23話 ヴァイス魔国で観光
お城で一晩過ごした僕達は、エリザの案内でヴァイス魔国の城下町へと出かけた。
待ち合わせ場所で、エリザは僕達に行きたい場所はあるかと聞いてきた。
よいやみはお母さんが勤めていたと言っていたお総菜屋さん、いつきさんは魔法具屋さんと解体屋さん、ゆーちゃんは日用雑貨が売っているお店をリクエストした。
よいやみといつきさんは予想通りの場所だったが、ゆーちゃんは意外だった。
きっと、お昼寝に最適な場所を聞くと思っていたので、僕の知る秘密の場所を教えようと思っていたのだけど、当のゆーちゃんは枕が欲しいからと日用雑貨を売っているお店をリクエストしていた。
少し残念だが、別にまだ初日なので、別の日に案内して、一緒にお昼寝をすればいいか、と、自分を納得させた。
しかし、枕が見たいか……。ゆーちゃんは枕にこだわりがあるのか、毎日違う枕で寝ている。その日の気分で枕を変えたりしているそうで、魔大陸に来てから、一度たりとも同じ枕を使っているところを見ていない。少なくても二十個以上は枕を持っているのだろう。ちなみに、いつきさんは、これ以上枕を増やさないようにと、ゆーちゃんのリクエスト通りの枕を作って、いくつか渡したそうなのだが、今でも枕は増え続けているらしい。
エリザは、僕にも「行きたいところは無いの?」と聞いてきたけれど、ヴァイス魔国にはしょっちゅう来ていたし、明日からは自由行動も多くなるので「無いよ」と断っておいた。
まずは、ゆーちゃんリクエストの日用雑貨を扱う道具屋さんに向かう。
僕も知っている事だが、ヴァイス魔国の道具屋さんは日用品や洋服等の商品が殆どで、薬草等の回復アイテムはあまり置いていない。
いや、傷薬や風邪薬などは置いてあるけど、戦闘で傷付いた体を癒す道具は店頭には置いていない。恐らく、注文があったりした場合は出してくるだろうけど、わざわざ店頭で売る意味がないのだろう。
理由としては、魔大陸では冒険者という職業は無い。
冒険者がいない理由は色々あるのだが、外部から人が来ないというのが一番の理由だろう。そもそも、僕達の村は魔族に支配されているとか、すでに滅ぼされていると思われているわけだからね。
冒険者がいないからといって、魔物の被害が無いわけではない。
僕の村では、じいちゃんや村の自警団のみんなが魔物退治をしているし、ヴァイス魔国では、魔物退治専門の兵士がいると聞いた事がある。
そのうちの一人が、お母さんという事を教えて貰ったのは、昨日の夜の事だ。
さて、お店の事だが、確かに日用品等も置いてあるが、大半が洋服や寝具関係だ。
エリザが言うには、このお店はつい最近出来たらしく、洋服や日用品が他の店よりも安く、しかも質も良いらしい。
安く良い品を揃えられる理由として、このお店には、専属契約している仕立て屋さんに服などを作ってもらっているのだそうだ。そのおかげで、質のいい服を安く売れるらしい。
エリザもこの店の常連だそうだ。
ゆーちゃんは早速、枕コーナーに行き、どれが寝心地が良さそうかを触って確認しているようだ。
よいやみやいつきさんも服を見ている。
僕は、服にあまり興味が無いのだが、よいやみも同じだと思っていたのに、意外と真剣に服を選んでいる。
「いい服があるっすね。何着か買って行くっす」
「え? よいやみが食べ物以外にもお金を使うなんて思わなかった」
僕がそう呟くと、よいやみに呆れた目で見られる。
「みつき、あしは一応王女っすよ? 見た目に関しては、他の王族の目もあるので昔はドレスばっかり着ていたんす。だから、これでもかなりオシャレさんなんすよ。とはいえ、今のあしは接近戦メインなので、服をよく破くんすよね。だから、服は同じようなのを選んでいるんすけどね」
「どうして同じような服を?」
「動きやすいのを選ぶんすよ。みつきも前衛職だから分かると思うっすけど、あし等は動きが鈍ったら怪我をするし、下手をしたら死んでしまうっす。見た目や自分の趣味を押して、死んでしまっては意味がないっすからね」
確かによいやみの言う通りだ。
僕もどちらかというと動きやすい服を着ている。村にいる頃は、無難に町娘風の服を着ていたのだが、流石に今はそんな服を着ていると動きにくくて戦闘が出来ない。
結果、ゆーちゃんの枕選びよりも、よいやみといつきさんやエリザの服選びの方が時間がかかった。
僕?
数着見たけど、飽きたので後はゆーちゃんと座って待っていたよ?
「さて、もうお昼時だから、お総菜屋さんに行こうか」
お母さんが勤めていると思っていたお総菜屋さんは、食事もできる店で、定食なんかが美味しい。
食材は魔物を使っている事が多いので、アロン王国では高級品と呼ばれている食材が良く使われている。
エリザもお母さんも、このお店にお昼ご飯でよく来るらしく、ヴァイス城の人達に人気だそうだ。
その理由として、お母さんがカモフラージュに使う為に、お城の人達にお店を宣伝していたらしい。
お母さんのおかげで繁盛しているかもしれないけど、どっちにしてもお店の人にはちゃんと謝っておかなきゃいけない。
お総菜屋さんは、ヴァイス城のすぐそばにある。この近さも、お母さんのカモフラージュに利用しやすかったのだろう。
お店に行くと、店長さんが「今日はお母さんはお休みだよ」と言ってくれる。僕は、お母さんの本当の職業を知った事、お母さんがお総菜屋さんにお邪魔していた事を謝る。
すると店長さんは「ついに知ってしまったんだねぇ。つきのちゃんがここに来ている事なら、謝らなくていいよ。むしろ、お客さんが増えてこっちとしてはありがたい事だったんだよ。それに今でも手伝いに来てくれるからねぇ」と笑ってくれる。
僕がアロン王国に行くまでは、カモフラージュだったのだろうけど、アロン王国へ行ってしまった後も趣味で手伝っているそうだ。
店長さんは、お母さんの娘という事でサービスするよと言ってくれたが、僕といつきさんは全力でお断りした。よいやみの食べる量の事を考えたら、そんな迷惑な事は出来ない。
よいやみには「なに余計な事をしてくれてんすか」と睨まれた。
最初は断った事を謙虚だと思っていた店長さんも、よいやみの食べる量を見て僕達が断った理由を納得してくれた事は言うまでもない。むしろ、感謝してくれたぐらいだ。
お昼ご飯を食べた後、いつきさんがリクエストした魔法具屋さんに向かった。
僕の村で魔法具屋さんにはあれだけ行っていたのに、どうしてだろう? と疑問に思っていると、いつきさんが「あれ程の魔法具を作るクロウディアさんがいる魔大陸で、商売敵になる人の作る魔法具はどんなものか見たかったんですよ」と言っていた。
やはり、聖女である前に商人であるいつきさんは、そこが気になったみたいだ。
ヴァイス魔国の魔法具屋さんの商品を見たいつきさんは「うーん。やはりクロウディアさんの作った魔法具と比べれば質が落ちてしまいますねぇ」との感想を言っていた。
それを聞いたお店の人が「クロウディア様のお店と比べられると困ります」と涙目で言っていた。
このお姉さんが言うには、魔法具屋のおばちゃんが作る魔法具が良い物なのは理解しているが、それでも量産品のようなものはあまり質が変わらないにも関わらず、この店で買わずに、わざわざ、おばちゃんのお店まで行って買う人が多いそうで、売り上げが芳しくないらしい。
しかし、いつきさん曰く「連絡用の魔法具に関しては、改良次第ではクロウディアさんの魔宝玉よりも勝ると思いますよ」と褒めていた。
それからいつきさんとお店の人は意気投合したらしく、魔法具について話し合っていた。
お店の人は《タチアナ》さんという名前で、薄茶色のショートカットの活発そうな女性だった。年齢は僕よりも五つくらい年上で魔法具屋のおばちゃんの弟子だとも言っていた。
いつきさんは、今後、タチアナさんと魔法具の共同研究する事を約束していた。
ただ、場所がヴァイス魔国なので頻繁には来れないので、連絡用の魔法具を買って、お互いの連絡先を交換していた。
後でいつきさんに話を聞くと、「ぜひ自分のお店にスカウトしたいですねぇ」と言っていたので、いつきさんの性格上、確実にスカウトするだろうなと思った。
僕達が店を出ようとすると、昨日僕を睨んできた門番が店の前で立っていた。
門番は、エリザの前に立ち「エリザさん!! おはようございます!!」と挨拶をしていたが、僕に対しては挨拶をせずに睨みつけるだけだった。
会えり座にこの男の事を聞くと、彼の名前は《ジャン》というらしく、そこそこ強いヴァイス兵だそうだ。
ヴァイス兵と言ってもお母さんの部隊である白銀騎士でも、ゼクスさんの部隊の黒騎士でもないらしく、一般兵だそうだ。
ちなみに、二人直属の騎士達は、ヴァイス魔国の中でもエリートになるらしい。
エリザがジャンの事を説明してくれている間も、ジャンは僕を睨んでくる。
その目つきがかなり気に入らなかったので、文句を言う事にした。
「ねぇ、なんで僕を睨むの? いくら僕でも、そんな目で見られたら、頭にくるし殴るよ?」
僕がそう言って睨み返すと、ジャンは「オレを忘れたのか!!?」と怒鳴って来た。
忘れた?
こんな奴知らないんだけど?
そう思っていたのだが、エリザも呆れながら、僕とジャンの関係を説明してくれる。
なんでも、ジャンは三年ほど前にエリザに会いにうちの村へと来たらしい。
三年前といえば、エリザと一緒にヴァイス魔国によく行っていた時期だ。
ちょうどその時期に、僕と一緒にいたエリザの頭の良さに目を付けたゼクスさんが、エリザをスカウトしたらしく、エリザはヴァイス城の受付として仕事をする事が出来たそうだ。
ちなみにヴァイス城での就職はとても難しいのだそうだ。
エリザの場合は受付という事になっているが、それ以外にも文官としても重宝されているらしく、忙しいらしい。
しかし、忙しい分、給金はとてもいいとの事で、エリザからすれば、やりがいがあり報酬もいい、とてもいい仕事だと言っていた。
ジャンは、エリザと一緒にアリ姉の所に遊びに行った時に、偶々僕達を見たらしく、エリザに一目惚れしてしまったらしい。
そして、告白しようと意を決して村に会いに行った時に、最初に出会ったのが勇者教育を久しぶりに受けて、機嫌が悪かった僕だったらしい。そして、いきなりボコボコにされたそうだ。
いや、全然覚えてないんだけど?
そもそも、その話をエリザが知っているという事は、ジャンはエリザに告白したのかな? そう思って聞いてみると、告白されたけど断ったらしい。というよりも、ジャンだけじゃなく結構な人から声をかけられているらしいが、今はそんな気分にならないそうだ。
しかし、断られてもめげずに来るとは、なかなかに神経の図太い奴だな。
その話を聞いてよいやみは「何すか? 三年前のみつきはめちゃくちゃガラが悪いじゃないっすか!!」と驚いていた。
話を聞いても、こんな奴をボコボコにした記憶が無いんだけど……人違いじゃないの?
そもそも、ただの村娘だった僕が、何の理由も無く人をボコボコにするわけないじゃないか。
よし、僕は覚えていないから、人違いに違いない。
「誰と勘違いしているかは知りませんけど、人違いですよ?」
「お前みたいな凶暴なチビを見間違えるわけない!!」
オイ、コイツハイマナンテイッタ?
僕は、ジャンの腹を思いっきり殴る。勿論、闘気を込めてだ。
そうじゃないと、僕は非力だからね。
ジャンは、僕の攻撃が効いたのか、その場に崩れ落ちた。
だらしないなぁ。
こんなに弱いんじゃ、エリザは任せられないなぁ。
さて、もう一度聞かせて貰おうかな?
「今なんて言ったのかな? 聞き間違いかな? 凶暴なチビと聞こえたんだけど?」
僕は、ジャンの首を掴み上げようとすると、よいやみに抱きつかれ止められる。
「みつき!! 落ち着くっす!!」
「いやいや、僕は落ち着いているよ? 僕をチビと言ったこいつにお仕置きをしようとしているだけだよ? いやいや、エリザにも嫌がらせをしているみたいだしねぇ……殺す?」
ちゃんと理由もあるのに、よいやみは離してくれない。おかしいなぁ……。
殺すのは冗談だよ? こいつをボコるだけだよ。
そう言っても、よいやみは離してくれない。
「お前もさっさとどこかに行くっす!! 消えるっす!!」
よいやみが僕を抱えながら、ジャンにそう言うと「舐められたままでいられるか!!」 と立ち上がった瞬間、よいやみが僕を離してくれる。
よし、ボコれるぞ。
そう思ったのだが、よいやみが思いっきりジャンの腹を殴る。すると、僕の時とは違ってジャンは白目をむいてその場に再び崩れ落ちた。
「さて、うるさいのが起きる前にとっととここから去るっす」
「え? あの……」
「行くっす。エリザも早くするっす」
「あ、うん」
僕達は騒ぎになる前に、ジャンを放置して次の見学場所である、解体屋さんへと向かった。
この時の事が、ジャンの人生を大きく変える事になるとは、今は誰も知らなかった。
今日、最後に見学に行く店は解体屋さんだ。
解体屋さんとは、魔物を持ち込むと解体して素材に分けてくれるお店の事だ。
実は、アロン王国には浄化の灰が主流になっていて、解体屋さんは存在しない。
だから、滅多に現れない魔物が出た時は、別の町から解体屋さんを呼ぶ事になり、儲けも解体屋さんにお金を払う事になるので、あまり出ないのだ。
だから、よいやみの好物のオーク肉も、解体が出来る人がいる町では安い食材になるのだが、解体屋の無いアロン王国では、結構な高級食材になってしまっている。
その辺りは、僕も考慮しているので、オークを狩った時は、よいやみの為に僕が解体をしている。
とはいえ、僕一人では大変なので、よいやみに解体を教えてみたら、見事に綺麗に解体していた。……オークだけだけど……。
いつきさんとしては、魔物によっては捨てる部分も多くある魔物もいるが、解体した方が利用できる部分も多くあると考えているらしく、アロン王国内に解体屋が出来ればな、と思っているそうだ。
しかし、解体屋をやる為には場所も広く必要で、今のアロン王国の事を考えると、やはり別の町から呼んでくるしかないのが現状だ。
「もし、可能であれば黒姫一行専用の解体屋がいればいいんですがね……」
いつきさんは解体屋を見学した後、そう呟いていた。
しかし、現実問題、いつきさんのお店では解体できるようなスペースはない。それを聞いてみると、おばちゃんのお店みたいに地下空間を作ると言っていた。
はて? おばちゃんのお店の地下にそんなものあったかな?
この日は、解体屋を見学した後はお城に帰った。
それから一週間、それぞれがヴァイス魔国内を観光し、村へと帰る。
村に帰ると、バトスさん達もアロン王国へ帰る為の用意をしていた。
一週間ぶりに見たバトスさん達は、一回り以上強くなっているように見えた。
よいやみも同じように感じていたらしく、今までの二人とは別人のようになっているように感じたそうだ。
この二人にじいちゃんを紹介してよかったよ。
僕達は、村の皆に挨拶をしてアロン王国へと転移して帰った。




