24話 聖女いつき
「みつきさん、よいやみさん、ご苦労様です」
僕達の目の前にいるいつきさんは、いつもの彼女と思えないほど……なんて言うのが正しいんだろう……神々しいとでも言うんだろうか? まるで別人のようだった。
この人、本当にいつきさんなのか? と、僕はそんな馬鹿なことを考えてしまう。見た目はいつものいつきさんなんだけど……。
いつきさんの何が違うのかというと、いつものいつきさんは、どんなに嫌な客に値切られて、嫌なことを言われても終始笑顔を絶やさなかった人だ。
だけど今は、凛とした無表情。
普段のいつきさんを知っている僕から見れば、この違和感が少し怖いくらいだ。
「いつき、どうしてこんな所にいるんすか? 危ないっすよ? それにその恰好……」
よいやみが疑問を口にする。そして格好のことも。
いつきさんが着ている服は、教会の神官、いや、巫女さんが着ているような服だ。しかも教会で見た巫女さんが着る服よりも位が高いように見える。
もしかして、いつきさんが滅多に姿を見せないという『大巫女』!?
前に教会の巫女さんに教会での地位のことを聞いた。
女神セリティア様を主とする教会では、聖女を頂点に大巫女、巫女、神官、シスター、信徒という形で地位が決められている。
巫女以上の人達は、女神様に選ばれた女性で構成されているらしく、聖女に至ってはこの数百年は出現したという事実が無かったらしい。
今のいつきさんの服装を考えると、巫女ではなさそうなので『大巫女』なのだろうか?
でも、商人をしているいつきさんが大巫女? それもおかしな話だ。
僕がそんなことを考えていると、よいやみが考えなしでいつきさんに声をかける。
「ついに教会の真似事までして、お金を搾り取ることを考え付いたっすか!? さすが強欲商人っす!!」
ちょっ……!?
僕がよいやみの口を塞ごうとする前にいつきさんが動いた。
いつきさんはゆっくりとよいやみの前に立ち、両手で頭を掴む。
動きはゆっくりなのだが、アレは逃げられそうにない……正直怖い。
「よいやみさん、今のどういう意味でしょうか?」
「い、いや……し、失言っす!!」
よいやみの足が震えている。よほど怖かったんだろう。
いつきさんは、よいやみの頭から手を離し、リュウトの前に立つ。
「お久しぶりですねぇ。勇者リュウト」
「お、お前は……せ、聖女いつき!!」
え? 今、聖女って聞こえたんだけど? そんな馬鹿な!?
よいやみも驚いている様で、目を大きく開いて口も大きく開いている。折角の美人さんが台無しだよ……。
「ありえんっす!!」
だから、なんであんたは余計なことを……。
ほら、いつきさんが睨んでいる。
でも、よいやみの気持ちもわかるんだよね。
普段のいつきさんは、教会の理念とか女神様の教えとは程遠い程、お金が大好きな強欲な商人だ。本当に聖女とは程遠い存在なのに……。
僕がそんなことを考えていると、いつきさんが僕を見ていた。
「みつきさん? 何か失礼なことを考えませんでしたか?」
「かんがえてないでしゅ!!」
か、噛んだ!?
しかし、いつきさんが本当の聖女だったとして、どうしてこんな所に? リュウトとも知り合いみたいだけど……。
「勇者リュウト。貴方の過去には同情はしますが、それでもそれを上回る罪を起し続けた結果がコレとは、惨めなものですね」
「お、おい。お前は聖女なんだろう!? 俺を助けろよ!!」
「何故、聖女が犯罪者を? まぁ、貴方と私に確執がなくても、助けるのは不可能ですけどね。魔物変化症というのは発症してしまえば、後に待っているのは崩壊という末路だけ。それを知らずにあの薬を飲んだのですか?」
薬!? いつきさんは魔物変化症の薬の研究を知っているの!? そもそもあの薬が現存するの!?
「い、いつきさん!! あの薬って……」
「はい。文献にあった禁断の研究です。今でも、研究を続けている所があるそうで、たまに闇ルートで流れてくるんですよ」
これは衝撃の事実だ。あんな物、飲んでしまえば人生が狂うというレベルじゃないのに……。
そんな薬のどこに需要があるのだろうか……、何かのじ……!!!!!
「ま、まさか……!?」
「そのまさかですよ。上位貴族の愚かな人間や、研究熱心な魔導士が、安く買いつけた奴隷にこの薬を使うんです。この国には奴隷制度は廃止されましたが、別の国では奴隷制度がまだ残っているところもありますし、裏闘技場という、趣味の悪い見世物小屋まであるくらいです。魔物変化症に侵された奴隷は良い見世物なのでしょう」
なんて胸糞の悪い話だ。
いまだに奴隷制度なんて古臭い制度があることにもビックリするけど、人を何だと思っているのか!?
「その話はまた今度にして、私がここにいる理由は、愚かな勇者リュウトの末路、そしてセリティア様の神罰、『魂の崩壊』を見届ける為に、聖女として来ました」
「ちょ、ちょっと待て!! た、魂の崩壊って何だよそれ!?」
「貴方は自分の犯した罪すら忘れたのですか? セリティア様は基本ぐうたら……いえ、慈悲深い女神ではありませんが、自分の身内には底なしに甘い方なんですよ? 貴方はそのセリティア様の巫女に何をしましたか?」
い、今、ぐうたらって聞こえた気がしたんだけど……。
「そ、それは……」
「忘れましたか? 貴方がセリティア様の巫女を強姦したうえで殺害したのを……私は貴方を諌しめる為に話をしに行きましたね。その私にも襲いかかってきたこと……」
「だ、黙れ!!」
「黙りません。あの時の貴方は滑稽でしたよ。聖女ならば襲えると思っていたのですから……まぁ、私は魔法が使えるので、貴方程度なら返り討ちにすることくらいは簡単です。あの時も言いましたが、聖女を舐めない欲しいものです。あの時は私が貴方を痛めつけて、この問題は終わらせたつもりでしたが、セリティア様が珍しく……いえ、大層怒っていましてね」
め、珍しくって言ったよね?
いつきさんは、セリティア様の聖女なのに、セリティア様を敬っていないの?
い、いや、敬っているからここに来たと考えよう……。
「本当は貴方が人間として死ぬときに神罰を加えるつもりだったらしいですけど、今回のことでそれが早まっただけです。自業自得ですね」
「ま、待てよ……俺は死ぬのか?」
「はい、死にますよ。魂すらも死にます。あぁ、今の肉体の崩壊に痛みはなさそうですが、魂が崩壊するときの痛みは凄いらしいですよ。がんばって耐えて、『無』に消えてくださいね」
「い、嫌だ……嫌だぁああああああ」
その言葉を最期に、リュウトの体は完全に崩れ去った。
アレが魔物変化症の末路か……、本で読んだだけだけど、実際見るとあまりいモノではない。
いつきさんはリュウトが砂になって消えるのを見届けた後、僕達にこう言った。
「さて、ゆづきちゃんが余計なことを始める前に迎えに行きましょうか」
そういえば、ゆーちゃんはリザードマンの集落へ置いてきたままだったね。しかし、余計なことって……。
確かに、ゆーちゃんを一人にすれば、嫌な予感しかしない。
僕達は急いでリザードマンが集落へと向かった。
僕達がリザードマンの集落へと着くと、ゆーちゃんが高台に置かれた大きな椅子に座り、リザードマンがそれを讃えている。いや、崇めている? なんでこんなことになっているの?
ゆーちゃんもリザードマンに崇められるのが満更でもないらしく、終始笑顔だ。
「ゆーちゃんをあがめろー」
「「「ははーっ」」」
なにこれ?
次の話で一章は終わりです。次は二章です。
感想やアドバイスがあればぜひお願いします。




