がやってきても、ちゃんと守ってあげるから」

「賢者様……」


 僕の声が安心に繋がればいい。

 僕の心臓の音が届いていればいい。

 僕の体温がぬくもりとなって伝わればいい。


 迷惑なんて何もないと、わかってほしい。


 僕は知っている。

 かつてそうやって教えてもらったから。

 だから、今度は僕が教える番だ。


「大丈夫。絶対に大丈夫だよ」


 しっかりしていると言ってもカイはまだ十歳。

 エルフではどうか知らないけど、まだまだ大人に守られるべき子供だ。

 理屈抜き、ただ当たり前の事として、守られていていいんだ。


 それでも僕を見上げるカイの目は不安に揺れている。

 簡単に信じるにはこれまでが酷すぎた。


「賢者様は、どうしてぼくたちに優しくしてくれるんですか?」

「変な事を言うね、カイは」


 だからこそ、何でもない事のように言う。

 ごく当然の常識として。


「言っただろ? 君たちがいつかここを出ていく日まで、ここが君たちの家だって。同じ家に住むなら、それはきっと家族だ。家族に優しくするのは普通の事だよ」


 グッとカイは唇を強く締めて、うつむくように僕の胸に顔をうずめた。

 もしかしたら、泣いているのかもしれないけど、それは気づかないふりをするのは優しさかな。

 ピクピクと動いている長い耳も見なかった事にしようか。


 しばらく、そのまま待っているとクプー、クプーという変な音が聞こえてきた。


「ん?」

「クウ?」


 クウが立ったまま寝ていた。

 僕の足にしがみついて、全身をべったりとくっついたまま、気持ちよさそうに寝息を立てている。

 この子、本当に大物だなあ。

 隣でお兄ちゃんが葛藤して、泣いてたのに爆睡するとは……。

 まあ、五歳の子供が起きるには遅い時間だから無理もないんだけどね。


 僕とカイは顔を見合わせて、くすりと笑いあった。

 うん。目元と鼻の頭が赤くなっているけど、どんな事でも笑えるようなら大丈夫かな。


「帰ろうか。クウを寝かせてあげないと」

「はい」


 僕はクウを抱っこして、カイの背中を押して促す。

 素直に歩き出すカイだけど、屋敷の前に来たところでくいっと服を引っ張られた。


「ん? どうしたの?」

「あの、賢者様……」


 やっぱり出ていくなんて言わないよな。

 ちょっとだけ心配しながら見下ろすと、さっきとは違う感じにほっぺを赤くしたカイがいた。

 目を合わせないようにしているけど、チラチラとこっちの様子を見てくる感じがなんともいじらしい。


「その、迷惑じゃないなら」

「うん」

「今日……いっしょに、寝ちゃ、ダメですか?」


 ……なんだ、このかわいい生き物。

 開いちゃいけない扉を蹴破りそうで怖い。

 いけない。それはいけない。

 僕は理性を総動員して、見上げてくるカイの頭を撫でて誤魔化した。


 しかし、添い寝か。

 僕は仮面に触れて、少しばかり考える。

 賢者の僕の時はいつでもつけているこの仮面だけど、さすがに寝ている時ばかりは外している。


 ヨーシャーク商会で二人には素顔を見られているから、素顔を見られるのはまずい。

 かといって、今のカイのお願いを無下に断るのは不可能だ。


 となると、今日は徹夜だ。


「いいよ。カイとクウのベッドをくっつけて、三人で寝よう」

「はい!」


 嬉しそうに目を輝かせるカイ。

 むにゃむにゃと首筋にしがみつくクウ。

 そんな二人と一緒に僕は家に帰るのだった。

今回はここまで。

続きはしばしお待ちください。

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