21話 ヴァイス魔国へ
僕達が魔大陸に来てから早いもので三週間が経った。
この間、僕達はそれぞれが特訓の日々に明け暮れていた。
僕とよいやみは、グレンさんの指導もあって野生の本能という、良く分からない技能を身につけた。
僕達の特訓のメインは、グレンさんの攻撃をしのぎつつ、グレートビーストを狩るというモノ。
あの特訓は、警戒心を高める事と、周りの状況を見て戦う事、それと戦闘における魔力の使用量の調整など様々な効果を見込めると思ったらしい。
実際、僕も戦闘開始直後から本気を出せるようになったし、よいやみも魔力の調整が上手くなったので、途中で魔力切れにはならなくなった。
よいやみから言わせれば、僕が敵の強さをちゃんと把握できるようになったとも言っていた。これに関しては異議を申し立てたいが、グレンさんとよいやみの二人に却下された。
しかし、この訓練は慣れるまでが本当に大変だった。
最初のうちは、グレンさんの攻撃が邪魔でグレートビーストを一体も狩れなかったけど、今ではグレンさんの攻撃を避けつつ、グレートビーストを数体狩れるようになった。
これも進歩なのかな?
今週に入ってからは、毎日二匹以上のグレートビーストを狩ってきていたので、いつきさんの機嫌が物凄く良かった。
いつきさん達は、魔法具屋さんで魔法の特訓をしていたらしい。
ゆーちゃんを除く三人は魔法具屋のおばちゃんに魔法の基礎を教わったらしい。三人と言ったが、はる婆ちゃんはどちらかと言うと、教える側だったらしい。
いつきさんの話では、「聖女なのに回復魔法が使えないとはねぇ……と小馬鹿にされた」と愚痴っていたが、今まで《ブラックホール》しか攻撃魔法が無かったいつきさんが、属性魔法を使えるようになっていた。
それ以外にも、庭の草むしりをするとか言って、草を引いては道具袋に詰めていた。
それどころか平原に行って、いろいろな草や花を毟っていた事もあった。
何に使うかは分からないけど、とても嬉しそうだったので、何も聞かないでおこうと思った。
ゆーちゃんは、いつきさん達とは別の先生がついたらしく、ずっと別の場所で魔法を教わっていたらしい。
ゆーちゃんが言うには、先生は三人いたらしく、それぞれに魔法を教えてもらったそうだ。
一番のお気に入りになった魔法は、重力魔法でよく使うようになったらしい。
はる婆ちゃんが言うには、重力魔法と言うのは禁術ではないものの、超高等魔法の一種で熟練の魔導士でも使えるかどうかわからないそうだ。はる婆ちゃんも使えるものの、無限の魔力持ちではないので、重力魔法を使うと、すぐに魔力切れを起こしてしまうらしい。
気になるのは、おばちゃんが紹介した先生は一人だったというのだけど、後の二人は何者だったんだろう……。
バトスさん達は、ヴァイス魔国にはいかないので、後一週間特訓を続けるそうだ。
幸か不幸か、グレンさんも参加するらしい。
これを聞いた、バトスさん達は顔を青褪めさせていた。
ルルさんも属性魔法をいくつかと、蘇生魔法を教わっていた。
ルルさんの覚えた蘇生魔法は、ゆーちゃんの甦生魔法とは違い、生き返る条件が更に厳しくなっている。
特徴としては部位欠損は治らない事と、死んだ直後でないと蘇生できない事だ。
だけど、ルルさんが蘇生魔法を覚えた事で、じいちゃんが何を考えたか、かなり危険な特訓をし始めたらしい。
ついでに、グレンさんのあの特訓も開始したそうだ。
僕達が帰ってきた時に、バトスさん達がどれくらい強くなっているかが、楽しみだ。
でも、じいちゃんに特訓内容を聞いてみたら、僕が昔、受けていた特訓そのものだった。それを危険と言われても、僕はどう反応したらいいのだろう?
ともかく、黒姫一行は王様に頼まれた手紙をアリ姉に渡す為に、ヴァイス魔国へと行く事にした。
「みつきさん、ヴァイス魔国まではどういった交通手段で行くんですか? 歩きですか?」
「違うよ。定刻に乗合馬車があるから、それで行こうと思っているよ」
「馬車ですか?」
「うん。この村からも数人ヴァイス魔国で働いている人がいるからね。アリ姉が移動の為に無料乗合馬車を用意してくれたんだ」
「無料ですか!? ぜひ乗っていきましょう!!」
流石はいつきさん。無料と言う言葉に弱い。
実際は近いから、歩いても一時間くらいで行けるけど、乗合馬車なら十五分くらいでいける。時間の事を考えても、そっちの方が便利だ。
ちなみに、明日はエリザも一緒にお城へと行く事になっている。
エリザはお城の受付で仕事をしているから、案内役に選ばれたらしい。
「あ、そうだ。ヴァイス魔国に行くのなら、お母さんの勤めてるお総菜屋さんにも行かなきゃね」
「お惣菜っすか?」
流石はよいやみ。
食べ物の話には敏感だ。
「うん。あのお店のお惣菜は美味しいんだ。一度食べてみるといいよ」
「それは楽しみっす」
明日から一週間は、ヴァイス魔国に滞在する事になりそうなので、お昼ごはんなどにそのお店を利用するのもいいかもしれない。
とはいえ、ヴァイス魔国にはたくさんの美味しいお店がある。どれに行くか迷うね。
僕達は、明日の準備をして早めに寝る事にした。
次の日。
僕達よりも早く、お母さんは出かけたらしい。
いつもはもう少し遅いはずなのに、今日は早出がどうとか言っていた。お総菜屋さんなのに早出なんて初めて聞いたけど、何かイベント事でもあるのかな?
エリザが迎えに来た後、乗合馬車の停留所へ行こうとすると、「アリス様が馬車を用意してくれているわよ」と乗合馬車とは別の馬車停留所へと案内される。
するとそこには、魔王軍御用達の馬車が置いてあった。
「これは凄いですね……」
見た目は、アロン王国では王様達が乗るような豪奢な馬車だ。
確か、魔王軍の幹部が乗る馬車のはずだ。
アリ姉にも専用の馬車はあるが、乗っているところを見た事は無い。だいたいが、村に転移魔法で来て、ゼクスさんに連れ戻されいたからね。
しかし、この馬車は外装もいいけど、内装も凄い豪華で、十五分間だけしか乗れないのが、逆に残念だった。
馬車に乗って十五分後、ヴァイス魔国の大門に着いたので、一度降りて、入国手続きをしなければいけなかった。
こればかりは顔パスは出来ないそうで、僕もしっかりと入国手続きをした。
すると一人の魔族がエリザに挨拶をしていた。
ん?
こいつどこかで見た事あるな。
その魔族は、人間のような肌の色だけど、額に一本角が生えていて、見た目も厳つい人相だった。
うーん。この目付きの悪さ……見た事がある気がする。
そんな事を考えていると、その男が僕を睨む。
うーん。睨まれるような事をしたかな?
頑張って思い出そうとしてみたが、思い出せなかったので無視した。
その男は、僕が町に入るまでずっと睨みつけてきていた。
手続きが終わり、町の中に入ると、見慣れた町の光景が広がっていた。
うん、懐かしいね。
いつきさんとよいやみは町を見て驚いている。
「この町、凄いですね」
「そうっす。町の作りが完璧っす。噴水の位置といい、建物の配置といい、芸術と言っていい程に綺麗っすよ」
そうかな?
僕の町じゃないけど、褒められるのは嬉しい。
この町を作ったのは、先代の魔王様らしくて、芸術をこよなく愛したらしい。
だから、街並みとかにもこだわったのかもしれない。
「さて、まずはお城に向かおうか? 町の探索は明日以降出来るはずだから」
エリザにそう言われ、僕達は再び馬車に乗る。
そして、暫く馬車に揺られると、ヴァイス城に到着したのか、降りてくれと言われた。
馬車を降りると、ゼクスさんが僕達を迎えてくれた。
僕はチラリと頭を見る。
……進行してるよ。
前に見た時よりも薄くなっている……。
僕はエリザに視線を送る。
しかしエリザは目を瞑ったまま、首を横に振る。
僕はこれ以上、何も言わずにゼクスさんに挨拶をしに行った。
「ゼクスさん、お久しぶりです」
「あぁ、勇者になったんだってな。アリスも喜んでいたよ」
「え? 喜ぶの?」
「そうだな。お前が勇者をやる事によって、ヴァイス魔国とアロン王国の交流が実現された。それだけでも、お前が勇者をやっている事に価値はある」
そうなんだ。
僕も好きでなったわけじゃないけど、そんな風に言われるのは、なんか嬉しい。
ゼクスさんに仲間の皆を紹介した後、僕達は応接間へと案内される。
そこで、侍女さん紅茶を淹れてくれた。この人は、ハインさんと違い本物の侍女さんだ。
僕達はそれを飲みながら、アリ姉を待つ。
暫くすると、アリ姉ではなく、お母さんが部屋に入ってきた。
え? なんで?
「お母さん!? 仕事は!?」
僕が困惑していると、一緒にいたエリザが「実はおばさんはお総菜屋さんに勤めていなかったのよ」と教えてくれた。
どうやら、エリザもお城の受付で働くようになってから知ったそうなのだが、お母さんは昔からヴァイス魔国城で騎士団長をしていたそうだ。
僕に心配させまいとお総菜屋さんと言っていたらしい。
当然エリザにも口止めをしていたそうだ。
「でも、僕がアリ姉の所に遊びに来た時は、お総菜屋さんで働いてたじゃないか」
「アレは、休憩時間に暇つぶしでバイトをしていただけよ」
ひ、暇つぶしって。
騎士団長なのに……。
僕達はお母さんの案内で、魔王の謁見室へと通される。
ヴァイス魔国城には何度も来るけど、ここに入るは初めてだ。
うぅ……。
なんだか緊張するなぁ……。
「何を緊張しているの? いつもアリスちゃんに会っているでしょ?」
「そうなんだけど……」
こんな立派な部屋だと、いつもと違う気がするんだよなぁ……。
謁見室では、アリ姉が玉座に、ゼクスさんがその右側に立ち、黒い鎧を着た騎士達と白銀の鎧を着た騎士達が合計六人立っていた。
玉座に座るアリ姉はいつもと違いキリっとした顔をしていた。




