8話 シスタークリス
今日の狩りを終えてお店に帰ってくると、よいやみが地下へと続く階段の前でソワソワしていた。よいやみはたまに変な行動をとるが、印象的だったのはお盆にシチューが載っているのに食べてもいないし涎を垂らしてもいない事だった。
「よいやみ、どうしたの? 変なモノでも食べておかしくなったの?」
「みつき! いい所に帰ってきたっす」
いい所?
もしかして、つまみ食いして逃げてきた?
いや、持っているシチューの量からつまみ食いではないと思うけど。
「今から地下に幽閉している奴に食事を届けなきゃいけないんすけど、あしはあの部屋苦手っす。それに呪われちゃ堪らんっすから、みつきが代わりに行ってくれないっすか?」
「えぇ!? 僕だってあの部屋は苦手なんだけど」
そもそも幽閉してる奴って誰?
なんでこのお店の地下に幽閉しているの?
「でも、みつきはフレースヴェルグがあるから呪われる事は無いっす」
「確かにそうだけど……」
腕輪になったフレースヴェルグには魂の強化以外にも特殊能力があったらしく、その能力が《状態異常完全無効化》だった。
この腕輪をつけている間は、毒にもかからないし、麻痺も何も起こらない。呪いも同じで一切効かなくなるそうだ。
「フレースヴェルグは黒女神のメンバーなら使用できるから貸そうか?」
「け、結構っす。下にいるビッチに飯を持って行って欲しいっす」
ビッチ? なんじゃそりゃ。
そこまで嫌がるなら仕方が無いと、僕はよいやみに渡されたグレートビーストシチューを持って地下へと降りる。
そうか……今夜はグレートビーストシチューか。このシチューはいつきさん特製で、ものすごく美味しいんだよね。今から楽しみだなぁ……。
呪い部屋には一人の女性がつながれていた。
この部屋に放置された人はもれなく呪われてエライ事になるというのに、この人は元気そうだ。
「ちょ、ちょっと!! 私をこの部屋から出しなさい!!」
顔を見るなり命令って……。
綺麗な人だけど、何か感じ悪いな。
「貴女は誰?」
「無礼な!! 私を知らないの!?」
いや、知らないよ。
そもそも初対面でしょ?
「私はソーパー王国の第一王女にして勇者パーティの聖女ローレル=ソーパーよ!!」
あぁ、この人が異国の聖女か……。
でも、聖女ってもう何百年も出ていなくて、聖女は一人って聞いた事があるんだけど、いつきさんも聖女だし……うーん、別の神様の聖女なのかな?
考えていても分からないから、後でいつきさんに聞いてみよう。
「とりあえず、食事を置いておくよ」
「こ、こんな物を食べろというのですか!?」
こんな物って、今日はいつきさん特製のグレートビーストシチューだよ。絶品なんだよ。
見た目も普通に牛の肉を使っているのと変わりないよ?
「いらないの? いらないなら、持って帰るね」
「いらないとは言っていないでしょう!!」
どっちなんだよ……。
僕は食事を置いて部屋を出る。
何かを叫んでいたが、わざわざ聞く必要も無いので無視して上に上がった。
夕食時、食卓にはグレートビーストシチューやサラダ等が並べられていく。
黒女神の食事は基本的に自炊だ。
料理担当は、いつきさんがメインでたまに僕が作る。
ただ、このお店の台所で僕一人では料理が出来ない。魔法具を使えないので、よいやみにサポートしてもらう事になっている。
ゆーちゃんは、無限の魔力のせいか魔法具の調整が上手くいかないので、台所へは立ち入り禁止になっている。
「美味しそうっす~。ローレルのアホにも同じ食事というのは納得いかないっすけど、今はどうでも良いっす。あ、みつき、呪い部屋まで持って行ってくれてありがとうっす」
「なんですか? よいやみさんがお世話をすると言ったんじゃないですか?」
「そんな犬猫じゃないんすから、ってか、ローレルと比べたら犬猫に失礼っすよ」
「よいやみ、あの女の人って本当に王女なの?」
「そうっすよ、アロン王国の隣の国の王女っす。ソーパー王国には二人の子供がいるっす。一人は王太子の《ヨハン》王子、この人は聡明な方で、次期国王として立派な御方っす。そして、地下にいるのが第一王女のローレルっす。こいつがアホすぎてソーパー王はいつも胃を痛めているっす」
「胃を?」
「そうっす、あの女はアホすぎて、いろいろな国の王子と肉体関係を持っているっす。だから、揉め事が多いんすよ」
「そんな人が聖女なの?」
今のよいやみの話だけ聞いていると、聖女の資格なんてないように感じるんだけど……。
『みつき、聖女というのは女神に対して一人だけです。この世界の女神であるセリティアの聖女はいつきさんだけですよ』
「そうなの?」
「どうしたっすか?」
「うん、アルテミスが言うには、セリティア様の聖女はいつきさんだけなんだって。じゃあ、ローレルって人は何なんだろう?」
「あ、そうっす。いつきに聞きたい事があったんすよ」
「なんですか?」
「ソーパーの教会は神のお告げと称して政治介入してくる事が多いそうっす。セリティア様ってそんなに政治介入してくる事が多いんすかね?」
よいやみの言葉を聞いて、いつきさんは腕を組んで考える。
「ソーパー王国ですよね。確か、ソーパー王国はセリティア様に嫌われています。だからか、ソーパーには巫女はいないはずです」
「そうなんすか?」
「はい。セリティア様の言葉が聞けるのは最低でも巫女がいなければいけません。それに、セリティア様は基本ぐうたらです。政治に興味を持つとは思えません。いえ、もしかしたら……」
いつきさんは席を立ち、部屋を出て数分で帰って来た。
「みつきさん、よいやみさん、明日はこの国の教会に行ってくれませんか?」
「教会に?」
「はい、この手紙を《えりか》という巫女に渡して欲しいのです」
「そのえりかさんって?」
「私が一番信頼している巫女です。間違ってもシスタークリスというババアには渡さないでください」
「ババアって……」
いつきさんが人の事をババアと呼ぶのは珍しいな。
よっぽど嫌いなのかな?
「じゃあ、あしらの明日の仕事はそれでいいんすか?」
「はい。ただ、午前中には手紙を渡してくださいね。お昼からは通常通りですから」
「「あ、はい」」
次の日。
僕とよいやみは、アロン王国セリティア教会のえりかさんを訪ねた。
この教会は各国にある教会の中でも大きい部類らしくて、いつきさんという聖女が現れた事から教会信者から聖地と呼ばれるにようになっているらしい。
世界中から信徒が参拝に訪れているらしく入り口付近は教会信徒で賑わっていた。
教会の入り口では、僧兵と呼ばれる教会所属の兵士が立っていた。
パッと見ただけだけど、この僧兵さん達はゴールドランクである《流れ星の流星》よりも遥かに強そうに見えるし、実際強いそうだ。
僕達は僧兵にえりかさんを呼んで貰う事にした。
最初は、門前払いされそうになったけど、僕達が聖女いつきさんが所属する黒女神のメンバーだと気付いたシスターが話をしてくれた。
僧兵は疑うような顔をしていたけど、僕が勇者黒姫という事に気付いたのと、いつきさんからの手紙を見せた事で信じてくれたらしく、急いでえりかさんを呼びに行ってくれた。
「みつき、教会の中に入らないんすか?」
「うん。教会の中は信徒の人が多いし、そこで聖女からの手紙となったら騒ぎになるでしょ?」
「でも、入り口で渡してたら同じだと思うのはあしだけっすか? ん? アレがえりかさんっすか?」
よいやみが指さす先に、六十代くらいのシスター服を着たお婆さんが僕達に向かって歩いてきた。
「聖女いつきの手紙を持っているそうですね」
「貴女は?」
「私はシスタークリス。この教会を取り仕切っている者です」
この人がシスタークリス。
いつきさんはこの人の事をババアと呼んで、手紙を渡すなと言っていた。
「で? 何の用っすか?」
「その手紙は私が預かりましょう。えりかに渡しておきます」
やっぱり欲しがっている。
いつきさんに言われてなかったら、渡していたよ。
「いえ、結構です。聖女であるいつきさんから、直接えりかさんという巫女さんに渡すように言われていますので」
「私はこの教会で一番偉いのです。それを渡しなさい」
一番偉い?
聖女よりも?
シスターなのに?
「いえ、僕達はえりかさんに渡せと言われているんです。シスタークリス、貴女には渡すなと言われています」
「あんな強欲な女の言う事など聞かなくてもいいんです。私に渡しなさい!!」
「何を騒いでいる?」
僕とシスタークリスが言いあっていると、誰かが声をかけてくる。
この人は?
赤みがかかった黒髪で短髪の綺麗な女性。
気が強そうだけど、決してキツイわけではないきりっとした顔。
パッと見ただけでは女性と気付かないくらいの人だ。
でも着ている服は、リュウトの時にいつきさんが着ていた服に似ていて、スタイルは出るところが出ていて、腰も細い。紛れもなく美人さんだ。
その女性はシスタークリスを無視して僕に話しかけてくる。
「いつき様から私に手紙があるんだって? 僧兵が慌てて教えてくれたから急いで来て正解だったよ」
この人が《えりか》さんなんだ。
「はい。でも、シスタークリスが手紙を寄越せとしつこいんです」
「そうなのか? シスタークリス。あんた、いつから聖女の手紙を横取りするほど偉くなったんだ? あんたはシスターの長ではあるが巫女では無いんだぞ。教会一番の古株とはいえどそこまでの権限は無いはずだが?」
「くっ……何を偉そうに……」
「偉そうにも何も実際私は巫女長だ。シスターであるあんたよりも偉いのは事実だ」
「わ、私も巫女ならば、えりかよりも!!」
「それはないな。あんたはセリティア様の声が聞こえなかった。それが全てだ」
今の話が本当だったのなら、巫女さんはセリティア様の声が聞こえるんだ。
シスタークリスはえりかさんを睨みながら教会の奥へと戻っていった。
「済まないな。アレは何を勘違いしているかは知らないが、自分が教会で一番偉いと思い込んでいるんだ。それよりもいつき様から手紙と聞いたのだが?」
「あ、これです」
「ふむ」
えりかさんは僕達の目の前で手紙を読み始める。
手紙を読み進めるごとに、えりかさんの表情は険しくなっていく。
「成る程……。やはり、いつき様が睨んでいた通りだったか……。しかし、アイツを捕らえるには証拠が足りないな……。仕方ない、クレイザー君に依頼しておくとしよう」
「クレイザー?」
「あぁ、君は勇者黒姫だろう? クレイザー君を知っているかは分からないが、私の幼馴染で彼も勇者なのだよ。最近、意味不明に光り始めたから有名になっているかもしれない……って、何故土下座をしようとしているんだ!?」
「い、いや……、く、クレイザーが光り始めたのは僕達が原因で……」
「ん? どう言う事だ?」
僕はクレイザーが光り始めた経緯を話す。
「そうか……あのバカはそんな事をしていたのか。君達が気にする必要はない。彼自身は自分が光輝くのを喜んでいたからね。ふむ、どちらにしても、クレイザー君は勇者としては少し配慮に欠けた行動をとったようだ。少し可愛がっておくとしよう」
そう言うと、えりかさんは少し楽しそうに笑った。
きっと可愛がるとは、言葉通りの意味じゃないんだろうな……。
「いつき様には、引き続き調査をしておくと伝えておいてくれないか? ソーパーの件も何かわかったら伝えるとしよう」
「はい。お願いします」
僕達はえりかさんと別れ、お昼からのお仕事へと向かった。




