10話 五百年前の勇者
キメラから出て来た男が、僕には悪人と思えなかった。
理由はいくつかあるが、そのうちの一つが、彼の持つ剣だった。
もしかして、聖剣?
もし聖剣だとしたら、何故魔物から出てきた人が持っているんだ?
「よぉ……、お前等は一体誰だ? そして、俺はどうしてここにいる?」
男は、僕達にそう聞いてくる。しかし、敵意は感じない。
男の問いによいやみが答えた。
「それはこっちのセリフっす。あんたは、何者っすか?」
「俺か? 俺はアイン。こう見えても勇者だった男だ」
勇者だった!?
何故、勇者が魔物の中にいるの!?
「俺も答えたんだから、答えてもらいたい。俺はなぜ生きている? 俺はシルビアと共に死んだはずだ」
シルビア? 誰の事だ?
それに共に死んだって?
「何を言ってんすか? お前は魔物から生まれた何かじゃないっすか?」
「俺が魔物から? お前こそ何を言っている?」
アインは、自分が出て来た場所を振り返る。
キメラはアインが出て来た後に、塵となっていたので、すでに何もなかったが、アインは何もないのを見て、何かを悟ったようだ。
「あまり信じたいとは思わんが、なんとなくは理解した」
アインは一人で納得している。こちらにも説明して欲しいモノだ。
僕はアインから詳しく話を聞こうとしたのだが、いつきさんが思い出したようにアインの正体について語り出す。
「勇者アイン。確か、五百年前に活躍した勇者ですよね」
「え?」
「女神に選ばれた勇者『覇王』よりも二百年も前の勇者です。確か、伝説では魔王シルビアと相打ちして「相打ちではない」……はい?」
アインがいつきさんの説明に口をはさんでくる。
「俺とシルビアは、愛し合い、共に死を選んだんだ。勇者と魔王の争いなど、俺達は興味などなかった。しかし、世界がそれを許さなかったのでな、相打ちという形で、俺達は共に命を絶った。それよりも気になるのが、聖剣だ。死ぬ前に俺の聖剣とシルビアの魔剣は、海に投げ捨てたはずなのに、何故ここにあるんだ? そもそもシルビアの魔剣はどうなった?」
魔剣の存在は分からないけど、聖剣はあの男か、この塔を作った奴が見つけてきたんだろうな。
しかし、何のために聖剣を魔物に埋め込んだんだろう?
「そんな事はどうでも良いっす。お前が復活したよりも、あし達としては次の階層に行きたいんすよ。何か知らないっすか?」
よいやみの言いたい事も分かるが、もう少し話を聞いてあげようよ。
「次の階? ……悪いが知らないな。そもそも、どうしてここにいるのかも分からないのに、知っているわけがないだろう?」
アインの復活? は本人も予想外だったのだろうから、この塔の仕組みを知らなくても仕方が無いかもしれない。
こんな時に、あの男が会話に参加してくれたら、解決するんだけど……。
よいやみも同じ事を思いついたのか、何かを探している。
「よいやみ、何を探しているの?」
「通信用の魔宝玉っす。さっきも男の声が聞こえていたから、この広間のどこかに仕掛けられている可能性があるっす。それを使って、こちらから呼びかけてみるっす」
よいやみの考えはごく稀に凄い。
僕も一緒になって探し始めた。するとアインが不思議そうに聞いてきた。
「連絡用の魔宝玉とは何だ?」
通信用の魔宝玉を知らない?
もしかして五百年前には通信用の魔宝玉が無かったのかな。五百年も昔なら、無くてもおかしくない……のか?
いつきさんが、アインに通信用の魔宝玉の事を説明する。
「へぇ、こんな便利なものがあるんだな。そもそも俺が死んでから五百年も経っていた事にも驚いたけどな」
そんな話をしながら、通信用の魔宝玉を探していると、あの男の声が聞こえてきて、魔法陣が光った。
「くくく……、そろそろ死んだか?」
男が姿を現した瞬間に、アインが男の首に腕をかけて取り押さえる。
「な!? 何者だ!!」
男もアインの事を知らない? と、いう事は、アインの復活は男からすれば想定外という事?
「おい、俺の剣をどこで拾って来た?」
「な、何の事だ!! もしかして、キメラの体に埋め込んだ剣の事か!?」
「それの事だ。どこで手に入れた?」
「ぐ、は、離せ!! 私は貴様を復活させてやった親のようなモノだぞ!!」
ん? どういう事だ?
「おい、どういう事だ? 話せ」
「け、剣に残った残留思念が魔物の肉を使って形になったんだろう? つまりは、私のおかげで復活したという事だ。感謝しろ!!」
「そうか……」
アインはそれだけ聞いて、男の首をへし折った。そして、倒れる男の頭を踏み潰した。
「あぁ~。殺してしまったっす」
「ん? 殺しちゃまずかったのか?」
「いえ、問題はありませんよ。その男からは、情報を聞き出したかったんですが、殺してしまったのなら仕方ありません。後で、ゆづきちゃんに生き返らせてもらいましょう」
うちにはゆーちゃんという反則技に近い子がいる。
でも、ゆーちゃんは首を横に振る。
「むり」
ゆーちゃんは残念そうに言った。
「どうして?」
「これにはたましいがはいってないから、いきかえらない」
魂が入っていない?
こいつも人間じゃないのか?
アインは今の話を聞いて、少しだけ申し訳なさそうにしていた。
「生き返らせるとか意味が分からんが、まぁ、済まなかったな」
「いや、それは良いんだけどさ……」
「何か気になる事でもあるっすか?」
アッサリとこの塔で一番偉そうな奴が死んでしまったわけだけど、なんとなくスッキリしない。というより、腑に落ちないと言った方が良いだろうか。
どうしてこいつは、僕達が完全に死んでいるかを確認もせずに、ここに来たんだろう? あのキメラが最高傑作だったとしても、不用心すぎると思うのだけど……。
「まぁ、気になる事もありますが、今回のクエストはこれで終わりです。帰りましょうか」
いつきさんが、そう言って来た道を引き返そうとするが、アインはどうすればいいかを考えている様だった。
いきなり生き返させられて、しかもそれが五百年経っているとなると、戸惑うのも仕方が無い。
「もしよかったら、ナイトハルトに来ない?」
「ナイトハルト?」
「うん。僕達が拠点にしている町だよ。僕達としても強い勇者が増えるのはありがたい話だからね」
「強い勇者? 今は勇者が何人もいるのか?」
「え?」
そうか。
クジ引きで選ばれ出したのは、アインが死んでから二百年も経ってからの事だ。今は、強いのから弱いのまで、さまざまな勇者がいる事が分かったら、驚くだろうね。
「うん。僕も一応勇者なんだ」
「なに? お前が勇者? まだ幼い子供だろう?」
確かに小さいけど、幼いは言い過ぎだと思うんだけど?
僕は少しだけ不機嫌になる。
その時、聞こえるはずのない男の声が聞こえてきた。
『ふははははは!! 貴様等を警戒しておいてよかったわ!! もし、次の階層に来たければ、その男を殺すんだな!! 本来はキメラが鍵になるはずだったが、私の可愛いキメラから生まれたそいつを殺さない限り、次の階層には上がれない!! それに、私を殺した男にも告ぐ。お前は後一時間もすればもう一度死ぬ。せっかく生き返った命を散らされたくなければ、そいつら殺して来い!! もし、殺して私の所に来れたのならば、永遠の命を与えてやろう!!』
そう言って、男からの通信は切れた。
どういう事だ?
もしかして、こいつは二人いたのか? いや、『私を殺した』と言っていた。つまり、命が二つあった? 意味が分からない。
そう思っていたのだが、いつきさんが気になる事を言っていた。
「禁術の中に、命を与える魔法があったはずです。その魔法を使えば、一人の人間がいくつもの命を持つ事が可能だそうです。その代わり、どこかで誰かが死んでいるんですが……」
なんて、胸糞の悪い魔法だ。気分が悪くなる。
「で? アイン。どうするっすか? 今の話だと、アインの命は後一時間位みたいっすよ。あしらを殺してアイツの所に行くっすか?」
「そうだな……。ハッキリ言ってしまえば、別に自分の命など惜しくもない。俺はシルビアと共に眠りたいと思ったから命を絶ったんだ。むしろ、勝手に生き返らせられた事に憤りを感じる」
そう考えたら、このまま時が来るまで待っていた方が良いのかな?
そう思ったのだが、アインの言葉は予想外のモノだった。
「だが、このまま死ぬのも面白くはない。そこの小さいの、お前は勇者と言ったな。今の勇者がどれほどのモノか、俺が見てやる」
そう言って、聖剣を抜いて僕に斬りかかって来た。




