6話 会いたくなかった相手
「異国の勇者っすか……」
いつきは依頼内容に不満そうだったっすけど、あしとしては宰相であるシドさんからの依頼内容に不満は無いっすけど気になる事はあるっす。
それは異国というのがアロン王国の隣国のソーパー王国の勇者だという事っす。
「ソーパー王と言えば、聡明な国王だったはずっす。別にこの国の様に魔族の脅威にさらされていたわけではないっすし、あの国が勇者を祀り上げるなんて考えにくいんすけどねぇ」
あしはこう見えても王女っすから、ソーパー王や王太子であるヨハン王子とも会った事があるっす。でも二人共、勇者にはあまり興味がないというか、冒険者ギルドとも友好関係を築いていたっすから、勇者を必要とするとは到底思えないっす。もしくはそんな状況になった?
いや、それは無いっす。もしそうなら勇者を隣国とはいえ、好き勝手に旅をさせないっす。
でも、いつきが出会ったという勇者は王に任命されたと言っていたっす。
どう言う事っすかね?
そういえば……。
あの国の教会の政治介入は酷いと噂で聞いた事があるっす。
なんでも、女神セリティア様からお告げがあるとかどうとか……。
あしは巫女じゃないっすから、セリティア様のお告げは分からんっすけど、聖女であるいつきがいるにもかかわらずこの国では教会の政治介入は殆どないと聞いたっす。
でも、あしの故郷であるガストでも教会の介入が多少あったっすから、ソーパーのお告げの事は夜にでもいつきに聞いてみるっすかね。
「しかし、勇者以上に異国の聖女の事を聞いて何か引っかかるっす」
まさかと思うっすけど、あの女が聖女を名乗っているんじゃないっすよね。
ソーパー王国第一王女ローレル。通称ビッチ姫。
あの女が聖女なんてちゃんちゃらおかしいっすけど、教会が絡んでいるのなら在り得ない話ではないっす。
とはいえ、あの女は普段の素行が悪いっすから聖女に選ばれる事は無いと思うっす……いや、うちの聖女は強欲だったっす。そう考えればあり得るんすか?
しかし、あの女はあり得ないと思うっす。
あの女は、いい男を見ればすぐに股を開くビッチっす。
何年か前に魔導大国ガストの王太子である《やと》兄様に言い寄った事もあるっす。
確かに、やと兄様は、妹のあしから見ても顔は良いと思うっすし、文武両道という奴っす。そのうえ性格まで良いと来たら、他国の王女としては手に入れたいと思うのは仕方ないかもしれないっす。
しかし、やと兄様には《レイチェル》姉様という婚約者がいるっす。
ローレルも見た目だけは良いと思うっすけど、レイチェル姉様の方が顔、スタイル、性格、頭脳の全てがローレルを上回っているっす。あ、勝っているのは身分だけっすかね。とはいえ、レイチェル姉様も公爵家っす。やと兄様の婚約者としては十分っす。
それ以前に、二人はラブラブっすからね。割り込む余地は無いっす。
しかし、あの女は王女という身分を使って二人の仲に無理矢理割り込もうとしてきたっす。
あの時は国王である親父が抗議という名の宣戦布告をして事は済んだっすけど、親父が出る前にあしと殴り合いの喧嘩をしたのはいい思い出っす。
あの頃は、まだ鍛えてなかったっすから二人共ボコボコだったっすけど、今なら一方的にボコれる自信があるっす。
よく考えたら、親バカである親父がボコボコになったあしを見て宣戦布告したかもしれないっすね。
まぁ、戦争になる前にソーパー王が詫びを入れたんすけどね。
さて、今日はどこを調べるっすかね。っと、その前に腹ごしらえっす。
「おっちゃん、串焼き五本頼むっす」
「はいよ!! よいやみちゃん、浮かない顔してどうした?」
「ラビさんからあしらの依頼の話を聞いてないっすか?」
「うん? 黒女神が異国の勇者をどうこうという奴か?」
「そうっす」
「黒女神の皆なら、異国の勇者くらいどうとでもなるだろう?」
確かにその通りっす。
串焼き屋のおっちゃんはラビさんの親父さんっす。昨日の夜にみつきが驚いたと騒いでいたっすね。でも、みつきも知らない事がまだあるっす。
「異国の勇者に関して何か気になる事でもあるのかい?」
「あるっす。おっちゃんも知っていると思うっすけど、異国ってのがソーパーの事っす」
「ソーパー王国!? あの国の王が勇者を選任したのか!?」
「そうみたいっす。おっちゃんも元貴族だったら、あの女の噂を知っているはずっす」
みつきが知らないおっちゃんとラビさんの最大の秘密は、おっちゃんはアロン王国の侯爵だったという事っす。
レオン陛下がティタンを討伐した時に貴族の位を返上したそうっす。レオン陛下は残るように言ったそうっすけど、おっちゃんが固辞したそうっす。
あしは外交で何度かおっちゃんと会っていたので、おっちゃんが串焼き屋をやっていた時は驚いたっす。いや、おっちゃんもあしを見て驚いていたっすね。一応、あしもガストの元王女っすからね。
「そうか……ローレル姫がソーパーの聖女の可能性があるのか」
「そうっす。確か、あの女と教会の大神官がそういう仲だと噂で聞いた事があるっす。もしかしたら、体を使って聖女になったかもしれないっす」
あの女は、自分の為ならば簡単に体を売る女っす。そのうえ王女という地位を持っているのがさらに厄介っす。
「もしそうだとするなら、陛下を狙っているのか?」
「確かにレオン陛下は独身っす。ガストにいる頃から浮いた話を聞いた事が無いっす。あの女は見た目だけはやたらいいっすから、もしかしたらコロッと落ちてしまうかもしれないっす」
そうなれば、国がめちゃくちゃになってしまうっす。
……暗殺した方が良いっすか?
「その辺りは大丈夫だ。陛下には想い人がいる。ずっと求婚しているがいい返事は聞けないらしいがな」
「そうなんすか? それは良い事を聞いたっす。誰っすか? あしらが知っている人っすか?」
「あぁ、ギルドのサブマスターのリリアン嬢だ」
「それは面白い事を聞いたっす。今度リリアンさんをからかってやるっす」
「おいおい……」
しかし、リリアンさんが未来の王妃っすか。
……似合うっすね。
これは是非とも応援しなきゃいけないっす。
「とりあえず、王女が聖女をやっている可能性がある事を冒険者ギルドに報告しておいた方が良くないか? 噂じゃ、行く町々で問題を起こしているんだろ? もしかしたら、国際問題に発展しちまうかもしれねぇ」
「う……確かにその通りっす。まだビッチ姫が聖女と決まったわけではないっすが、一応報告しておくっす」
うぅ……、面倒くさいっすけど、ちゃんと報告しておいた方が良いっすね。
あしは、串焼きを五本追加購入して冒険者ギルドへと向かうっす。
冒険者ギルドに入ると、見た事のある魔導士が偉そうにしているっす。
こいつは、ソーパーの貴族っすね。過去に一度だけ見た事があるっす。宰相の息子だったっすかね? 名前は知らんっすけど。
ソーパーの宰相さんは賢人として有名な御方っすけど、息子であるこいつはあまりいい噂は聞かないっす。二年前の情報では、宰相さんはこいつに見切りをつけて養子を探していると聞いた事があるっす。あれはどうなったんっすかね?
ともかく、こいつ等をどうするかっすけど、今はあし一人っすからどうもしないっす。
こいつ等を捕らえるのは簡単なんすけど、出来れば勇者を何とかしたいといつきが言っていたっすからね。勇者カイトを捕らえるまでは、今は放置しておくっす。
「おい、お前!!」
魔導士が何か叫んでいるっす。
誰にいちゃもんつけてんすかね?
「おい、金髪の女!!」
「もしかしてあしの事っすか?」
「そうだ!! さっきは不意打ちで負けたが、本来はお前などには負けん!!」
不意打ちも何も、一撃で沈められたくせに何を偉そうにしてんすかね?
しかも、みつきから聞いたっすけどこいつの詠唱は遅いって言ってたっすけど、それでどうやって勝つつもりっすかね?
普段から、ゆっきーやいつきの詠唱なしの魔法を見ているあしらからすれば、中級魔法程度で詠唱してる奴に負けるわけないんすよ。
「なんすか? 喧嘩売ってんのなら買ってやるっすよ。後ろの戦士風のにーちゃんも一緒に相手になってやるっすよ」
「なに? 女、オレを相手に舐めているのか?」
「舐めていないっす。妥当だと言っているんすよ」
戦士風の男は、怒っているのか震えているっす。
つーか、これくらいの挑発で乗ってくる事自体まだまだっす。だいたい、戦闘中に悪口言われて熱くなる奴はアホっす。
……。
身近に体形の事を言われてすぐにキレる奴がいたっす。
みつきをアホとは言いたくないっすから、これは撤回しておくっす。
「で? 二対一でやるっすか? それとも一対一でボコボコにされても良いように、言い訳を考えておくっすか? あしとしては面倒なので二対一の方が楽なんすけどね」
「ふっ……、アシャ、怒り狂ったお前では女を壊してしまう。あの女は見た目だけはいい。ここは俺に任せて貰おうか?」
「グッ、仕方ない。サピノス家の方が爵位は上だ。大人しく従うとしよう」
一対一っすか?
良いんすけど、ちゃんと戦えるんすかね?
「紅蓮の業火に焼かれ……ぶっ!!」
あしはのんきに詠唱を唱えだした魔導士の腹を殴るっす。
いくらなんでも棒立ちで詠唱というのは馬鹿すぎるっす。あし等の様な前衛がいればそれでもいいっすけど、一対一で棒立ちは攻撃してくださいと言っているようなモノっす。
もしかして卑怯とでもいうつもりっすか? そんな事を言ったら、本物のアホっす。
「お、オーソン!! 女、キサマ卑怯だぞ!!」
「何を言っているんすか? 戦闘に卑怯も何も無いっす。試合じゃないんっすよ? で? 次はあんたっす」
「オーソンは、お前が死なないように手加減をしていただけだ。オレにはそんな優しさはない。後悔しろ!!」
手加減っすか……。
魔導士が使おうとしていた魔法は火属性上級魔法っすよね。
いくらあしでも無防備で上級魔法を喰らえば消し炭になるっす。まぁ、あくまで無防備に喰らえばの話っすけどね。
みつきと戦った時は《フレイムサークル》だったらしいっすから、よっぽどあしを殺したかったんじゃないっすかね? もしくは殺せる程の威力を出す自信が無かったかっすね。
あしが考え事をしていると、戦士が大きな剣を叩きつけようと振りかぶるっす。
苦戦しているフリでもしてやろうかと思ったっすけど面倒っすね。ちゃっちゃとやってしまうっす。
あしは、戦士の剣の刃を掴むっす。
ゼドラと戦った時のアルテミスさんみたいなものっすね。アレ、やってみたかったんすよ。
まぁ、あの時とは比べ物にならないくらい鈍いっすけど。
魔力を少し込めてやるだけで、簡単に止められたっすけど、もしかして魔力による強化をしてないんすかね。もしそうなら雑魚もいいとこっす。
まぁ、いいっす。
あしは戦士の顎を思いっきり殴り上げてやるっす。
戦士が避けられるほどの速度で殴ろうとしたやったっすから、戦士は避けようとしているっす。
それがあしの狙いなんすけどね。
あしの拳は顎に掠るっす。熊の話が本当なら、これで戦士は倒れるはずっす。
戦士は、何が起こったのか理解できないまま、その場に倒れて気絶したっす。
周りの冒険者達からすれば、戦士はあしの攻撃を避けてこけて気絶したように見えたはずっす。
熊が言うには、顎を掠らせる事で脳震盪を起こすだったっすかね? 良く分からんっすけど、面白い結果になったっす。
「勝手にこけて気絶したっす。馬鹿なんすね。そこの冒険者達、こいつは邪魔だから捨てて来て欲しいっす」
あしがそう頼むと、冒険者達は二人をゴミ捨て場に捨てに行ってくれるっす。
これで邪魔ものはいないっすね……と思っていたら、金髪でエロボディの女が冒険者ギルドに入ってきたっす。
あぁ、アイツは……。
あしの嫌な予感が的中したっす。
あしは金髪のエロボディの女を睨むっす。
「やっぱりお前だったっすか……ビッチ姫」
「だ、誰がビッチよ!! この無礼者が!!」
「ビッチをビッチと言って何が悪いんすか?」
ビッチは、あしを見て目を見開く。
どうやらあしと気付いたようっすね。
「あぁー!! あんたは脳筋姫、よいやみじゃないの!?」
しまったっす。
こんな所で大声を出すとか、口を塞いでおけばよかったっす。




