22話 アリスの依頼
玉座に座るアリ姉は、絵になるような美しさだった。
僕以外の三人は、アリ姉に見惚れているような表情になっていたけど、いつものアリ姉を知っている僕からすれば、今のアリ姉には違和感しかなかった。
いつもは、ちょっと無茶をするお姉さんといった感じだから、尚更だろうな……。
でも、今回はどうしてこんな形になったんだろう?
いつもみたいに、気軽に会えると思っていたのに……。
「ようこそいらっしゃいました。私がヴァイス魔国、魔王アリス=ヴァイスです。以後おみしりゅ……お見知りおきを……」
あ、アリ姉噛んじゃったよ!?
お母さんは笑いを堪えているし、ゼクスさんが思いっきりアリ姉を睨んでる。
アリ姉は銀髪の長い髪の毛で片目は赤、片目は銀色で、エリザを超える美人さんだ。僕も何度か見惚れた事がある。その上、スタイルまで良いので、見た目は完璧超人だ。
外見だけではなく、中身も頭が良くて、魔法の腕も武術の腕も超一流で非の打ち所がない。
ただ、性格は基本おっとりしているのだが、思った事をすぐに実行してしまうので、周りの人間からすれば振り回されるから、大変なのだと思う。僕はアリ姉と一緒になって行動する方なので楽しいのだが、振り回されている代表のゼクスさんを見れば苦労をしているのが分かる。
……だって、髪の毛が会うたびに薄く……。
あ、睨まれた。
「さて、久しぶりに会ったのだから、募る話もありますけど、まずは貴女がたアロン王国の勇者の黒姫一行に依頼を一つ出したいのです」
依頼?
これには僕だけじゃなくいつきさんも困惑している。
アロン王国であれば、ここでいつきさんが反論をするのだろうけど、ここはヴァイス魔国だ。流石に、反論する事は出来ないだろう。
ゼクスさんの口角が少し上がった事を考えると、僕達、黒姫一行の事も、いつきさんの存在も調べているだろう。だからこそ、ここで依頼の話をするようにアリ姉に言ったのだろう。
流石はゼクスさん。ヴァイス魔国の頭脳と呼ばれるだけはある。
いつきさんの方をチラッと見ると、いつきさんは少しだけ悔しそうにしていた。
こんな場でなかったら、いつきさんも言い返すなり、交渉するなりするだろうけど、流石に謁見の場でソレは出来ないみたいだった。
すると、アリ姉がいつきさんの顔を見て、すぐに優しい声で「大丈夫よ、聖女さん。ちゃんと報酬は用意しているから、ね?」と笑顔で話していた。
あ、ちょっといつものアリ姉に戻ったと思ったけど、その瞬間、ゼクスさんがアリ姉を睨みつけた事で、アリ姉もまた無表情に戻った。ちょっと汗をかいてるから、ゼクスさんが怖くて焦ったんだね。
「で、依頼の話なのだけれども、貴女がたも知っている人魔王の討伐を依頼したいの」
人魔王を?
アリ姉……ヴァイス魔国の戦力を考えれば、人魔王なんて敵でもないと思うけど……。
僕がそう考えているといつきさんが「そういう事ですか……」と呟いた。
いつきさんにどういう事かを聞こうかと思ったけど、今は謁見中なので止めておいた。
それ以降は、いつきさんがアロン王国の王様からの手紙を渡したり、アロン王国の事を聞かれたりと、魔王への謁見は滞りなく終わった。
その後、別室に通された。
謁見室から離れた、アリ姉の資質の横にある応接間に通されて、ソファーに座ったアリ姉がだらけながら、僕に向かって手招きしている。
「はぁ……疲れた。皆も適当に座ってね。楽にしてていいわよ。みつきちゃん、こっちにおいで」
僕はゆーちゃんの手をつなぎ、一緒にアリ姉の傍に行く。
するとアリ姉は僕達二人を抱きしめてくる。
「あぁー。妹成分が足りなくなってきてたのよ。みつきお帰り」
「うん、ただいま」
その光景を見ていたよいやみが「ゆっきー病は、アリス様から生まれたんすね」としみじみと呟いていた。
アリ姉は、ゆーちゃんを膝の上で座らせ撫でている。
うぅ……その役目は僕の役目なのに……。
「あ、アリ姉!! ゆーちゃんは渡さないぞ!!」
「そんなこと言わないの。みつきも少し大きくなったから、もう膝の上に乗せられないんだから、私もかわいい子を膝に乗せたいのよ」
アリ姉は、笑顔でゆーちゃんを撫でている。ゆーちゃんは少し眠そうにしていた。
しかし、少し大きくか……。
何故かよいやみが隣でニヤニヤしている。
あぁ、殴りたいね、この笑顔。
「あの、アリス様、発言してもよろしいですか?」
いつきさんが丁寧にアリ姉に尋ねる。
「様なんていらないわよ。貴女も聖女なんだから、立場はワタシ達とあまり変わらないでしょ? それと、普通に話しかけてくれると嬉しいかな? あの場では、ヴァイス魔国の貴族達の目もあったから、あんな形だったけど、ここならそんな事を心配しなくていいからね」
え? あの場に貴族がいたの?
黒と銀の騎士はいたけど……。
ちなみに、黒はゼクスさんの銀はお母さん直属の騎士だそうだ。
「あぁ、カーテン越しに上位貴族共がアリスの失言を狙っていたんだよ。最近は、貴族という地位で勘違いをしているみたいだから、そろそろ痛い目に遭わせる必要があるな……」
ゼクスさんの話では、魔族の貴族達はアロン王国……いや、そもそも人間との交流をも良しとしていないそうだ。
じゃあ、ヴァイス魔国で住んでいる人間はどうなんだ? と言いたいのだが、貴族たちはそれも気に入らないらしい。
アリ姉は魔族も人間も亜人も分け隔てなく暮らしていく事の出来る国を目指そうとしているが、魔族の貴族達は自分達の種族、魔族が一番偉いと言いたいらしいね。
でも、よく考えたら、この国の軍事部門の一角である白銀騎士団の騎士団長はお母さんだよね。それにアリ姉を除く、人気ナンバーワンはエリザだし、その辺りはどう思っているんだろう?
「ゼクスさん。あの連中を粛正するのなら、私に任せてね。自分の立場も力も分かっていないのか、私にも嫌味を言ってくるからね……潰していいわよね?」
「ダメだ、私の騎士達にやらせる。お前の騎士が動くと後処理が大変だからな……、特にお前は動かんでいい」
え? 後処理が大変って、お母さん達は何をするつもりなんだろう?
そもそも、お母さんの普段の仕事っぷりってどんなのだろう?
「つきのさんは朧様の性格をより濃く受け継いでいるからねぇ……」
アリ姉も、お母さんの仕事っぷりを見た事あるんだよね。当たり前だけど……。
あ、朧というのは、じいちゃんの名前だよ。
僕は記憶にあるお母さんを思い出す。
悪い事をしたら、問答無用でゲンコツを喰らっていた……、じいちゃんもよくお母さんにどつかれていた……あ、力で黙らせるタイプだ……。
ぼ、僕の中の優しいお母さんのイメージが……。
「ゼクスさんにアリス様も、可愛い娘の中の優しい母親像が壊れるから、余計な事を言わないでよ!!」
もう、遅いよ……。
「話を中断しちゃってごめんなさいね。聖女いつきちゃんだっけ? セリティアちゃんは元気?」
「え? あ、はい。たまに余計な事を交信してきますから、元気だと思いますよ」
「そう、私も最近は会っていないからね、あの子も小さくてかわいいのよね。あ、一番かわいいのはみつきだからね」
いや、そこはまぁいいんだけど。いや、嬉しいけどさ……。
しかし、最近?
アリ姉って、この世界の神様に会った事あるのかな?
「セリティア様って実在したんすか? そもそもアリス様は会った事があるっすか!?」
「あるわよ。セリティアちゃん達が住んでいる神界には何度か行った事があるからね」
そうなんだ。
僕もよいやみも、今のアリ姉の言葉に驚いていた。
一通り驚いた後、よいやみは何かに気付いたらしく、きりっとした顔になった。
「初めまして、魔王アリス様。私は魔導大国ガスト、第六王女のよいやみ=ダスク=ガストです。以後お見知りおきを……」
うわっ!?
よいやみが壊れた!!
僕はよいやみの額に手を当てる。
うん、熱はない。
「何してんすか?」
「熱はないみたいだけど、何か拾い食いしたの?」
拾い食いでもして、頭がおかしくなったとしか思えない。
しかし、よいやみは少し怒っている。
アレ? 違ったかな?
「アホっすか!! ただ、ガストからしてもヴァイス魔国と国交を結びたいと思って、あしがこうやって正式に自己紹介をしたんすよ!! 一応あしも王族の端くれっすからね」
そ、そうなのか……。
でも、よいやみって除籍されたんじゃ……?
僕がそんな事を疑問に思っていると、ゼクスさんが「そうか、君がガストのお転婆姫と言われた、よいやみ姫か、ガスト王が愚痴っておったな」と呟く。
お転婆姫!?
だ、ダメだ……笑いを堪えられない。
しかし、今のゼクスさんの言葉だと、ガスト王と交流があったのかな?
今はそれより、笑いを堪える方が大事だ……。
よいやみが僕を一睨みした後、急に青褪める。そして、顎を少し上にあげる。
ん?反対側を見ろって事か……な……。
そこには、目が笑っていない、いつきさんが微笑んでいた。
ま、不味い!!?
この顔は本気で怒っている時の顔だ!? 間違いなく、今晩は説教コースだ!!
僕達パーティで一番強いのは、恐らくよいやみだ。そして一番の問題児はゆーちゃんで、そして、一番怖いのがいつきさんだ。
ん? そう考えたら、一番まともなのは僕かな?
いつきさんは、僕達が何かをしでかすと夕食後に説教を始める。
その説教が恐ろしくて、酷い時は深夜まで説教が続く事もある。
逆らおうとすると、空間魔法で脅してくるか、お小遣いの半分カット言い渡されるのだ。しかも、次の日に過酷な依頼を入れてこられる。それが恐ろしい。
説教をよく受けるのが、僕とよいやみだ。
僕は真面目にお仕事をしているつもりなのだが、よくいつきさんに怒られる。
怒られる内容は、勝手に報酬を決めて来るとか、仕事を勝手に受けてくる等で怒られる。でも、困っている人がいたら放っておけないと言うと、相手は僕がお人好しだからって、そこをついてくると言っていた。だから、いつきさんが後で、しっかり徴収しているらしい。
それをよいやみに相談すると、「みつきはいい意味も悪い意味も含めて、騙されやすいんすよ」と笑っていた。
その頃からか、僕一人での依頼が極端に少なくなったのも事実だ。一人にしておくと、ゆーちゃんとは別の意味で危険だそうだ。
よいやみの場合は、依頼主が気に入らないと、すぐに殴って帰ってくる。この間も、よいやみのおしりを触った依頼主を、ボコボコにしたうえで、憲兵隊に突き出していた。
よいやみ曰く「殺さないだけでもありがたく思うっす」と言っていたが、その光景を見た人達からの依頼が激減したそうだ。
確かにセクハラは良くないが、依頼主を痛めつけている姿が、恐ろし過ぎたとの事だった。
しかし、僕も女の子なので、よいやみの気持ちも分かる。だけどボコボコにするのは酷いと思うからから、二度とセクハラが出来ない様に、手首だけ斬り落としておけばいいと言ったら、なぜか僕まで説教された。
流石にこればっかりは、何故怒られたのかが理解できない。
「あの、話を戻したいのですが、良いですか?」
いつきさんの声までマジだ。
これに逆らうと、初の説教徹夜コースかもしれない。
僕達は何度も頷く。
「「は、はい!!」」
アリ姉も僕達のやり取りを見て笑っている。
「では普通に話させてもらいますね。アリスさんの依頼なのですが、何故、人魔王討伐が私達への依頼なのですか? 今魔大陸にはアロン王国の英雄もいらっしゃいます。そちらに討伐させた方が、形的には良いのではないですか?」
これにアリ姉が答えようとすると、ゼクスさんが答え始めた。
アリ姉は自分が説明できなかった事が気に入らなかったのか、ゆーちゃんの頭を撫でて拗ねている。
ちなみにゆーちゃんは既に寝ている。
「それも考えたのだがな。アロン王国への配慮が一番の理由だ。先程、いつき殿に渡された手紙にも書いてあったが、アロン王国の国王は、魔大陸出身であるみつきを使う事に抵抗があるようだ。我々としては、あまり気にもしていないのだが、あちらがそう思っている以上、こちらからはどうとも言えん。そこでアリスが人魔王討伐を依頼すれば、今後はお前達の事を使いやすくなるだろうと考えたわけだ。私達としても、アロン王国と魔大陸の二つのつながりがある、みつきの存在がありがたいのだよ。後、さっき報酬の話を止めたのはな……」
最初から報酬はちゃんと用意していたそうだ。報酬もかなり良い内容だった。
あの場で報酬の話を止めたのは、人間に報酬を与えるとなると、貴族共がうるさくなるからだそうだ。
魔族の貴族達は、今回の人魔王について、ティタンが元人間という事もあり、魔族である自分達には関係がないと思っているらしい。
しかし、ティタンは人魔王を名乗っている。
だから、魔族も無関係ではないのだけどな、とゼクスさんは苦笑いを浮かべていた。
どっちにしても、今回はゼクスさんが動くそうなので、失脚は免れないらしい。でも、これも温情をかけているそうだ。お母さんが動いたら、間違いなく貴族共は皆殺しに会うらしい。
お母さんが少し怖くなった……。
それから、他愛もない話をして、僕達はお城の中の客室を宿泊用に借りる事になった。
明日からは、暫くヴァイス魔国を観光だ。




