29話 女神アルテミス
今回は三人称視点です。
みつきの姿をしたアルテミスと名乗る女神は、白金に光る翼を広げゼドラに微笑みかける。
その微笑みは少なくとも敵には絶対に見せない顔だった。
「くはははは!! 女神アルテミスだと!!? たかが人間が神を詐称するとは何たる傲慢!!」
『ふふふ、どの異世界かは知りませんが、たかが田舎魔王程度が女神の残滓である私に勝てるとでも?』
「くはははは!! 分かりやすい挑発だな!!」
『ふふふ、挑発ではありませんよ』
ゼドラはこれを挑発と取ったようだが、みつきは気にした様子もない。
それどころかゼドラを憐みを込めた目で見つめていた。
そんな二人の隙を見ていつきがよいやみに近付く。
「よいやみさん、大丈夫ですか?」
「あしは大丈夫っす。多少休めば動けるようになるっす。ゆっきーはどうなんすか?」
「ゆづきちゃんも気を失っているだけですね。よいやみさん、これを飲んでください。痛みが和らぐはずです」
いつきはよいやみに茶色でドロドロの液体が入った瓶を渡す。よいやみは嫌な顔をしてそれを飲み干す。すると、よいやみの体から痛みが引いて行く。
「これは何すか?」
痛みが引くのはいいが、味が絶望的に不味く、よいやみとしては今すぐにでも吐き出したい気分だった。
しかし、いつきの気持ちを無駄にできないので、必死に飲み込んだ。
「試作のポーションの原液です」
「効果は抜群っすね。欲を言うなら味を何とかして欲しいっすね」
よいやみは精いっぱい感想を言う。
本来はのたうち回りたいくらいに不味いモノだったのだが、今は状況が状況なので空気を読んだのだ。しかし、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「しかし、あのみつきの変化は何すかね」
「えぇ、今のみつきさんからは魔力があふれ出しています。しかも、今まで感じた事のない程の強力な魔力です」
「あしは、この魔力を感じた事があるっすよ」
「え?」
「みつきが普段、無意識に垂れ流している魔力ソックリっす」
普段のクエストでも、一緒の行動する事が多いよいやみは、みつきから発せられる魔力に気付いていた。
しかし、当の本人であるみつきは自分に魔力がないモノと思い込んでいるので、よいやみがこの話をしても、信じる事は無かった。
「じゃあ、アレが本来のみつきさんの魔力という事ですか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないっす」
「え?」
「今のみつきはみつきであってみつきじゃないっす。女神アルテミスって名乗っていたっす」
「確かにそうなのですが……」
(アルテミスと言えば、みつきさんの聖剣の名です。まさか、聖剣に人格を乗っ取られた? しかし、魔力はみつきさん本来のモノ……どういう事でしょうか?)
『いつきさん、その考えは間違っていますよ。私が聖剣の中にいたのは事実ですが、今の私はみつきの体を借りているだけです。この事につきましては、後でしっかりと説明します』
(体を借りている? それに私の心を読んだ!?)
「いつき、あのみつきが言っている事が本当なら、今はみつきに任せるしかないっす。しかし、あの羽の色は綺麗っすね。あの羽からもとんでもない魔力を感じるっす」
「神というのは、羽の色や数で神格を現しているそうです。そしてあの色は……」
「銀色っすね……」
よいやみには銀色に見えていたのでそう口にしたのであろうが、実は、みつきの背にある羽の色は《銀色》ではなかった。
女神の事をよく知らないよいやみと違い、いつきはこの世界の女神セリティアと交流がある為にみつきの羽の色が銀色でない事に気付く。みつきの今の羽の色は銀色ではなく《白金》。光の加減で金にも見える不思議な銀色。それがみつきの羽の色だった。
それに比べてこの世界の女神であるセリティアの羽の色は金色。白金は金よりも神の格は上。つまりは女神アルテミスは女神セリティアよりも格の高い女神という事になる。
「よいやみさん。あの色は銀色じゃありません。あれは白金。この世界の女神セリティア様よりも高位の女神の持つ羽の色です」
「そうなんすか!?」
(しかし、聖剣に神の名がつけられている事は知っていましたが、神そのものが聖剣に入っていたとは……)
全ての聖剣がそうという訳ではないが、最初の聖剣が作られたときに全知全能の神の名をつけた事から、聖剣には神の名をつけるというのが一般常識となった。
しかし、所詮、聖剣自体が人の手によって作られたモノ。その剣に神が宿るという事は考えられなかったし、今までそんな話を聞いた事も無かった。
だが、目の前のみつきの姿をした女神は確かに存在する。そして聖剣の中にいたとも言っていた。
みつきはいつき達に手を翳す。すると掌が優しく光り、その光と同時にいつき達を守るように薄い網状の膜が張られる。
『その結界で私達の攻撃の余波……いえ、直撃を受けてもだいじょうぶです』
いつき達に張られた結界を見て、ゼドラは感心したように笑う。
「ほぅ、神の結界か。それが使えるとなると神を名乗るの事を少しだけ信用してやろう」
『別に信用などしなくても構いませんよ。私を舐めたままでいてくれるのなら、それはそれで楽に終わらせてあげれますから』
アルテミスはゼドラを挑発するように口を隠し笑う。その仕草を見たゼドラは少しだけ苛立ちを覚えた。
(目の前にいる勇者が女神? そんな馬鹿なと一蹴する事は簡単だが、万が一を考えねばならぬ。ワズのおかげで魔物変化症の薬の可能性を知る事が出来たのだからな、こんな所で躓くわけにはいかぬ)
ゼドラは魔剣ビフロンスを呼び寄せる。
人が鍛えし最高傑作ともいえる剣を聖剣と呼ぶ事が多いが、魔剣は違う。魔剣は製作者の恨みつらみや邪まな思いが込められている事が多い。
そのためか魔剣には様々な状態異常を起こす特殊能力がある事がある。魔剣ビフロンスにはも魂を麻痺させるという力が込められている。この魔剣で斬られた者は、傷の深さは関係なく、魂が麻痺してしまい動けなくなってしまうのだ。
(ビフロンスの力を使えば、簡単に勝つ事も可能だろう。しかし、奴が本当の神であった場合、その効果が表れる事は無い……となると)
「さて、貴様が神となると、我も本気を出す必要があるな。神を詐称した事を悔いながら死ね!!」
『結局、詐称と言っているではないですか』
ゼドラの全力の攻撃は、いつきの目では追い切れていなかった。よいやみですら、集中すれば何とか目で追えるほどの速さだったのだが、目の前のみつきはその攻撃を完全に見切っている。
その証拠に、ゼドラの斬撃はみつきによって掴み止められていた。
刃の部分を完全に握っているのに、みつきの手からは血が流れていない。
(刃を掴んでいるのに魔剣の効果が出ない……という事は、こいつは本物の!?)
『何を驚いているのですか? 刃物を掴むのに何も対策を取っていないわけがないでしょう』
ゼドラが魔剣を握るみつきの掌を注意深く見ると、薄っすらと魔力を纏っている事に気付く。
「そうか、キサマ魔力によって刃から身を守ったな」
『ふふふ……』
この言葉にゼドラは少し安心した。
魔剣の力が効かなかったわけではなく、魔力で防御したのだと。
しかし、ゼドラにこう考えさせる事がアルテミスの狙いだった。ゼドラはその事に気付かずアルテミスを偽物と決めつけてしまった。
「やるな!! 似非女神め!!」
『似非とは失礼ですね。貴方こそ田舎魔王でしょうに』
アルテミスは、地面に刺さった自分と同じ名の聖剣を握りゼドラに斬りかかるが、簡単に防がれてしまう。それもそのはず、アルテミスの剣技は剣とは無縁のいつきですら避けられそうなほどの遅さだった。当然、みつきが振るっていたのなら、いつきには避ける事は出来ない。
「その哀れな剣技はなんだ? 女神になる前の方がまだ手ごたえがあったな!!」
『し、失礼ですね!! 普段は剣を使わないだけです!!』
ゼドラは、魔剣で斬りつけさえすれば、動けなく出来ると信じていた。だからこそ、アルテミスを斬ろうと何度も剣を振るう。しかし、アルテミスは剣は使えないが避ける事は出来ので、ゼドラの剣はアルテミスに掠らせる事すら出来なかった。
アルテミスは避けながら後ろに飛ぶ。そして頬を負赤らめながら必死に言い訳をする。
『そもそも、私は剣技なんて使えません!! 自分の武器で戦いますぅ!!」
アルテミスは不貞腐れた顔をし剣を地面に突き刺す。そして両手に魔力を溜め、弓矢のような形に作り上げる。
これがアルテミスの本来の武具《月光の弓》に《月影の矢》だ。
『さて、ここからが本番ですよ』
アルテミスはゼドラに向かい矢を放つ。
放たれた矢は、一筋の光となりゼドラを襲う。
「むっ!?」
ゼドラの感じた魔力量からすれば、たとえ当たっても全くダメージを負うはずがなかったのだがゼドラは危険を察知したかのように焦ってその矢を避けた。
矢はゼドラの後方の岩を抉り取った。
『あら、まだ似非女神と思っているなら当たってくれた方が貴方の言い分に説得力が出ますのに、何故避けるのですか?』
「き、キサマ……その力は!?」
『お話はしませんー!! 次は連射ですよー』
アルテミスは連続で矢を放つ。しかも、先程よりも速い速度でだ。
ゼドラはその矢を避ける。そのうち避けられないと悟ったのか、魔剣で矢を弾き落とし始めた。アルテミスは連射を止めない。そのうち、ゼドラも剣で捌ききれなくなり、左腕を消し飛ばされてしまう。
「ぎゃああああ!! わ、我が痛みを感じただと!!?」
『それはそうでしょう。私の攻撃は神罰そのものですよ? 圧倒的な力の差があるのならまだしも、貴方程度なら一撃で葬り去れるほどの威力ですよ。さて、今度のこれは避けられますか?』
アルテミスは空に矢を討つ。その矢はゼドラの真上で無数の矢へと分裂して雨のように降り注ぐ。
ゼドラは、いち早く魔力で防御膜を張っていたが、その膜を貫きゼドラに神罰の矢が降り注いだ。
無数の魔力の矢がゼドラの体を貫く。
しかし、矢の雨は止まない。
ゼドラがいた場所は無数の矢の雨により土煙が舞う。
やがて土煙が晴れると、ボロボロで血まみれになったゼドラが立っていた。
「が、はぁ……」
ゼドラは、瀕死ながらも生きていた。
しかし、その眼には恐怖の色が浮かんでいた。
(ば、馬鹿な……この攻撃は本物の神罰のようではないか……。ま、まさか、本物の女神なのか!? く、クソ……何とか逃げなくては……)
ゼドラは必死に逃げ道を探す。
しかし、どこへも逃げられそうにない。
アルテミスはゼドラに向け弓矢を構える。
『さて、せめて私の最高の必殺技で終わらせてあげましょう』
(や、やばい!!? あの攻撃を受ければ、我は!!?)
ゼドラは、生まれて初めて恐怖を感じた。
そして、その矢は自分を確実に殺せる程の攻撃だとも感じていた。
『滅びなさい!! 月光衝!!』
アルテミスの放った矢は、ゼドラもろとも全てを消し去る。
ゼドラは最期まで逃げようとしていたが、結局アルテミスの月光衝から逃げられるわけもなく、魂ごと無に帰された。
『これが、神のお仕置きです』




