26話 堕ちた勇者
王様とアリ姉からの依頼は、ティタン討伐。
正式に依頼があった次の日、僕達はティタンの居城が見渡せる場所に転移して来た。
いつきさんも一度、この場所に偵察に来た事があるらしい。
「やはり、敵の居城というだけあってキメラがそこら中にいますね。フォズの塔にいた大型のキメラも数匹いるようです」
確かに、城を守るようにスカルドラゴンや、塔の二階で戦ったキメラ、それにあの悪魔型のキメラが何体もいる。それ以外にも、大型の鳥のようなキメラや、獅子の顔を持つドラゴンなども存在している。
「一匹一匹倒していくのは、手間というか……。そうだ、いつきさんのブラックホールで一気に吸い込めないかな?」
あの魔法なら、数はあまり関係なくどうにかなりそうだ。
しかし、いつきさんは黙って首を横に振る。
「今の私のブラックホールではあの数は吸い込めません。吸い込めたとしても体の小さいモノだけです。恐らくですがスカルドラゴンや、あの大きな獅子ドラゴンなどは吸い込めないでしょう」
確かに、フォズの塔で吸い込んでいたのはスケルトンだけだった。
吸い込めないとなると……。
「出来れば戦いたくはないけど、行くしかないのかな?」
「そうっすね……。出来れば戦うのは控えたいっす」
アレ?
よいやみから意外な言葉が。
「……慎重だね」
「そうっすか?」
よいやみなら嬉々として真っ先に戦いに行くと思ったんだけど、どうやら慎重になっているようだ。
「まぁ、慎重にならざるを得ないっすね。フォズ以外にも腹心が三人とバトスさんを追い詰めた奴がいるんすから」
確かに、バトスさんが命からがら逃げてきたと言っていた事から、相当の強さの奴がいると思うけど……今のバトスさんは物凄く強くなっている。
「強くなる前のバトスさん達だったから負けたんじゃないの?」
「あしもそう思うっすけど、当時のバトスさんが一方的に負けたんすから、油断は出来ないっす!! みつきはすぐに油断するっす。熊に怒られたのを忘れたっすか? ダメっすよ、分かったっすか? 」
「う、うん」
確かによいやみの言う通りだ。
戦いというモノは、少しの油断が死につながるという事を忘れちゃいけない。
これは……反省しないとね。
「で、戦いたくはないけどあのお城に入らなくちゃいけない。どうやって入るかだよね」
どのみち、あのキメラ達と戦うという選択肢以外は無いのかもしれない。僕がそう思い始めていると、「ゆーちゃんにおまかせ」と胸を張るゆーちゃんがいた。
これにいつきさんが反応した。
「ゆづきちゃん。本当ですか?」
「うん」
ゆーちゃんは、お城全体が見渡せる場所に立つ。
そこならば、キメラもよく見えるはずだ。
ゆーちゃんは両手を前に出す。
……そして。
「ばくしゅく、らーじぐらびとん」
と魔法を唱え、手を下に勢いよく下ろす。
今まで聞いた事も無い魔法だ。どんな魔法なの?
そう思った瞬間、大量のキメラが一斉に潰される。恐ろしい事に、空に浮いていたキメラまで地面に叩き落とされている。
よく見ればそれだけじゃない。
地面にめり込んだキメラが次々と塵になっている。
こ、この広範囲で殺傷能力の高い魔法は何!?
ゆーちゃんは「おわった」と言って僕の所に駆け寄って来て抱きつく。お城の周りのキメラは一匹も残っていなかった……。
「ゆ、ゆーちゃん凄い!!」「ほ、本当っす!!」
凄すぎる。
というよりも、即死魔法を息を吐くがごとく使いまくるゆーちゃんにこんな危険な魔法を教えたのは誰だ!?
僕もよいやみも、この魔法をゆーちゃんが乱発しないかを心配しているのだ。
ゆーちゃんなら、その時の気分で乱発しかねないからね。
でも、今はゆーちゃんを褒める。
ゆーちゃんのおかげで、お城には入れそうだし。
僕とよいやみがゆーちゃんを褒めていると、いつきさんがビックリした顔をしている。
「重力魔法を教わっているとは聞きましたけど、爆縮まで覚えていたんですか!?」
「爆縮?」
聞き覚えの無い魔法だ。
強力な魔法なのかな?
「はい。魔法の威力を飛躍的に上げる補助魔法です。はるさんですら詠唱を必要としている魔法なのに、ゆづきちゃんは詠唱をせず使いました」
はる婆ちゃんは賢者と呼ばれた存在だ。
賢者というのは、名乗りたくてな乗れるものではなく、長年魔導士としての実績を残した者に送られる称号だと聞いた。
現在、賢者と呼ばれる存在はこの世界でも五人いるかいないかだそうだ。
賢者であるはる婆ちゃんですら詠唱を必要とするって、それって相当難しい魔法という事じゃ……、もしかしてゆーちゃんはかなり凄いの? それに重力魔法って、昔読んだ魔法辞典に失われた魔法って書かれていたような気が……。
「ゆっきーは凄いっすね。ガストでも重力魔法の事は既に記述すら無くなっている失われた古の魔法っすよ。それはともかく、ゆっきーのおかげで城には簡単に入れそうっすね。いつき、あの城の入り口まで転移できるっすか?」
「出来ますよ。目でもいえる範囲ですからね」
いつきさんは転移魔法を使って、僕達をお城の入り口に転移してくれる。この魔法も相当便利だ。ただ、はる婆ちゃんはなぜかこの魔法を覚えていなかったらしく、魔法具屋のおばちゃんに嫌々教わっていたそうだ……何故嫌々だったんだろう?
お城の入り口は、不気味にも開きっぱなしになっている。余程、中の警備が厳重なのか、それとも侵入者を歓迎でもしているのだろうか?
ここまで容易く侵入できるとなると、逆に警戒しようという気になる。
「ゆっきー。面倒っすから、この城ごと重力魔法で破壊出来ないっすか?」
よいやみ……それは反則だろう。
「それ、いい考えですね」
いつきさんもそれに賛同する。
そ、それでいいの?
「うーん。やってみる」
ゆーちゃんも少し疑問に思っているのか、首を傾げてながら両手を前に出す。
そして……。
「ばくしゅく、らーじぐらびとん!!」
ゆーちゃんは両手を勢いよく下ろす。
しかし、お城はビクともしていない。
お城の真上当たりの空気が真下に向かい歪んでいる事から重力魔法は発動していると思うんだけど、お城は崩れるどころか、魔法の影響を受けていると思えないくらいにピクリとも動かない。
これは……。
暫く、ゆーちゃんも粘ったみたいだが、結局お城が崩れる事は無かった。
「だめだった」
「うん。仕方ないよ」
僕の予想通りなら、このお城にはあらゆる魔法も攻撃も聞かないような気がする。
「いつきさん、このお城もフォズの塔と同じという事は無いかな」
「はい?」
「空間魔法と幻惑魔法で作られているという事……もし、そうだとしたら、入って攻略するしか方法は無いんじゃないかな?」
いつきさんはお城の外壁を触って確認を取っているようだ。
空間魔法使いなら普通のお城かどうかの見分けがつくのかな?
「確かに、この城には空間魔法が使われていますね。みつきさんの言う通り、入るしかなさそうですね」
「えー。面倒っすね」
「うん、気持ちは分かるけど、入らなきゃティタンを倒せないからね」
「うーん、そうっすね」
外部からの破壊を断念して、素直に入り口から入る事にした。
お城に入るとすぐに、広間へと出る。
そして、その広間の真ん中に薄い金髪の男性が立っていた。
うん?
今回は迷宮になっているとかそういうのではないんだ……。
「お前達がティタン様に逆らう愚かな勇者共か?」
どうやら、こいつもティタンの腹心みたいだ。
「そうだよ。アロン王国の王様の依頼で、人魔王ティタンを討伐に来たんだよ」
「そうか……。あの男は、こんな年端もいかない子供を寄越してきたのか……やはり、王の器ではないな。やはりティタン様が王に戻った方が国民が幸せに暮らせるという事が証明されたな」
「ティタンが王に? それは無理。それに残念。僕はアロン王国でも一番強い勇者らしいんだよ」
「何? お前みたいな子供がか?」
子供子供うるさいな……。
「そうか……確かにアロン王国の勇者はあの弱いバトスだったな。あの程度の弱さしかない勇者を崇めているくらいの国だ。こんな子供に英雄の地位を奪われたという事か。傑作だな」
「別に地位を奪っていないけど、今回は僕があんた達を討伐に来ただけ。そもそも、その弱いバトスさんに一度討伐されたくせに、何を偉そうにしているの?」
こんな事を本当は言いたくないが、なんとなくバトスさんを馬鹿にされたことが腹が立つ。
それに今回のティタン討伐は、王様とアリ姉、二人からの依頼なんだ。
僕が舐められれるという事は、王様だけじゃなくてアリ姉まで馬鹿にされている気がするから嫌なんだよね。
僕は男を睨みつける。
「まぁいい。ここでお前達は死ぬ事になるし、もし逃げかえっても帰る場所はない」
「どう言う事?」
「今頃、ゼズ様に強化されたサズとセズ、それにフォズの三人がキメラを連れアロン王国を襲撃しているはずだ。弱いバトスなど簡単に殺せるさ」
「そうなればいいね」
王都が襲撃されると聞いてもなんとも思えない。
他の二人の事は知らないけど、少しくらいの強化くらいで今のバトスさんを倒せると思えない。それに万が一バトスさんが倒されたとしても王都にはハインさんもいる。
今の僕達でもハインさんには勝てやしない。それなのに勝ち誇っているこの男を見て、少し可哀想になってくる。
「で? あんたは何すか?」
「私はティタン様の魔将、ワズ」
三人にアロン王国に行かせるだけあって、フォズとは別格に見えるね。
それにその男が持っている剣は……。
「陛下がティタンを討伐した時から見た事があると思っていたのですが、貴方は元勇者の《ワイト》さんですね」
ワイト?
元勇者?
勇者がなぜティタンの腹心に?
「その名は既に捨てた。今はワズだ。二度と私を勇者と呼ぶな……」
ワズは静かにいつきさんを睨む。
「いいえ、呼ばせてもらいます。堕ちた勇者として有名ですものね」
「黙れ……」
「黙りません。確か、過去に起こった魔物襲撃の時に逃げ出したんですよね」
逃げ出した……。
アロン王国での勇者の選び方を考えた時、それも仕方ないんじゃないかな……。僕は魔大陸で無意識に鍛えられていたけど、僕が本当にただの村娘だったら、魔物退治なんてできずに逃げ出したと思う……。
だから、逃げ出した事に関してはワズを責められない。けど、この後のいつきさんの言葉でそんな気持ちすら吹き飛んだ。
「ただ逃げただけなら、誰も貴方を堕ちたなどと言わなかったでしょうが、孤児院の子供達を囮にして逃げたとあれば貴方が堕ちたと言われてもしょうがないですよね?」
「黙れ!!」
え?
子供を囮に?
「何すかそれ……。勇者でありながら、子供を盾に逃げたんすか?」
「そうです。その子供達は、当時の別の勇者が自分の命を捨ててまで助けたので子供達に被害者はいませんでした。ただ、助けた勇者は魔物に無残に殺されていたそうです。それでも逃げ出しただけなら、責められるだけだったのですが、全てが終わった後、その手柄を自分のモノにしましたよね」
「黙れぇえええ!!」
ワズは剣を抜く。
その剣からは、間違いなく聖なる力を感じる。
「その剣、聖剣ですか。今もまだ、勇者の真似事でもしているんですか? この世で一番勇者の資格のない人が!!」
「ふ、ふふふ。まさか強欲な聖女にここまで言われるとはな……確かに私は逃げたさ。しかしだ……、私の様な選ばれた者と孤児院のガキの様な薄汚い存在、どちらの命の方が重いかなど考える必要がないだろう? それに気付いてくれたのがティタン様なのだ!!」
これが僕と同じ勇者か……。
こんなこと言いたくないけど、リュウトの方がまだ勇者をやっていたんじゃないのか?
アイツに同情するつもりなんてないけど、いつきさんによるとリュウトは幼馴染や家族に裏切られてああなったと、裏切られるまでは必死に勇者をやっていたとも聞いた。
もしかしたら、その裏切りがなかったらまともな勇者をやっていたかもしれない。けど、こいつは違う。性格そのものが腐っている。
「いいよ、ここは僕が戦う」
「みつき?」
「僕も勇者だ。こんないかれた勇者、僕が倒す」
僕はアルテミスを抜いた。
こいつはここで倒さないとだめだ。こいつがいると、勇者そのものが汚されている気がする。
別に、僕は勇者なんて肩書はどうでも良いんだけど、こいつのせいでバトスさんや、馬鹿でも頑張っているクレイザーがこいつと同じ勇者と呼ばれるのは気分が悪い。
それに……。
「あんたが持っているのも聖剣なんでしょ? 僕も聖剣を持っている。ここで決着つけようよ。それともまた逃げるの? 今度はティタンを囮にして」
「ふふふ。挑発のつもりか? 私は新たな力を手に入れたからな、ここでお前達を殺させてもらう。今の私は以前の弱い私とは違う。貴様の様な子供に負けるわけがない。この聖剣フレースヴェルグの錆にしてやろう」
ワズの聖剣が怪しく光る。
聖なる気配は感じるが、剣が放つ光は禍々しい。
「あんたの心みたいに汚らしい光り方だね。聖剣が泣いているよ」
「はははは!! 知った口を聞くな!! そうだ、いい事を教えてやろう。フレースヴェルグの能力は、人の魂を吸い取る事だ!! つまりはフォズ達に与えた命はこの聖剣によって奪った魂だ!!」
聖剣が、人に仇を成す?
そ、そんな馬鹿な!!?
いや、これくらいの事で動揺するな。
「そう、どっちにしてもその剣は僕が貰うよ。たとえ血塗られた力があったとしても、あんたみたいなゲスに使われたくはないだろうしね」
「ならば奪い取ってみろ!!」
ワズが僕に迫る。
しかし、拍子抜けするほどに遅い。
バトスさんの様に、僕の動きを読む事も無く、愚直に迫ってくるだけだ。
僕は、聖剣を握るワズの腕を斬り落とす。
あまりにも簡単に斬り落とせたので拍子抜けもいいとこだ。
僕は聖剣を握っている腕を外し、剣を奪い取る。
「奪い取ってみたよ。所詮は子供を盾にするしかない弱い勇者だから、僕には勝てないんだよ。正直に言おうか? あんた達はバトスさんを弱いと思っているみたいだけど、現時点でバトスさんは僕よりも強いよ。それにアロン王国を攻め込むみたいだけど、バトスさん達に無様に負けているんじゃないの?」
少なくても僕はそう思っている。
僕はあの模擬戦の時、負けたと思った。その瞬間、体が勝手に動いただけで僕の意志で勝てたわけじゃない。
それに仲間のよしおさん達も強くなっているはずだ。
「お、俺の腕が!! き、キサマ!!」
「さて、ティタンの居場所を吐いて貰おうか?」
僕は、剣を振り上げ脅す。
しかし、ワズは黙り込む。
その時……。
「貴様等!! ここを誰の居城と心得る!!」
誰?
僕は剣を下ろしてワズを睨む。
すると、ワズは「ティタン様……」と呟いた。
アレがティタン?
確かに王様に似てると言えば似ているけど、人相は悪い。
僕が何かを言う前に、よいやみがティタンを殴りに行った。
「ぎゃあ!!」
ティタンはよいやみに殴られ、悶えている。
え? 弱くない?
「わ、私を誰だと思っている!!」
「黙れっす!」
よいやみが更にティタンを殴る。
こ、こんなに弱いのに、バトスさん達は今まで苦戦していたの?
いや、キメラのせいか?
ま、まぁ、弱いのなら別にいいや。
さっさと拘束して……え?
「ぎ、ぎゃあああああああああ!!!」
突然、ワズが叫びだし苦しみだす。
「な、なに!?」
「こ、これは!!?」
ワズの体が、膨れ上がっている。
それとほぼ同時に、ティタンも苦しみ始めた。
僕達が二人の様子に戸惑っていると、城の奥から一人の男が歩いてきた。
「ようやく、新しい魔物変化症の薬が効いてきたな」
え?
今、魔物変化症の薬と言った?
そいつは、白衣を着ているが明らかにワズ達とは別格の存在だ。
赤い髪の毛を後ろで縛り、顔は野性味を表に出したような顔。何より体格もバトスさんくらいに大きい。
腰には……あれは、魔剣?
男は僕達に気付くと、口角を上げて嗤う。
「あぁ、自己紹介がまだだったな。我はゼズ。ティタンの……いや、ティタンさまの右腕をしてやっている者だ。以後お見知りおきを……ただし、ワズ君に勝てたらだけどな」
こいつが、ゼズ!?
それにワズに勝てたら?
どう言う事?
僕はワズに視線を移す。
ワズは苦しみながら、その体を膨れ上がらせている。
いや、それだけじゃなく、体が黒い鱗で覆われ始めて羽まで生えかけている。
こ、これは!?
「ぎゃがああああああああああ!!」
数十秒苦しみ抜いた後、ワズは完全な漆黒のドラゴンへと変貌した。




